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カルディス帝国の皇帝 1

第2章始めます。


帝国と皇帝ヴォルフガインの過去になります。

アリシアとレオンハルトの出番まで、少々お待ちください。


 

 ヴォルフガインは、戦場で刃を交えた女の事が、頭から離れなかった。

 あれは、現実だったのか…………当然だ。その結果が、この敗戦と撤退である。

 だが、現実感を伴わない強烈な印象が、敗戦の事実を彼の中でどこかあやふやなものにさせていた。


「皇帝としてこの先も生きるなら、戦いを手段にしないことだ。日が落ちれば魔獣も寄ってくる。さっさと国へ帰れ」


 若い……少女と言っても違和感がないくらいの、女だった。

 これといって防具も付いていない軽装の、真っ白な戦闘服に、血も土も埃も一片もなく、人形のように美しく整った容姿。戦場には違和感しかない存在の筈なのに、「戦いを手段にするな」と言いながら、圧倒的な力で戦場を支配した女。

 魔法だけでなく、剣技においても自分は彼女に及ばなかった。

 最早同じ人間と呼ぶには違和感を覚える、アレはなんだ?


 帝都に戻るべく撤退中の馬上で、黙り込んだまま考えに沈む皇帝ヴォルフガインに、馬を並べて進む側近のクラウスが、気遣わし気に声を掛ける。


「大丈夫か?ヴォルフ」


 その声が、彼を現実に引き戻した。


「…………ああ。クラウス、うちの被害はどのくらいだ?」


 あの戦場は異質だった。僅か数百の敵兵に五万の軍が敗退したなど。果たして帝国の損害は、如何ほどだったのか。


「意外なことに死者はあまり出ていない。百前後ってとこだ。約三万五千は自力で撤退している。動けない者は捕虜となったが、ベルハルトならそう酷いことにもならないだろう。

 問題は、賠償金だな。捕虜一人当たりの金額を換算すると、かなりの額になる。それでもこれまでの兵士としての育成費用と、取り戻してからの税収が期待できるなら、払う価値はあるな。幸い財政にはまだ余裕がある。ベルハルトが手に入らなかったのは痛いが、敗戦なら報奨金も出さないしな」


 クラウスは側近であり、経済にも明るい。情報分析にも長けており、剣もそこそこ使えるので、戦争にも毎回同行していた。

 おそらく、被害額や賠償金の見積もりはそう外れてもいないだろう。


「問題のない範囲であれば言い値で払え。その代わり、あの女の情報が欲しい」


 戦後処理の使者は、クラウスに任せるつもりだった。

 ベルハルトが帝国の領土とならなかったのなら、今後はそこそこ上手く付き合っていかなければならない。出し惜しみするつもりはなかった。

 だが、あの女の情報は欲しい。いや、本人が手に入るのなら、尚更良いが、それが不可能なのは何となく分かる。


「ベルハルトが素直に明かすとは思わないが、交渉はしてみよう。

 それにしても惜しかったな。あの国は地政学的にも流通的にも欲しい土地だったが、まさかあそこまでの戦力を隠し持っていたのは、計算外だ。

 しかし、今回の事で他国も簡単にはあの国を狙うことは無くなっただろうから、他に奪われないだけ良しとするしかないだろう」


 そうだな……とヴォルフガインも同意する。

 今後もう一度攻めるかどうかは、熟考しなければならないだろう。二度と国境を侵すな、と警告もされている。


(だが、帝国は充分大国となり、俺達を脅かす者達もほぼ始末した。これからはどう国内を安定させるかだが……)


 ヴォルフガインの頭の中に、女に言われたあの言葉が染みのように残っているのだった。




 皇城に着いたヴォルフガイン達を出迎えたのは、妹である皇女アマリアと、宰相のダッカードだった。

 皇帝の執務室に、側近であるクラウスとバルトロメウス、魔法師のエドウィンを伴って戻って来たヴォルフガインを、アマリアとダッカードが揃って待ち構えていたのだ。

 敗戦の報を聞いたアマリアは、兄の無事な姿を見るまでは、夜も眠れずに心を痛めていた。


「お兄様、ご無事のお帰り安心致しました。お怪我はありませんか」


 兄に手を伸ばし軍服の上着を握りしめると、ハラハラと涙を零している。

 ヴォルフガインと同じ色の艶のある黒髪は、腰まで伸ばされ緩く波打ち、兄よりも薄い赤い瞳は涙で潤んで充血してしまっている。キリッとした美女と評される彼女も、今は泣き虫な少女だった頃のようだ。もう、20歳になるというのに。今は身内のような者達しかいないから、アマリアも素に戻ってしまったらしい。

 ヴォルフガインは苦笑すると、その頭を撫でてやった。


「アマリア。心配ない」


 アマリアのこの様子に、流石のバルトロメウスも声を掛ける。


「皇女様、陛下が怪我など負えば、私共は生きてはおりませんよ」


「今回は危なかったがな」


 しかし、その横でエドウィンがボソッと零す。ヴォルフガインが小さく舌打ちした。クラウスもジト目でエドウィンを睨む。


「陛下、どういうことでしょう?」


 ダッカードが含みのある笑顔で、すかさず尋ねた。

 エドウィンの余計な一言のお陰で、ヴォルフガイン達は帰って来て早々に、留守番組だった皇女と宰相に戦場での状況を話して聞かせることになったのだった。



 そして……全ての話を聞いたアマリアは、驚いた様子で固まっていた。


「お兄様が剣で負けた? しかも若い女性に……」


 と、信じられないのか、反芻している。

 一方、ダッカードは思案するように目を伏せて、考え込んでいた。やがて意を決したように顔を上げる。


「…………陛下。女性戦士に額の宝石、とおっしゃいましたか?」


「ああ。ダッカード心当たりがあるのか?」


 その様子に確信を持ってヴォルフガインは問う。気になっている情報を、まさか彼が持っているとは思わなかったが。


「陛下は18年前におきた皇家の事件の詳細をご存知ですか?」


「何者かか、どこかの国の恨みを買ったかで、皇城にいた皇族や高官が大量に殺害された事件か?」


「左様でございます」


 18年前の皇家の事件といえば、それ以外に無いだろう。ある意味、自分達の運命を変えた事件だ。


「当時俺は7歳だった。まだ2歳になったばかりのアマリアと、母方の領地に居たからな。その後も、皇位争いに巻き込まれてそれどころじゃなかったから、詳細は知らん。話せ」


 ヴォルフガインに促され、ダッカードは大きく息を吐き出すと、厳しい表情で話しだした。


「18年前、当時の第一皇子殿下はご自身の立太子を確実にする為、レーヴェルランドという国との繋がりを求めました。

 しかし皇子の思惑通りに契約を結ぶことが出来なかった為、まだ10歳になったばかりの女王候補をレーヴェルランドから誘拐し、彼の国を脅迫しました。

 レーヴェルランドは当然それを受け入れず、女王候補を取り戻そうと我が国に三名の戦士を差し向けてきましたが、皇子は戦士達が現れる前に女王候補を殺害し、その首を彼女達に晒したそうです」


「……報復を受けて当然の所業だな」


 バルトロメウスが顔を顰めて言い放つ。ヴォルフガインとクラウスも小さく頷いて同意した。

 ダッカードは続ける。


「レーヴェルランドの戦士達の怒りは凄まじく、第一皇子殿下を始め、その時皇宮にいた皇家の者達と、その側近達は全て殺害されました。当然、皇帝陛下や皇后陛下、側妃殿下方とお子様方も含まれます」


「全て?たった三名でか?そんな事が可能なのか?」


 帝国の皇城だ。

 皇帝や皇后を始め、側妃や多くの皇子皇女が住まう皇城は、外部からの暗殺や攻撃に対し、鉄壁の守りを講じており、そう簡単に堕ちたりしない。しかも、側近達もということは、軍人や魔法師や文官もそれなりに居たということだ。それを皆殺しとは、俄には信じられない。

 だが、ダッカードはヴォルフガインにその視線を合わせて、ゆっくりとした口調で尋ねた。


「陛下は戦場でご覧になったのでしょう?レーヴェルランドの女性戦士を」


 そうだ。ベルハルト王国のゼレンダ平原で対峙した女性戦士達。

 それがレーヴェルランドの戦士だったなら…………


「…………」


 一同は一様に黙り込む。

 それは決して不可能では無い、という肯定だった。


「皇室の血を引く方で難を逃れたのは、当時学園で寮生活を送っておられた皇子殿下方と皇女殿下方、そして、ご実家の領地で静養されていた側妃殿下と、そのお子様方である陛下と皇女様」


 続けたダッカードの言葉に、ヴォルフガインが皮肉げに唇の端を上げ、目を伏せる。


「なるほど。そして俺達は、その残された者達との醜い皇位争いに巻き込まれ、他国の脅威に怯える日々が始まったと……まるでその王女の呪いのようだな」


「殺害された女王候補の額には、紫色の宝石が時々現れた、と言われております」


「何?」


 顔を上げたヴォルフガインの脳裏に、剣を交えた女の姿が蘇る。

 あの女にも、額に光る紫色の宝石が確かにあった。


「18年前の惨劇は、命からがら皇城から逃げ出した使用人達が語りました。

 当時、子供とはいえ強力な魔法師であり戦闘も可能だった女王候補を警戒し、魔封じの魔道具を身に着けさせた上、何人もの魔法師や騎士達が彼女の拘束に関わっておりましたから。

 しかし、レーヴェルランドの報復を恐れて、その者達も公にはしたがりませんし、皇家の歴史書には記されておりません。

 バルトロメウス、お前も話くらいは知っているだろう?」


「当時俺は、陛下と皇女様のご母堂様のご実家で、護衛騎士をしていたからな。噂程度しか知らなかった」


 バルトロメウスは、ヴォルフガイン達の母親の実家であるガイネス辺境伯家の騎士だった。隣国との国境の森を領地に持つ辺境伯領には、危険な魔獣に加え、隣国との小競り合いなどもあり、武勇に優れた騎士が多く、バルトロメウスはその中でも一、ニの実力者だったのだ。

 そしてこの時期、皇帝の側妃であった辺境伯の娘が、病のため皇子と皇女を連れて療養に帰ってきていたこともあり、バルトロメウスが彼らの護衛をしていたのだ。


 バルトロメウスの反応を見たヴォルフガインは、首を横に振って、話を戻す。


「そもそもレーヴェルランドとはなんだ?」


「神の祝福を受けた女性戦士が生まれる国、だそうですよ。傭兵業や魔獣討伐依頼を受けているとも聞いていますが、詳細は私もほとんど知りませんし、関わるのはタブーとされてきたので」


「タブー……ね。だからこその今回の敗戦だな。

 しかし、あの女からは、恨みとか憎しみとかは感じなかった。要求はベルハルト王国から手を引いて二度と国境を侵すな、ということだけだ。この規模の戦闘にしては、死者数も驚くほど少なかったしな」


「たしかに。ベルハルトの戦士達があれだけ派手に暴れていた割には、こちらの被害が少なすぎる」


 クラウスが同意して頷いた。草原が二つに割れ泥沼が現れたような大規模な魔法が使えるなら、多数の死人が出るほどの同規模の魔法攻撃を仕掛けた方が、手間なく簡単に決着がつく。だが、彼女達はそれをしなかった。

 ヴォルフガインは皇帝の顔で、宰相に命じる。


「神の祝福を受けた女性戦士だったな。ダッカード、レーヴェルランドについて調査しろ」


「お兄様、危険では?」


 アマリアが心配そうに兄を窺う。ヴォルフガインは、それに首を横に振って答えた。


「別にレーヴェルランドに対し、どうこうしようって訳じゃない。ただ知りたい。いや、帝国皇室にいる俺達は知るべきだ」


 ベルハルト王国はおそらく、この侵略戦争に対峙する為、レーヴェルランドの女性戦士を傭兵として雇ったのだろう。

 しかし、今まで数々の戦争を経験してきた中で、レーヴェルランドの戦士達の話を聞いたこともなければ、それらしい傭兵に出くわす事もなかった。

 ベルハルト王国とレーヴェルランドの関係はなんだ?

 そして、何故今になって、帝国の前に立ちはだかった?

 あの女は、殺されたレーヴェルランドの王女と関係があるのか?

 尽きぬ疑問が頭に思い浮かぶが、今は調査の結果を待つしかない。


「承知しました、陛下」


 ダッカードは頭を下げ、退室していく。

 早速調査を始めるようだ。


 ヴォルフガイン達も、戦争の疲れを癒すべく、その日は解散としたのだった。


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