第七話 たった一人の助命嘆願
詳しく話を聞きます。
「国王様が圧倒的強権を握り、息子と言えど自分の意に添わぬことをした者は拷問処刑しまくりな御方です。血が繋がっていても容赦なし。もう何人も息子を殺してます。殺しすぎなレベル」
諸々の事情を詳しく聞いて「は?」となりました。遅まきながら知ることになったのですが、どうもこの世界ってかなり暗黒系だったようです。無駄に暗い設定とか変に作り込んであるタイプ。
「え、怖くない? 当の王子様達はのん気に恋愛ゲームしておられた風ですが」
「要は何も知らない環境で育成し、人となりを見定めるのが目的ではないかと」
国王目線から見れば、侯爵令嬢との婚約をスルーして別の女にうつつを抜かすのは大いに減点となる。大失点の不合格。そして、ルーチェ様は二人の男をたぶらかした悪女そのもの。
「でも当人たちに悪気は全然なかった風ですよ。拷問とか処刑とか、寝耳に水も良いところです」
知ってたら一同全員もっと身を入れて恋愛してましたよ。ルーチェ様にしても、早い段階でどちらかに絞るなり、王子様は不味いと判断して撤退したかもしれない。そこまで愚かではないはず。
彼女もギリギリまで好き勝手した上で、わたくしにも上手く取り入りました。そこは如才ない。助けを求める力はそれなりに強い。庇護欲をうまく煽り立てるようなお人柄です。
ただ、そうした可愛さに何の価値も感じない者も居る。
「当の国王自身が厳しく選別された環境で生き残ってこられた御方ですからね。王子は把握できる限りでも十数人はおられます。代わりはいくらでも。切り捨てても一切心は痛まない。むしろ愚かに踊る息子達が死にゆくさまを嘲笑いながらワイン傾けるような御方ですよ」
おいおいです。何それ他の登場人物に対して国王のキャラが強すぎる。乙女ゲーで許されて良いキャラじゃない。でもないか。サイコパス系殺人鬼とかキャラ付けとしては一つの定番。現実には絶対遭遇したくないけど。
国王はラスボス然とした独裁者系。
あるいは本来のヒロインが成敗する立ち位置、とか?
いや、これ知ってるか知ってないかで大分変わる奴じゃないですか。そもそも、前世の記憶とか乙女ゲーがどうとか、詳細がどうも曖昧なんですよね。よくわからん。この世界って本当に乙女ゲー? ハッピーエンドで処刑ってどゆこと?
「まぁ、楽しく遊ぶにはその方が面白いからですよ」
侍従が何やらぽそっと言いました。
ともあれ、流石に落ち着かない。出来る範囲で彼らの罪が減刑されるように国王陛下に嘆願書などを送ります。それしかこちらも出来ることはない。罪悪感と言うよりも、いたたまれなさです。
わたくしも、彼らを何となくどうなるかなーと眺めている部分もなくはなかった。
思えば一番接していたのはルーチェ様でしたが、色々引っかかりつつも何となく気になる存在ではありました。話していて少し楽しい部分もあったと言うか、友達になれそうな子でした。遠い昔に、接していた誰かのような。
別に死ね、とは思いません。
自業自得と思うところはなくもないけれど。
「リーネア様にしては珍しいですね。ああいう娘がお嫌いだったかとお見受けしますが」
侍従くんは首をかしげていました。
以前の侯爵令嬢リーネアは、残酷で冷徹な性格でしたか。
今のわたくしとは明確にキャラが違うか。ただ、前世の自分も決して性格が良いわけではない。どちらかと言えば気が強い方だった。なので、適当に答えます。
「そういう気分のときもあるんですよ」
恐らく一度も話すことがなければふーんと流していたかもしれません。でも、親しく接してしまった。呆れはするけれど、憎んではいない。好きかどうかはわからないけど、嫌いではない。だから。
わたくしが行ったのは助命嘆願です。
国王への御目通りを願い、ともあれ言葉を重ねます。婚約者の王太子殿下達の振る舞いを意図的に見逃していたこと。気が咎めるため出来れば、国外追放などの刑で許してやってはいただけないかと。
「良かろう。そなたに免じて命だけは救ってやろう」
「本当ですか?」
ラスボス面のくせに意外と話が分かる。
と思ったのが間違いでした。
「ただし救うのは一名のみだ。お前に選ばせてやろう」
「一人だけ、ですか」
三人とも処刑という話でしたので、随分と譲歩は引き出せたと言えるかもしれない。
「そして、残る二人が目の前で嬲り殺すさまを見せつけてやる」
くっくっ、といかにも黒幕然とした風に見下ろすように言われました。うわ、性格グロそう。ここまでわかりやすいと逆に清々しいですわね。
これ以上の対話はかえってこちらの首を絞めかねない。引き際を弁え、囚われの彼らへの面会を求めます。それぞれに苛烈な尋問を受けたらしく、殿下達は身体中傷だらけですっかり疲弊していました。イケメンは何をしても様になる、とはさすがに口にできませんわね。
「リーネア、頼みが出来る立場ではないと、思っているが」
「はい。よろしくってよ」
兄王子の話を聞き、続いて弟王子にも同様のやり取りをします。
「この期に及んで、とは思う。ただ、僕は君に縋るより他はない」
「えぇ、どうぞご自由に発言なさってください」
こちらも淡々と話をします。ほとんど事務的な作業と言える。だって、彼らの「お願い」なんて一つしかありませんからね。
最後にルーチェ様とも話を交わします。
長い髪を切られ、見るも無残なご様子。ただ想像よりも痛めつけられるなどはしていない。憔悴しきってはいますが、恐らく処刑前に衰弱死などしないようにと言う措置でしょうか。
「リーネア様、あぁ、ああ」
泣きじゃくり、鉄格子に駆け寄ってきます。見るも哀れな姿ですが、強いて表情を変えることなく現状を伝えます。国王陛下から誰か一名恩赦が出ること。誰を選ぶかを、これからわたくしが決める。全てを説明し終えると、彼女は真っ青な顔で荒い息遣いをしていました。
「あなたなら、誰を助けますか? もちろんご自分の助命でも構いません。あなたの心のままに答えてください」
ルーチェ様に問います。
彼女は鼻をすすり、何度も何ともつっかえるようにしてようやく口にします。
「選べません。ごめんなさい、ごめんなさい」
最後まで彼女は優柔不断なままでした。
誰も選ばず、誰も選ばない。
助けて欲しいとすら言わなかった。
その点だけ、少し意外でした。
「誰を助けるんですか? 誰を選びますか?」
侍従の少年が楽し気に聞いてきます。
何とも面白い答えを期待するように。
彼をスルーしながら、考えます。
ただ結局、誰を助けるかは決まっているんですよね。ルーチェ自身は棄権として、ほぼ満場一致で助命対象は既に決定しています。
あとは処刑の日までただ待つしかない。これまでに世界を回って回収し、「使いどころがなかった」様々な品々を眺めます。誰も彼もどこか抜けていた。こちらを害してくるようなら反撃の準備はしていた。別にさっさと全員暗殺するなどしても構わなかった。
自室で紅茶を飲みながら、ルーチェの描いた絵画を眺めます。いわゆる点描画という手法。わたくしが以前口にした「点星者」だのという言葉を鵜呑みにして我流で描いたようです。美しい星々と、一人の女性の姿。
結構な時間がかかったらしく、力作だと言っていました。リーネアの横顔。無表情ながらどこか怜悧な美しさを宿した良い絵だな、と感じます。
「わたくしが何かをする義理はない」
そう口にして、ふっと息を吐きます。愚かな若者たちの恋の話。夢見がちで、そこそこに生臭く。わたくしには縁のない、青い春の物語でした。色々身辺を整理して、これからどこか遠くに行ってしまおうかとも思います。
処刑の日は間もなく。