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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 9

 

 翌日、ベルハルト王国で御前会議が行われた。

 国王、王太子、第二王子を始め、軍の元帥、王国軍の各部署のトップ、そして、レーヴェルランドの女王が出席し、開戦に向けた作戦会議が開かれたのだ。

 出席者は10名だが、ベルハルト王国の戦争の方針を決定する最高機関である。


「先日、レオンハルトがレーヴェルランドに赴き、帝国軍侵略における我が国の防衛戦に、レーヴェルランドの戦士達の助力を得ることが出来た。今日は、レーヴェルランドの女王陛下にも出席して貰っている」


 ベルハルト国王が傍らに腰掛ける女王を紹介する。今日の彼女は正装の軍服を着用しており、深い紅色に金の装飾の詰め襟姿である。髪はハーフアップにしており、薄く化粧もしているようだ。相変わらずの無表情だが、今日はどこか冷たさを感じる美貌である。


「レーヴェルランド第63代女王アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランドだ」


 アリシアは名乗りだけ上げると軽く目礼する。全く臆さない堂々とした態度であり、10代の若い女王ながらも充分な貫禄を纏っていた。


 対するベルハルト王国のメンバーも、全員が軍服姿であるが、王族は濃紺をベースにしており、近衛部隊は白地、魔法師団は黒地、軍元帥、攻撃部門の指揮団長、王都防衛治安部団長と、戦闘支援の兵站部団長のトップ達は深い緑と、所属によって纏う色とデザインが異なっている。ほぼ男性で占められているが、魔法師団のトップは女性だった。


「軍元帥のエイベル・シュタインだ。

 国王陛下と王子殿下から貴殿のことは聞き及んでいる。今回の防衛戦の前線、レーヴェルランドの戦士300で迎え撃つと言ったそうだが、正気か?」


 挨拶もそこそこに、シュタイン元帥はいきなり本題に入った。しかも女王陛下に対し、随分と無礼な物言いである。

 しかしその内容に、近衛、魔法師団、兵站部は一様に驚きの表情を浮かべた。つまり事前に知らされていなかったのだろう。

 国王はそれに一つ溜息をつくと、女王に「すまない」と小声で謝罪して、言葉を続けた。


「元帥、女王陛下への言葉に気をつけろ。君には立場上事前に通達したが、他部門の者達にも改めてこの場で説明する。

 今回の防衛戦、国境のゼレンダ平原地帯で帝国軍と対峙するのは、レオンハルトを大将に近衛と軍部合わせて10名と、女王の部隊300だ。

 その他は、周辺地域の防衛と王都防衛となる。特に防衛治安部と魔法師団には、今から敵の間者の探索と捕縛に全力であたってもらいたい」


「お言葉ですが陛下。他国のしかもこのような儚げな女性達たった300に、一体何ができるというのか?」


 国王の言葉に真っ先に反論したのは、攻撃部門の指揮団長キース・オライエンだった。30代の体格も顔も厳つい男だ。女王を厳しい眼差しで睨みつけている。


「キース殿、儚げな女性が何も出来ないというのは偏見です。今回王子殿下と同行したうちのジェイドによれば、レーヴェルランドの女性達は無詠唱で強力な魔法を使うと……もっとも、五万の軍勢に300というのは無謀が過ぎると思いますけど」


 魔法師団長であるレイラ・ロドリーが、女性差別と思わしき発言にすかさず突っ込む。落ち着いた風貌のこちらも30代の女性に見える。

 そして、その隣に座っていた近衛騎士団長であるロバート・タッセルが、レイラ師団長を補足した。


「魔法については、我々近衛の者達からも報告を受けている。魔法を無詠唱で多重行使し、魔力も多い。特級魔獣の飛竜の番も一人で問題なく討伐出来るとか」


 レオンハルトに同行していた騎士達から、報告を受けていたのだろう。王族を除いて、この中ではおそらくロバート団長がレーヴェルランドの女性戦士の情報を一番持っているようだ。

 兵站部のヴィッセル部長と、王都防衛治安部のクーガ団長は、口を開かず成り行きを見ている。

 そこに国王が、再び口を開いた。


「レーヴェルランド女王陛下と女性戦士達の実力については、レオンハルトからも補足がある」


 国王がレオンハルト王子に視線を投げる。彼は小さく頷くと、出席しているベルハルト王国の重鎮達を見廻した。


「レーヴェルランドの女性達は、聖石という我々にはない魔力器官を持って生まれてきている。そのため、身体強化を始め、結界魔法、攻撃魔法を複数、同時行使する事ができる。また、幼い頃から戦闘訓練を受けて育つそうで、その戦力は我々の常識、いや想像の範囲を超えるものと思って欲しい。

 女王がおっしゃるには、一般人である兵達を守りつつ、魔法範囲を制限されての戦闘は、却って効率が悪く下手に犠牲者を生みかねない。だから、前線での防衛戦はレーヴェルランドの女性戦士に一任して欲しいそうだ」


 レオンハルトの話に一同は、俄には信じられない様子で、驚きを持って女王を窺っている。

 女王はレオンハルトを肯定するように頷き、口を開いた。


「レオンハルト殿下の話は事実だ。信じられないのなら我々の実力を示すのも吝かではないが……戦前にベルハルト王国軍に負傷者が出ない形で、行おう。

 もっとも、今回の防衛戦に必要なのは単純な戦力だけではない。帝国への食料や物資の流通制限、今後も起こり得る他国からの侵略に備えるとか、送られてくる間者の対応とか、貴殿達がやることは多いのでは? 戦後に発生する帝国軍の捕虜についても考えておいたほうがいい。

 ベルハルト王国らしい戦い方に、人手を割くほうがいいだろう。

 我々は傭兵業を国の産業にしているが、かと言って今後カルディス帝国軍に雇われることは、決してないと約束する。今回の防衛戦の前線は、安心して任せてもらって良い」


 淡々と声を荒げることなく話している女王だが、額に現れた聖石と、その身から溢れる気配が、国の重鎮達を圧倒する。

 美しく整った姿も相まって、どこか厳かさも感じられ、とても10代の女性とは思えないその言葉運びも、御前会議に出席している経験豊富な軍人たちからの反論を許さなかった。

 シン……と全員が押し黙る。


「……なるほど。ならば、レオンハルト殿下の護衛に私も加えていただこう」


 しばらくして、沈黙を破ったのはシュタイン元帥だった。ニヤリと凄みのある笑顔を浮かべている。


「「は?」」


 驚いたのは元帥の部下達だ。キース団長やレイラ師団長、ロバート団長がギョッとしたように元帥を見ている。


「元帥という身分を得て実戦の機会は少なくなったが、まだ現役を自負しているのでな。タッセル団長の下、旗持ちを務めさせてもらおう」


「元帥閣下、冗談はやめていただきたい」


 近衛騎士であるロバート団長が人差し指の背で眉間のシワグリグリと伸ばしながら言った。

 軍のトップが、大将の護衛として前線に出るっていうのはどうなんだ?と言いたい。


「私は本気だよ、ロバート。ああ、キースとレイラも来るだろう?クーガはどうする?」


 元帥の中では決定事項であるらしい。最早ロバートに反論の余地はなかった。諦めて、名を呼ばれた他の団長に目を向ける。


「私は、王都を守らなければなりませんから」


 王都防衛治安部のクーガ団長は、元帥不在の王都を護る義務がある。同行するわけにはいかないし、間者の炙り出しも骨が折れそうだ。

 だが、レイラ師団長とキース団長は、嬉々として答えた。


「私は喜んで参ります。殿下、最強の護衛陣ですね?」


「女王陛下の言葉が真実かどうか見極めなくてはならないからな。もちろん俺も同行する」


「そうだな。では、護衛に志願するものは、それぞれ副官に、万事滞りなく本来の業務を全う出来るよう指示しておけ。問題ないな?女王陛下」


 元帥はそう纏めると最後に女王に視線を向ける。


「大将のことは心配なく戦えそうだ。感謝する」


 女王はそれに口の端を持ち上げて答えた。



(すごい……あっという間に決まってしまった)


 レオンハルトは、その様子を内心で驚きながら眺めていた。王太子であるアルベルトも目を見開いている。

 元帥以下軍部は、今回の提案にかなり反発してくることが考えられたが、鶴の一声ならぬ女王の言葉で反論は抑えられてしまった。実際は、レオンハルトの報告もかなりの説得材料だったのだが、本人にはその自覚はない。


(本当に手が届かない人だ、アリシア)


 62人のレーヴェルランド歴代女王の記憶を持つ聖石を継いでいるためか、アリシアの物言いは、人の上から客観的に物事を眺めているように感じることがある。それは時々機械的であったり、合理的で効率性を重視しているように見えるが、根底には、国民を愛し、皆が幸せになって欲しいというアリシアの願いがある。

 短い付き合いながら、それを知るレオンハルトは、実ることの無い恋心に蓋をして、今の立場で出来ることをすると心に決めた。


「平和になったら、今度こそレオン達が自分達で頑張って?」


 昨晩のアリシアの言葉が頭の中に蘇る。


 今はもう、レオンハルトはこの戦争に敗れるなんて思っていない。

 アリシアは、帝国軍勢を出来るだけ殺さずに、二度と侵略戦争を起こす気がなくなるように勝利すると言ったのだ。

 ならば、その後のベルハルト王国の立ち回りを考えなければ……


 それがアリシアへの感謝であり、レオンハルトの矜持となる。

 レオンハルトの頭脳は、戦後を見据えて動き出した。



 会議はいつの間にか、前線でのレオンハルトの護衛の選抜になっていた。

 兵站部のヴィッセル部長は、王太子とともに、物資と食料の輸出入の流通制限について話し合っている。


「では、皆、それぞれ調整を頼む。私は女王と話があるので先に失礼するよ」


 国王がそう言って、女王と共に立ち上がる。


「御意」


 一同もその場で立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。

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