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第二話 「おかえり」と炊き込みご飯

 炊飯器君は一応見かけは男だ。オスだ。しかし身体の作りは一般的な人間と違うらしく、寝る時は一ミリも動かない。まさに電池が切れたように眠り、見かけは死体にしか見えないから困ったもの。


 夜はソファで寝かせてたが、死体状態の炊飯器君はビジュアル面で心臓に悪い。寝る時は彼を毛布で覆い、視界に入って来ないよう工夫した。


 あとは排泄もしない。あくびもシャックリもしない。もちろん、性欲も全くなさそうで、私との同居生活でもそういったトラブルも起きなかった。


 言葉やコミュニケーションには問題なく、日本人としての常識も一応あった。スマフォを使えなかったり、芸能人は誰一人知らなかった。PayPayの使い方も知らなかったが、その点は私が訓練し、日中、買い物にも行けるようになった。


 こうして炊飯器君の同居してから一週間。すでに慣れてきてしまった。


 幸い、この辺りは独身世帯も多く、噂を立てられたり、詮索される事もなかった。まあ、向かいに住み主婦にはじろじろ見られたが、親戚の大学生が来ていると嘘をついて何とか誤魔化せた。


 それ以外は本当にいつも通り。仕事は相変わらず忙しく、若い部下にはお局と陰口を叩かれながらも仕事をこなした。正直、この忙しさで炊飯器君の事など忘れている事も多い。もっとも仕事から帰って来ると炊飯器君に迎えられるのは、新鮮というか違和感なのだが。


「おかえり!」


 笑顔で迎えられると、どうもこそばゆい。


「ご飯できてるから、一緒に食べよ!」

「う、うん」


 しかも食卓に準備されているご飯は、どれも美味しそうだった。


 今日はしょうがの炊き込みご飯、秋刀魚の塩焼き、わかめの味噌汁。フルーツには葡萄。


 今の時期は秋なので季節にぴったりの食卓だった。


「ねえ、美味しい? 一生懸命作ったんだよ、食べて。おかわりもある!」


 笑顔でそう言う炊飯器君を見ながら、私の頬は引き攣る。彼と同じように笑えない。


 違和感。こそばゆい。


 長年、一人で木暮らしてきた。新卒時は氷河期だった。最初の就職先はブラックで、資格をとって何とか経理事務に転職した。


 大学を出てからはがむしゃらに走ってきた。婚期も逃し、おそらく子供も出来ないだろう。


 一般的な社会の価値観からしたら、私はゴミクズ。仕事だって一応正社員だが、誰でも出来る。AIがもっと進化したら必要無くなると言われていた。同じように氷河期世代の友達はもっと苦労している人も多いが「自己責任」とも考えてしまう事も多く、こんな私の自己肯定感はゼロどころかマイナス。


 そんな自分には相応しく無いような美味しい食卓。炊飯器君の笑顔。それに「おかえり!」と言う言葉。どれも違和感。本当に自分が受け取って良いものか謎。


「どうしたの? ご飯、まずい?」

「いえ、美味しいよ」

「よっしゃ、よかった!」


 目の前に無邪気に喜び炊飯器君。ますます違和感。


 この幸福を受け取っていい?


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