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第六話 なんでしょうね、乙女ゲーヒロインって

「ひょっとして婚前の性交渉は嫌だって、いくらでも言えたのでは?」


 若干探りを入れてみます。


「言えましたけど、彼の本気がわかる眼差しにどきっとしてしまって。大きな体躯や放たれる雄々しい空気のようなものにぞくっと身体が震えてしまい、気が付けばそのまま」


 微妙にニュアンスが違ってきた。

 普通にムードに流されただけでは?

 彼の強引さに不覚にもキュンキュンしちゃっただけでは?


「二人目は?」


「汚れてしまった自分のことが悲しくなって泣いてたら優しくハグしていただいて、君は悪くないよって頭を撫でてくれて。私お父さんもお母さんも居ないのでそういうのに弱くて。耳元での小さな囁きに思わずドキッと」


「ツボを突かれて陥落しただけじゃないですか」


 優しさに包み込まれて一緒に愛の小舟を漕いでますよ、この子。溺愛ものとか好きそう。王子様から見れば無理強いされて汚され泣いている女の子。ただ流されてうっかり一線を超えたのをめそめそしてただけなのに。

 

 あ、ダメだ。さすがに穿った見方過ぎですわね。もう少しほら、彼女にしか理解できない辛さがあったとか、複雑で繊細な感情の動きがあったはずで。


「でも殿方ってすごいですよね。ついふわっとなっちゃう触り方とかされてしまって。身体の芯がじんとなるような。特にびっくりしたのが」


「詳しく聞きたくないです」


 若者の寝屋話とか勘弁してください。気まずい。好奇心より、聞いてて恥ずかしい。興味ある時期は過ぎました。

 

「でも終わった後にあああああああってなってしまって」


 がっくりと肩を落とします。そうですよね。あああああああですわよね。片方と男女の関係になっただけならショックではあるにせよ、落ち着いてから責任を取っていただくなりすればいいいい。でも短い期間で二人とではねぇ。周りへの言い訳のしようもない。

 

「別に王子様達のことは嫌いじゃないんです。でもさすがに婚約披露パーティの場で同時に告白されてもどうしたらいいかわからなくて」


「そりゃあ二股相手に同時公開告白されてもね」


 感動の名シーンというよりちょっとした珍事。


「はい。まさかここまで大事になるとは思わなくて。まさの想定外の事態でした」 


 いや、大事になるでしょ。想定しろ。認識が甘い。さらに言えば問題は周りからそれがどう思われるか、です。殿下達にとってはルーチェにそう「仕組まれた」と言えなくもない。自覚にないまま舞台を整えてしまい、修羅場を勃発させた。せめてどちらか決めていればまだ良かったのに。


「結局どちらが本命なんです?」


「えっと、まだはっきりとは。お二人とも大変素敵ですし、現時点では、出来ればどちらも他の方に渡したくないと言いますか。でもお二人とも同時に結婚はできないし。三人でご結婚できるなら喜んで、お受けできたのですが」


 サラッと本音を覗かせる。何と都合の良い。


「そういうところだけ変に(したた)かですね」


 ルーチェという少女は、何でしょうね。

 

 絶妙な想像力不足。

 悪人と言うよりは夢見がちな優柔不断。

 

 上手く自己主張できない子。流されて抵抗できず、しばらく経ってからようやく自分が嫌な事をされた、と思い至り、でもどう整理していいかわからない。それで優しい相手に全部任せてまた流される。

 

 冷静に内心を話せた時には色々状況が動き過ぎて、誰も彼女の感情に上手く寄り添えない。理屈はわからなくもないけど、共感しにくい。

 

 あわあわ系と言いますか、あれよあれよという間に周りが盛り上がって本人は微妙についていけないみたいな。要はトロい。おっとり屋さんで、マイペース。だけど、しっかりやることはやっている。あるいはやられちゃってる。

 

 結果だけ見ると地獄の極み。

 

 でも、こういう子って自分から行っちゃうんですよね。男性が怖いならそもそも積極的に近づかなければいい。しかし、出来れば身分の高い相手が欲しいと願う若い女性。甘い期待と誘惑に判断力も緩んでしまう。そして一度手にいれたものは出来れば手放したくない欲の強さ。

 

 そして、重要な情報を周囲と共有しない。

 一定の計算と、気まずさが邪魔するんでしょうかね。

 だから問題が最大限大きくなってからようやく誰かに話す。

 よりにもよって恋敵(リーネア)に助けを求めると言うのもね。

 甘く接し過ぎたでしょうか。

 

 夢見がちなうら若き女性。誰でも素敵な異性と親密になって特別な関係になれるならなりたい。ましてやここは乙女ゲーと思われる誘惑的な世界です。つまり、現実より更に理想化の極みが行われた世界。だからこそ、うっかりと一線を飛び越えてしまう。

 

 加えての、待ちの姿勢。危機感の欠如。

 

 これどうなるかな、とりあえず様子を見よう。でもわたくしもそれでしたよね。準備はしつつも推移を眺めようとした。相手の動きが読めない以上は出方を見守るしかない。ただ何事も準備は必要。何の対策もないまま爆発するまで放置するなど愚の骨頂です。


「私はどうしたら」


 気の毒は気の毒。でも彼女は既に舞台に上がることを選んでしまっている。そして彼らを舞台に上げちゃってる。よりにもよって侯爵令嬢の婚約者の王子を二股した。言い逃れのしようもない。


「今あなたが置かれている状況が全てですよ。二者択一。引くか進むか、どちらか選ぶ。そして結婚する相手を決める。両取りは周りが許さない」


「うーん」


 この期に及んで悩んでらっしゃるルーチェ様。以前二つお出ししたケーキも両方食べてたしなぁ。割と欲は深いのでしょう。


「あるいは何もかも捨てて逃げる」


「でもここまで進めた物語を投げ出すなんて」


 微妙にメタ的なことを言う。


「ところであなたってマジで転生者じゃないですか?」


「星を点で描く技法が今何か関係あります?」


 とぼけている風ではない。ボケるところでもないしなぁ。比喩的表現が何となくそういう風に感じるだけか。じゃあなんだコイツ。ただの乙女ゲーヒロインか。なんでしょうね、乙女ゲーヒロインって。

 

 そう言う名前の生き物。

 酷い形容ではありますが、的を得ている気がします。要はプレイヤーが自己投影しやすいように微妙にふわっとしている性格設計。恋愛ものの主人公でもありがち。そのように設定されるのは、最初から首尾一貫して一人が好きだと話が広がらないから。

 

 だから色んな異性の間でふらふらして、傍から見ると意味不明。でも悪気がなさ過ぎて、微妙に憎めない。特定のタイプの乙女ゲームの主人公をリアルに人間にした存在というところでしょうか。そんな人間の心理が読めるわけがないですよね。だって乙女ゲームの主人公って大抵プレイヤーでしょ。誰にも操作されていない彼女は、極めて無軌道に振舞う。その結果がこれ。

 

 溜め息を一つ吐いて言います。

 

「仕方がありませんわね。とりあえず謝ってこの場を収めては? わたくしも取り成しはしますよ。場を改めてご相談しましょう、と」


 ここまで放置していた手前、微妙に突き放しにくい。


「本当ですか?」


 それよそれ、その言葉を待ってたみたいな顔をされます。なんか子犬みたいですわね。面白い子ではあります。自分に関係ないなら適当にウォッチとかしたい。

 

「良かった。本当に申し訳ありませんでした。何事に置きましても経験が浅く、奔放に振舞いすぎていたとは存じます。リーネア様がお優しく、つい甘えてしまって」


 誰かに話せて大変すっきりしたようなお顔です。

 いや問題何も解決してませんけどね。


「本当に困ったものですよ。反省しなさい」


「えへへ、はい」


 悪びれもしないので、毒気も抜かれる。これ多分彼女わたくしをそれなり以上に信用してますよね。こちらに対して一切敵意がない。だから、敵愾心を抱きにくい。小さな子どもと同じような瞳。わたくし、割と気は荒いのですけど。別に人格者でも何でもありませんよ。敵は殺すことも辞さない派なんですけどね。

 

 まぁ、いいか。どうせわたくしは結婚とかする気もないし、不真面目なのは同じですわよね。

 

 ちなみに侍従の少年は何も言わず扉付近で待機しています。ふと見ると、誰かが部屋の扉を叩いているらしく、彼が出ていきます。直後に入って来たのは衛兵たちでした。何事?


「リーネア・カンパネルラ様。ルーチェ・バローネ様。事情をお聞きしたいと国王陛下に命じられています」


 故に出頭せよ、とのこと。

 国王陛下に双子王子と一緒に雁首揃えてあれもこれも根掘り葉掘り聞かれました。特にルーチェ様はかなり厳しく追及を受け、取り成そうとしたわたくしや王子様達の言葉も厳しく黙殺。

 

 なんと言うか、国王陛下の顔がすごく怖い。なんと言うか、思ったより若く凛々しい顔立ち。いわゆるラスボスとか黒幕系。凄みがある。思ってたのと微妙に違う。

 

「貴様らは自分の立場を理解しているのか」

 

 その眼光の鋭さに若者たちは震え上がるしかありません。ただわたくしは他人事としてやり過ごします。心を殺して他人のフリ。だって何もしてないもん。何もしてないことがこの場合不味いんですけどね。

 

 全員が兵士に連れていかれ、個別に尋問があるとのことです。わたくしの場合は事前にそれなりの準備をしていたこともあり、質問への問いはある程度上手く返すことが出来ました。

 

 二人の王子がルーチェ男爵令嬢に熱を上げており、こちらの誘いも断られていたと。ただあちらにも特に悪気があった風ではない。ルーチェ様も何も知らないまま流されていた様子。

 

 それなりに庇ってはおきました。

 

 わたくし自身は彼らに特に何の裁きも求めていない。寛大な対応をお願いします、と伝えます。我ながら律儀ですわね。

 

 尋問は比較的短時間で終わり、お三方がどうなったかは気になるところでしたが、この程度で済むならとりあえず大丈夫かなと思いつつ、自邸に戻されます。

 

 なんだか疲れました。喜劇の登場人物の気分。

 お茶を飲みながら、暫くぼんやりします。

 

 ルーチェはどうなるでしょう。さすがに無罪放免はないか。国外追放あたりが妥当。ストーリー的には、いわゆる第二章の開始か。せいぜい世界を股に掛ける冒険でもしてください。適当に資金援助だのはするとして。まぁ、ああいうゆるい子が主人公の乙女ゲーならどうにかなるでしょ。しかしこれ本当にどういうゲームなんだろ。国王陛下のキャラが変に濃かったけど、隠しキャラとかだったのでしょうかね。


「あれはラスボスですね。ルート的には今のままだと彼女に待つのは惨たらしい死。ハッピーエンド#01【全員処刑】ですかね」


 侍従がのんびりと言います。


「は?」


「仲良くみんな殺されます。慈悲なく無残にね」


 どこがハッピーなんです、それ。

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■リーネアさんの過去のお話に当たります。死亡ループ系の血なまぐさいお話なのでご注意ください。■
残酷な婚約破棄劇と終わりの鐘を鳴らすまで~死に戻りの悪役令嬢ですが、いきなり撃つのは反則でしてよ?~

世界観を共有したお話で、作中に出て来る「神様らしきもの」について触れているお話です。意味不明な人間の心理を読み解く分析ものみたいなお話です。

モラハラ幼馴染の『気遣い』がヤバ過ぎて、妖艶なお猫様に「それ要る?」と真顔で諭された件
~理不尽系ヒロインと抵抗できない男子の心理分析~


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