デッドエンド
友人の部屋に入ると、何やら奇妙なフィギュアがあるのが目に入った。部屋の中央、丈の低い丸机に二十センチ程の人型が直立している。
「なにこれ」
「ジョイマンのフィギュア」
「いやわかるけど。韻踏むタイプの芸人だろ? フィギュアとか存在するの?」
「そう。それもただのフィギュアじゃない。『あ』から『ん』まで、全ての韻が踏めるんだ」
「超高性能じゃん。需要はどこ」
「俺が作った」友人はふんぞり返って言う。
「天才だ。天才にして変態」
「なんだけど、ちょっと問題があるんだ」
「ほう、どした」
「さっき床に落としてな。『す』しか喋らなくなった」
「死活問題起こってるじゃねぇか」
その時、机の上のフィギュアがガガッと音を立てた。
「お、喋るぞ。五分に一回喋る設定なんだ」
「時報代わりに使ってんの?」
『スナップえんどう、秘密の花園』機械音声が響く。
「最後の音しか合ってないだろこれ……」
俺がつっこんだ瞬間、ふわりと風が吹いて、目がくらんだ。突然、視界が青く染まったからだ。
「これがもう一つの問題……」友人がぼやく。
なんだなんだ! 俺が言いかけたと同時に、甘い香りが鼻をついた。視界を埋める青い物体を俺はようやく視認する。
花。花だ。机の周りに花畑が広がっている。
友人はフィギュアを苦々しく指さして言った。
「こいつのせいだ。この人形の言ったことが現実化してしまうんだ」
「まじかよ、どうなってんだよ……」
引きつった友人の表情を視界の端に収め、俺は改めて机の上のジョイマンフィギュアを見た。両手を斜め下に伸ばした姿勢の、二十センチ程の人型。白インクの塗跡が目立つシャツに、同じくけばけばしい黒色のパンツ。明らかに手作りのチープな外見はひどく不気味だ。
「なあこれ、壊した方がいいんじゃないのか」
「そう思うだろ? やってみてくれ」
俺はフィギュアを握り締め、床に叩きつけた。ガイン、と異様な金属音が鳴る。拾い上げたフィギュアには傷ひとつついていない。
金属音? どう見てもプラスチックのフィギュアから金属音だと?
「な? 壊せないんだよ」
「でも壊さなきゃダメだろ! こいつがなにか、……そう、危険なことを言い出したらどうする!」
「もう諦めてるよ。俺、部屋から出られないんだ」
「はあ?」
「さっきこいつが言ったんだ。『スナップえんどう、洗脳』って。面白いだろ。例えば僕がこうやって部屋を出ようとすると、」
手を振り歩こうとする姿勢をとって、友人は静止した。数秒間、ロボットのようにぷるぷると止まったまま震え、ゆったりと直立の姿勢に戻る。
「ほらな。体が動かない。そうだな、逃げた方がいいぜ。お前だけでも」
「……はは、冗談だろ。本当に動かないなんてありえないって……」
ぐいぐいと友人の袖を、……腕を、胴を、力いっぱい引っ張る。服は伸びるだけ、腕は動くが肩も胴体も動かない。銅像を引っ張っているようだ。人の力じゃない。一般体型の男がこんなに動かないはずがない。
「まさか……。いや…そんな……なあ嘘だろ、本当は何か仕掛けがあるんだろ!!」
そうしている間に五分が過ぎた。
フィギュアがガガッと音を立てた。数秒の沈黙がある。背すじが凍り付いていくのが分かる。
机の上に直立した人型のフィギュア。見間違いかもしれない。俺の視覚的錯覚かもしれない。だがどう見てもそう。確実に間違いない。
そのフィギュアは、笑っているように見えた。
『スナップえんどう、デッドエンド』
その時俺たちは、窓の外に赤く熱い光が閃くのを見た。
轟音が耳を震わす。それは巨大な隕石だった。