レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 10
プロローグの場面の、ベルハルト王国視点です。
明日一話閑話をアップして、この章は終わりです。
次章からは帝国皇帝、メインヒーロー登場になります。
「五万と三百の見た目の差ってすごいのな」
ポツリと近衛騎士であるリュシアンが呟いた。
その日の朝、帝国軍進軍し開戦準備の報を受け、ベルハルト王国軍は、ゼレンダ平原でカルディス帝国軍を待ち構えていた。
やがて山を越え、ベルハルト王国の領地へと足を踏み入れた帝国軍は、約五万。
黒色の顔まで覆う鎧姿の兵士達を先頭に、その後ろには馬に乗ったやや軽めの鎧姿の兵士達も見える。草原に入り、広く散開した帝国軍が少しずつこちらに近づいてくる。
対するベルハルト王国軍は、レオンハルト王子がいる小高い丘の下に広がる草原に、白い戦闘服を着た女性戦士達が三百程立っている。帝国軍とは対照的に、胸、肩、肘、手首を覆う軽い皮の防具を身に着けただけの軽装備だ。
黒い大軍の前に申し訳程度に立つ白っぽい女性達。
「現実感が薄れるインパクトだね」
レオンハルトがその様子を眺めながら、どこか他人事のように答えた。開戦直前というのに、不思議と緊張感が湧いてこないのだ。
傍に立つ、魔法師団長のレイラも同意する。
「しかもレーヴェルランドの女性達は白っぽい格好だから、黒っぽい敵との乱戦になってもわかりやすそうだわ。特に女王陛下は全身真っ白な戦闘服ですもの。美人だし、目立つわねえ」
まるで、壁向こうの風景を見て感想を述べているような口調だ。
レオンハルトの隣で国の旗を掲げる軍の元帥エイベルが、それを現実に引き戻すように声を掛ける。
「我が国の存続をかけた戦争を高みの見物とは歯痒いが、皆、しかと見届けようぞ。
キース、捕虜回収部隊は?」
「後方に控えてさせております。我々より前には出るなと命令を徹底しました」
キースがキビキビと答え、レオンハルトの前に立つセシルがレオンハルトを振り返った。
「レオンハルト殿下、女王への開戦の合図はいつでもどうぞ」
「セシル殿。貴女はこちらでいいのですか?」
近衛騎士団長のロバートが、セシルに控えめに確認する。
「万が一の為にここに控えるよう、女王に命令されました。皆様がお強いのはわかっておりますが、国の重鎮方をどなたも失うわけには参りませんから」
「女王陛下は過保護ですね。まあいい。殿下、敵がだいぶん近づいて来ました。そろそろ……」
ロバートが苦笑し、レオンハルトを促す。
「ああ」
頷いて、レオンハルトは右手を高く上げた。前方に立つアリシアがこちらを向いて立っており、その合図を待っている。
アリシアとレオンハルトの視線が交わる。
「行け!」
声とともにレオンハルトが手を振り下ろした次の瞬間、振り返って敵と対峙したアリシアの左手が、草原を横に切るようにすっと流れた。
「「はあ⁉」」
その直後、思わずレオンハルトを始め周囲の者達が一様に驚愕の声を上げる。
敵の軍勢が、女性達に向かって雪崩込んで来る。その先頭集団の足下の地面が、いきなり陥没したのだ。
まるで帝国軍と王国軍の間に地割れが起こったように見える。
が、実際は深さ2m程地面が陥没し、その幅5m程の泥沼が両者を分かつ川のように出現したのだ。
帝国軍は勢いを殺し切れず、次々とそこに落下していく。
腰辺りまで泥沼に埋もれた兵士は、そこから抜け出そうと必死に藻掻くが、更にズブズブと沈み込んでいく。
「アレって底なし沼?」
リュシアンがセシルに向かって問いかけた。
「いいえ、底は帝国軍男性の平均身長に合わせると女王は言っていました」
「細かいなアリシアちゃん」
ククク……と小さく笑いながら、リュシアンは女性達を見る。
泥沼に落下している帝国軍達を足掛かりに、沼を越えて敵陣に攻め入る女性達の先頭はアリシアだ。
当然暴れる男達の攻撃や、敵からの魔法攻撃に晒されるが、身体の周囲に結界を張り巡らせているのか、肌どころか服にさえ、汚れも攻撃も届かない。
両手に両刃の剣を持ち、その剣にも魔法を付与させて、敵を薙ぎ払って進んでいく。
「すごいわ!本当に規格外。あんなことが出来るなんて」
レイラの興奮したような声が響いた。
「女王は我々の中でも特別ですから。アリシアは、歴代最強の女王なんです。しかも、剣の腕も良いんですよ」
「いや、女王だけでなく、他の戦士の皆も、まさに一騎当千。特に、女王の側近方は凄いな」
セシルの誇らしげな声にロバートは同意しつつ、側近達の活躍にも目を奪われた。
目の先に映る女性戦士達の中でも、赤い髪を靡かせて剣を振るいつつ、数多の火の矢を魔法で出現させて女王の進路を開くミーシャと、大剣を振り回しその剣身と剣先から氷の矢を次々と飛ばし周囲の敵兵をバタバタと倒していくセイレーンは、殊の外目立っていた。
「あの二人は、レーヴェルランドの現役戦士の中でも、五本の指に入る強さですから」
「ミーシャちゃんに腕試しとか言わなくて、マジ良かったかも」
リュシアンがボソッと呟いたのを聞いて、セシルは小声で彼に言った。
「リュシアン殿、ミーシャを嫌わないでやってくださいね。あの子意外と繊細なところもあるので」
「いや、彼女は美人だし、頭もいいし、いい子だから、嫌うことはないですよ」
リュシアンとミーシャがなんとなく仲良くしているのを知るセシルは、リュシアンの言葉に安心したように微笑んだ。
他にも、電撃があちこちでバチバチと立ち上がり、振り回す武器に風魔法を纏わせて吹っ飛ばしている者もいる。敵の物理攻撃は、彼女達に届く事さえなく、帝国軍の兵士達は次々に戦闘不能になっていった。
邪魔になると、泥沼に放り込まれたりもしている。
「それにしても、あの沼? あそこにハマった奴ら回収するの大変そうですね」
「魔法師もそれなりに来ていますが、どうするんでしょう?あれ」
「戦争が終われば、女王様、もとに戻してくれますかね?」
護衛達がボソボソと話しているのを聞きながら、レオンハルトは自信なさげに答えた。
「……大丈夫だと思うよ。多分」
一方、その少し前に時間は遡り、女王を中心に草原に立つ女性戦士達は、対するカルディス帝国軍の軍勢を視界に入れつつ、リラックスした様子で感想を述べ合っていた。
「いや〜真っ黒な殿方がいっぱいですぅ。なんであんな重そうな格好してるんでしょうね〜?目の辺りしか見えないから、男前かどうかもわからないですぅ」
セイレーンが、傍に立つミーシャとアリシアに向かって言った。
「身体強化してるんでしょ? 最前線の兵隊なんて、敵の攻撃を真っ先に受けるから、結界魔法が使えなきゃ、あの位の重装備になっちゃうわよね。男前かどうかで手加減するわけじゃないんだから、気兼ねなくぶっ飛ばせていいんじゃない? まあ、今回はあの重さが身を滅ぼすって感じだわね」
「魔法が一度に1個しか使えないなんて、不便ですよね〜」
アリシアは王子の方を見ており答える様子はないが、セイレーンは気にすることなく、ミーシャと話している。
そこへ、アリシアと似た色を持つが、どこか愛嬌のある顔立ちの少女達が二人やってきた。
「アリシア姉様、皆配置についたよ。あとは殿下の合図まち」
良く似た容姿の二人は、アリシアの妹達で双子だ。
「ああ」
双子の姉であるリーリアの報告に、アリシアが短く答えた。
そこに、ミーシャが声を掛ける。
「リーリア、ルーリア、貴女達初陣よね? 羽目を外しすぎないようにね」
「はあい、ミーシャ姐さん。でも、姐さんこそやりすぎないで下さいね? あの近衛のお兄さんに嫌われちゃいますよ?」
「余計なお世話よ、双子!」
ルーリアの一言にミーシャが言い返したところで、アリシアがスッと人差し指を口元に当てた。
「お喋りはそこまでだ。そろそろ……行くぞ!」
レオンハルトが右手を振り下ろしたのを確認したアリシアが、左回りに敵に振り向きざま、腕を一閃させる。その額に濃い紫色の聖石が現れる。
次の瞬間、ゴウッと地鳴りを響かせながら、敵兵の前の地面が消えた。
その下に出現した泥沼に、次々と落ちていく敵兵を確認すると、アリシアは声を響かせる。
「埋もれた奴らの頭を足掛かりに、突っ込め!出来るだけ殺さずに、吹っ飛ばせ!」
「「了解」」
合図を待っていた女性戦士達が一斉に走り出した。
小高い丘の上から、まるで白い波に飲まれるように黒い集団が倒れていくのを眺めながら、レオンハルトが感嘆の声を上げる。
「すごい……まさかこれ程とは」
「巻き込まれないように一般兵を下げたのも当然だな」
「レーヴェルランドが味方で良かったよ。これを見たら、あの戦士達に誰も戦争をふっかけようなんて思わないだろうよ」
「敵は大混乱だわね」
「剣も槍も魔法も効かないんだ。脅威だろうよ」
「本当。無詠唱の多重行使って怖いわ。しかも武器の扱いも長けてるなんて、勝てる気がしないもの」
エイベル元帥を始め、キースやレイラ、ロバートがそれぞれ好き勝手に感想を述べている。
それを聞きながら、レオンハルトは戦場から僅かにも目を離さない。
「アリシア、一体彼女はどこに向かってるんだ?」
「皇帝に、直接軍を引くように交渉しに行くそうです。彼が敗戦を認めて撤退すれば、戦争は終わりですからね。
ああ、ほら、敵の本陣はあそこです。レオンハルト殿下、身体強化で視力を上げて、見届けて下さい」
レオンハルトの疑問に答えたのは、セシルだった。彼女の言葉に従って、レオンハルトは視力を強化する。
そして、敵陣の最奥、高台に立った男を捉えた。
「あれが、カルディス帝国皇帝ヴォルフガイン・ゲオルグ・フォン・カルディス」
やがて、その場所に辿り着いたアリシアは、可視結界を張り皇帝と対峙した。
護衛達もそれぞれ視力を強化する。
「すごいな、あの女王とまともにやり合ってるぞ」
「噂には聞いていましたが、皇帝の地位にいながら、帝国最強の剣士という噂は、伊達ではありませんな」
激しい剣閃を繰り広げる二人を見ながら、エイベルとキースが感心したように呟いた。
純粋な剣技では両者互角に見える。女王は結界維持と身体強化以外の魔法は使わず、皇帝と戦っているようだ。
だがそれも、そう長くは続かなかった。
「その皇帝も、女王に及ばずだな。決着が着いたようだ」
ロバートが目を眇めて言った。
つまりそれは、事実上の戦争終結宣言だった。
やがて、カルディス帝国軍に撤退の狼煙が上がる。
敗戦した帝国兵が波が引いたように撤退していく。女性戦士達は、彼らを追うことはしなかった。
残されたのは、自ら動くことが出来ない程度に負傷した者達と、泥沼に落ちた者達。
帝国軍撤退後、ベルハルト王国軍の兵士達は、捕虜として彼らを拘束していったのだった。
連戦連勝だったカルディス帝国の侵略戦争に勝利したベルハルト王国は、見事にその主権を守り抜いたのだ。




