第九話 謝罪と後悔
ここが彼らにとっての終焉でした。シナリオ上の制約。あるいは起こるべきイベント消失の影響か。取りうる手段は尽き、殿下達はもはや死を待つのみ。
ルーチェ様は泣きながら謝罪を口にしていましたが、最後には二人のうちの一人を選びます。金髪きらきらの弟殿下。彼の側で「愛しています」と伝えていました。
なんだ、本命居るじゃないですか。今までの話は何だったのか。拘留されている間に、彼女なりに考えて答えを出したのかもしれませんね。生きるか死ぬかと言う段になって、ようやく自分の想いに気づいた。色んな意味でもう遅い、ですわね。仕方がないのでフラれ男こと黒髪殿下の方にわたくしが付きます。まぁ、気の毒ですし。
「ルーチェ、居るか」
「はい、ここに」
目も見えていないし、わたくしが誰だかもわかっていない様子。死の間際だから仕方ないですわね。適当に彼女のふりをします。戦闘のダメージもあり、乱れた髪を払う気力もありません。
「お前に謝りたいことが、あった」
「それは何?」
強引に関係を結んだことでしょうか?
話を聞く限りは若さに任せた勢い的なアレ。ただ、想像とは若干角度が違いました。
「抱く、のに自信がなかった。だから、事前に、娼婦と練習をしてしまった。だが、よく考えればそれは、君にとって酷く不誠実なことであったかもしれないと、思って」
気にするポイントがズレている。でも、そんなものかもしれません。誰も彼もが自分なりに考えて動いて、それぞれに考え違いをする。
「別にそんなこといいんですよ。子どもより男らしい殿方が好きです」
そう答えると、彼は安心したように身体の力を抜きます。生臭い話を突き詰めても、ね。ファンタジー設定なら細かいことはいい。ルーチェも二人と関係を持ち、散々ふらついて最後は片方を選んだ。何事も美しいばかりじゃない。そんなこと誰だって知ってますよね。
「愛している。お前は、亡くなった母上とよく似ている。優しくて、柔らかくて、愛しくて。失って哀しかった。暗闇が、怖かった。お前は俺の、光だ。出会えてよかった。生まれて来れて、良かった。ありがとう、ルーチェ」
「そうでしたか。わたくしも愛しておりますよ」
最後は母親のように彼の頭を撫でていました。その内静かになって、あぁ旅立ったのだなとわかりました。彼なりに、一生懸命ではあったのでしょう。ルーチェ様のすすり泣く声が響きます。なんとも、物寂しい顛末でした。
その後の後処理も色々と面倒でした。悪政を極めた国王が息子達に殺害されたというのがおおよそ起こった出来事。わたくし達はとりあえず被害者側という感じに立ち回り、どうにか細かいことをやり過ごします。
「ほら、ちゃんとして」
ルーチェ様はあれ以来塞ぎ込んでしまい、仕方なくわたくしが連れて動くことになりました。当面は田舎の別荘地などに引きこもることにしました。
「こんなの、ないです」
馬車の中でぽつり、と哀し気に呟きました。そうですね。色々とあんまりな結末です。
わたくしは、彼女に対し特段怒りも何も湧きませんでした。
何を言っても仕方のないことですし、あらゆる不幸の責任を押し付けることも出来ないでしょう。それに、責めても仕方ない。ルーチェは愚かでした。でも、わたくしも別に賢くはない。
振り返れば、我が身に刺さる。
過去のわたくしも相当に浅はかな人間だったからです。
これは遠い昔の前世の話。
学生時代は変に尖ったキャラを気取っていた。同級生に暴言を吐いたり、それが理由で周りに外されたり。思い出したくもないことも山ほど。黒歴史や後悔なんてそれこそ本当に、吐きそうなくらい。自分にとって都合の良い男性を求めては失敗し、怖い思いをしたことだってある。立ち位置が変われば彼女になっていたのはわたくしかもしれないのです。
同情はしませんが、見ていて気まずい。
昔の自分みたいで、あまりに苦い共感。
更にルーチェは妊娠していました。
本人が言うには、さすがに殿下のどちらかには間違いないとのこと。
孕ませた当の男どもはさっさと死んだ。
放置したのも、他人事として眺めていたのもわたくしです。
死なれるのも、寝覚めが悪い。
何事も、ゲームの中ならいい。
でも変に生々しくすれば、このようになる。
「わたくしはこれからどうなるのでしょう。結局誰とも結ばれないままですが」
国王が暗殺され、王太子殿下も急死した。じゃあ平和になりました、とはいかない。一応は大臣等が相談して次の王を立てるということになったようです。
「次点の王位継承者がそろそろ成人なのでまた次のターンですね」
侍従はのんびり答えます。
「それわたくしが結婚しないといけない奴?」
「そういうゲームですから。ちなみに次も双子です」
げんなりするお言葉をまぁさらりと。
「もういいですわ、そういう無限ループ。この国、どうにかできません?」
「ルールに則るなら『君が』玉座に就かないと無理」
急に口調が変わります。
こいつも何なんだろう。神か。
あるいはゲームシステムそのものか。
「それやっていい?」
特に臆することなく聞きます。
「構いませんよ、あなたの意思のままに」
侍従はにっこりと微笑みました。
で、色々あって。
色々陰謀を巡らせて、必要に応じて武力を行使。幸いにもわたくしより高レベルの人間は居らず、レベルと言う概念もない様子でした。よって、様々なアーティファクトだの魔法だのを使えるわたくしの独壇場。悪役令嬢ですがエンディング後の世界なので異世界の連中が全くちっともさっぱり敵ではありません、みたいなチートもの主人公みたいなことしました。
傀儡となる次期国王を決めて、あとは裏で国を牛耳るラスボス女帝の誕生となりました。まぁ、後見役ということで放っておいてもらえれば好きにしてもよろしくてよ、と言っておきました。
後は田舎に引きこもり、静かに過ごすことにします。久しぶりに顔を合わせたルーチェ様は幼子を抱きながら、庭先でぼんやりとしています。ちゃんと子供の世話はしていますが、何とも覇気がないですわね。まるで死人のよう。
お土産を彼女に見せます。
「なんですこれ」
怪訝そうな顔を浮かべるルーチェ様。
「国王の骸骨ですわ」
呪われた遺骨をどこかに葬るか。関係者も「これどうする?」と困り果てていたので、わたくしが引き取ることになりました。国王達の鎮魂を祈るとか何とか、田舎に引きこもる上での丁度良い理由付けにもなりました。
「怖い顔」
どこか冷めた風に言います。
「色々調べると御年数百年らしいです。魔王だかと契約でもしたんですかね」
「はぁ」
「数々の息子達を愚かに育てては競い合わせ、死なせては命を吸い上げ楽し気に眺めていた、そういう何かだったそうです」
「へぇ」
ルーチェ様がおもむろに骸骨をわたくしの手から払い落とし、地面に落ちたそれを蹴っ飛ばしました。
禍々しいものを己の子から遠ざけるように。本能的な回避行動のような素早さです。あら、一応わたくしの物なのに。庭の草むらに落ちましたが、まぁ急いで取りに戻る必要もなく。後で祠でも作って安置しておきましょう。
彼女には故郷に戻るかと聞きましたが、別にいいです、とのこと。例の子を育てながら、ぼんやりと二人で過ごすことが多かったです。何やってるんでしょうね、わたくし達。
侍従ショタは不満気でした。
「もっと楽しい遊びをしましょうよ。せっかく国を手に入れたんですから、他国と戦争をするとか。あの子もこのままにしておくんですか? 諸悪の根源ですよ。やっつけなきゃ」
変にルーチェに冷たい。嫉妬でもしているかのよう。
「そういうのいいですから。しばらく静かに過ごさせてください」
「仕方がないですね。じゃあ、僕を讃えてくれたら構いませんよ」
「えらいえらい。あなたはとても素晴らしい、素敵。大好き。超好き。とても良い子ね」
適当なことを言ったら何だかほわんと幸せそうでした。
侍従の少年は何年経過しても姿が変わりません。人外の存在。ゲームシステムの擬人化。リセットできるかと聞くとできますよー、別のゲームします? 等と言ってきましたが、まぁやめておきます。
人生なんて何度も繰り返すものではありません。生まれた何かも消してしまうことになるのですから。それは「もう」しない。自分の奥底から浮かび上がる不思議な感情がありました。
それから穏やかに過ごしていたあるとき。
何となくルーチェ様と一緒にお茶を飲んでいました。彼女は一応側仕えですが、友人のように、いつぞやのお茶会のようにお茶を飲んでいます。
ぼんやりとどこか上の空な彼女。
どこか物思いにふけっています。わたくしも何を求めるでもなく、静かな時間が過ぎます。
しばらくして、ルーチェ様が口を開きます。
「振り返って、思うんです」
やはり例の出来事についてでした。過去の自分の振る舞いについていろいろな考えを口にしていきます。とても愚かだったし、後悔しているし、哀しい。申し訳がない。だけど一方でこのようにも思うそうです。
「私は、そんなに悪いことをしたのかなって」
自分に罪はない、と言いたいわけではないでしょう。ただ己の振る舞いと顛末が上手く結びつかず、納得しきれないだけ。心の置き場はないでしょうね。どうあっても。