第四話 優しいきのこシチュー
今日は土曜日。時々土日出勤もあったが、今月はなく、ホッとしている所だったが。
「今日はね、シチュー作りたいと思うんだ」
「シチュー?」
「うん、秋らしくきのこいっぱい入れてさ」
炊飯器君は今日の夕飯のメニューの話題を出した。まだ朝だ。気が早いとも思ったが、シチューの話なんて聞いていたら、お腹が減ってくるではないか。
もう私はすっかり炊飯器君に胃袋を掴まれてしまっていた。
「だったら炊飯器君、スーパー行こう。確かきのこも安かったはず」
「うん、そうだね。一緒に行こう」
昼過ぎ、炊飯器君と二人で出かけた。といっても近所のスーパーだったし、炊飯器君は中古で買った変な柄のシャツに短パンというゆるい格好だったが。
私も大きめなサイズのシャツのジーパン。メイクも眉毛を描き、日焼け止めだけ塗って二人でスーパーへ行った。
スーパーは土曜日という事で混み合っていた。野菜売り場ではきのこのセールもあったが、お一人様二つまでだった。
「だったら僕も含めて四つきのこ買っていい?」
炊飯器君は私の許可も取らず、カゴにきのこを入れた。
「メカでも一人って事でいいの?」
「いいの、いいさ」
炊飯器君は大らかに笑い、試食コーナーではソーセージを貰い、最後にはイートインコーナーでお茶を貰って帰ってきた。
炊飯器君はイートインコーナーのお茶が無料なのに感動し、目がキラキラだった。
こんな炊飯器といて思う。自分にももし夫や家族といった存在がいたら、こうしてスーパーに行ったかもしれない、と。
スーパーではアラサー、アラフォーぐらいの夫婦も買い物していた。
自分には縁のないものだと思い込んでいた。婚活も諦め、仕事を一生する事に決めたが、本当のその道が正しかったのかよく分からない。
炊飯器君とのスーパーでの買い物が思いの外楽しく、人生で捨ててきた「選択」に後悔のようなものが襲ってくるのだが……。
世間ではソロ活、お一人様女子が持ち上げられている。一人で自立して何でも出来る女性がかっこいいという風潮だが、本当にそうだろうか。私にはその生き方は合っているか迷いが出てきてしまった。
また結婚できない原因を経済格差のせいにしている報道も多いが、私の親世代は貧乏人の方が子沢山だった。自分も決して金持ちでは無いが、結婚できない原因はお金のせいでは無いかもしれない。何か別の原因が隠れていそうというか……。
「ねえ、初枝さん、顔暗く無い?」
「あ、そう?」
夜、炊飯器君とシチューを食べた。きのこたっぷりの美味しいシチューだ。胃も心も優しくなれそうな味だったが、余計に自分の内面を考えてしまう。
「不味かった? これも炊飯器で作ったんだけど」
「いや、そうじゃなくて……。実は……」
私は今の自分の気持ちを話してみた。仕事の事や、結婚の事まで深く話してしまった。炊飯器君は人間ではない特殊な存在だ。こんな事を話しても大丈夫だろうと言う謎の安心感もあった。
「結局、私が結婚できなかった理由って何だろうね。出会い自体はあったと思うんだけど、何でかな。性格悪いから」
「そんな事ないでしょ。性格悪い人が僕のような炊飯器君を面倒見てくれる?」
炊飯器君はシチューを食べながらも、困ったように笑っていた。
本来なら、炊飯器君のような優しさ存在と食事出来る資格も無いのかもしれない。
こなん悩みを打ち明けても、ちゃんと聞いてくれる。美味しいご飯も作ってくれる。「おかえり!」って笑顔をくれる。
見に余るほどの幸福で、また違和感が襲うのだが。
「だったら、初枝さんさ、僕と一緒に料理作ってみない?」
「料理?」
「そう。別に嫁入り修行しろっていう昭和の価値観言いたいんじゃないよ。誰かの喜ぶ顔を思い浮かべながら料理すれば、もしかしたら結婚のイメージもできるのでは?」
「そうか、そうかも」
確かに私は今まで誰かの笑顔を見たいとか、役に立ちたいという発想は薄かった。
結局、いつも自分の事で精一杯。自分の事しか考えてなかった。もしかしたら、これが今の状況を作り上げている原因だったのかもしれない。
「炊飯器君、料理教えてください」
気づくと、私は頭を下げていた。