第五話 ほかほか卵かけご飯
翌日、日曜日。
私は炊飯器君に料理を教わっていた。まずは米の研ぎ方から。
「お米ていつも適当にバシャバシャ洗ってたんだけど?」
「違う、違う。まずは水に入れて、出して、それからまた同じように水入れて、こう手を縦っぽく切るように洗って。ゴシゴシはしない」
さすが炊飯器君だけあり、米の研ぎ方もよく知っていた。研ぎ汁も食器を洗う時に洗剤液代わりになるらしい。一応研ぎ汁も洗い場の桶に入れておいた。
研ぎ終わったお米は浸水させて二時間。そして炊飯器のボタンを押し、炊飯スタート!
浸水させている間は味噌汁とポテトサラダも作った。
味噌汁はともかく、ポテトサラダは面倒だった。いかにも脇役みたいな顔をしているのに、手間は主役級だ。正直、炊飯器を使えるご飯より面倒で、気が折れかけた。
「大丈夫! ちゃんと出来るって。失敗してもいいじゃん? コロッケか肉じゃがにでもしよう!」
その度に炊飯器君に励まされ、どうにかポテトサラダも完成した。
別に作っている間は、誰かの喜ぶ顔など考えたりもしない。
でも炊飯器君はどんな気持ちで料理作ってたんだろうと思う。実家の母も。世の中の調理師さん達も。
そういえば同世代の友達でコックになった子もいた。あまりにも就職が決まらず、調理の道を目指したらしい。正直、女性には大変な仕事だったらしいが、空になった皿を見るのが楽しみらしい。バッシングした皿も全部彼女がチェックし、ニヤニヤしていると言っていた事も思い出す……。
自分に足りなかったものは、やっぱりこれだった。料理を作りながら、答えを見つけられた気がした。
「いただきます!」
「いただきます!」
出来上がったご飯は炊飯器君と一緒に食べた。ほかほかご飯に生卵を落としてTKGにした。
「美味しい!」
単なるTKGなのに、自分で作ると余計に美味しい気がするのは何故だろう。
そして、こんな地味で変わり映えのしないご飯を誰かと食べたくなってしまう。炊飯器君のおかげで一人のご飯が難しくなってしまった。もう一人は嫌。誰かと一緒にいたい。それは決して孤独や寂しさが嫌というよりは、もっと前向きな気持ち。誰かと笑顔でご飯を食べたい。たぶん、それが何よりも幸福な事だと気づく。今まではこんな幸福に気づきたくなくて、違和感を持ったと思い込んで誤魔化していた。
「よかったよ、君が大事な事に気づいて」
「え?」
「僕は君に大事な事を教えに来ただけだから。うん、さようなら」
「え、炊飯器君、一体何を言ってるの?」
「頑張ってね。僕は君の幸福を望んでいるから」
「え、嘘」
「僕はドラえもんじゃないから、いつか別れがあるよ。じゃあね!」
目の前にいた炊飯器君は、煙のように消えてしまった。最後まで笑顔のままで。
食卓の上は二人分の食事がまだある。箸や箸置き、茶碗や湯のみもあるのに……。
急いでキッチンに向かうが、炊飯器がバラバラに砕けて壊れていた。保温中だったご飯も外に飛び出し酷い状況。
「あ、本当に炊飯器君はいなくなったんだ……」
寂しさも何も感じられない。ただただ呆然としていた。
洗い場の桶には、米の研ぎ汁が放置されていた。白く濁った研ぎ汁を見つめていた。壊れた炊飯器は今は直接できない。