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第五話 お断りしたら可哀想じゃないですか

 殿下達は「ごめんねごめんね怖かったね」「驚かせて悪かった」とまるで父か兄のようにルーチェ様を宥めようとしますが、当の彼女自身が「リーネア様とお話がしたいですぅぅぅぅ」と叫んでしまわれたので、どうしようもありません。イケメン二人が途方に暮れる顔が滑稽ですわ。


「殿方怖いですうぅぅぅぅ」


「先にこのよくわからない状況を説明していただきたいのですけれど」


 大騒ぎの現場から彼女を連れ出して、話を聞きます。


「あぁ。なんで、こんなことに」


 いや知りませんよ。

 事情を窺うとどうも数日前に殿下と大人の関係になってしまった、とのこと。

 年頃の男女ですからそういうこともあるでしょうね。 

 彼女は目を潤ませて嘆きます。


「結婚前に殿方と。なんて恥ずかしい」


 あぁ、そう言う?

 でも、彼女は二人の殿下に興味津々だったはず。

 単に一線を超えるのは嫌だった、ということでしょうか。

 もしくは、相手に押し切られてしまったとか。


「無理やり行為を強要されたのですか?」


 彼女は首を左右にぶんぶんと振ります。


「愛を告白されて、抱きしめられるままに」


 だけど「無理やりではない」と言う。


「はぁ、本当は嫌だと言い出せなかったとか?」


 コクコク頷くルーチェ様。


「いや自分から近づいておいてそれも何なの、ですけどね」


 彼女の動向については侍従を通して逐一観察させていました。ここ数か月欠かすことなく、殿下達の間を往復していたご様子。


「雰囲気に流されて、断るに断れなくて」


 ついうっかり、一線を超えてしまったと。

 なるほど。

 確かに本人の中でのタイミングが合わなければ嫌でしょう。

 とにかく話を聞きます。

 

 知識が全くなかったのかと問うと、何をするかなどは知っていたと。彼女は平民出身ですが、引き取られた男爵家でもしっかり教本等で学びはしていたそうです。

 

「ちなみに、どちらと?」


 王子達の様子や言動を窺う限り、兄王子の方かなと思いました。


「両方と、です」


「はい?」


 まだ心の準備が出来ていないのに一線を超えるのは辛い。

 この世界の非妊事情とかもあるでしょう。

 嫌なのはわかる。でも両方とは?


「何がどうしてそうなったんです?」


「初めてのことで混乱してしまって、そのことをご相談に」


 で、同じことをされてしまったと。

 とんでもない話ですね。女の敵。殺さなきゃ。

 元から好きでもなんでもないけど彼らの位置付けが一気に汚物レベルにまで落ちる。どうやって暗殺しようかなーとか頭の片隅で考えます。


 でも王子たちの告白シーンを見ると、彼らもそこまで無理強いしそうな風ではなかったような。ただ熱烈に、想いを寄せていた。いや、だからこそ? 


 しかし、なんと言っても乙女ゲーの攻略キャラクター。彼らの育ちの良さやお上品さも多少は考慮に入れましょう。

 

 二人目の殿下には可哀想に僕or俺のルーチェ、とか何とか言われ、よしよし撫で撫でお清め的なアレをされちゃった、とか。知り合いのそういう様子を考えると本当に嫌ですね。そして本日の決闘へと話は進むわけですが、こうなる前にどこかで止めることは出来なかったんでしょうかね。

 

「混乱ゆえにとは存じますが、殿下に話すのはやや早計であったかと」


 学校の先生や男爵家の家族に相談するとか、いくらでも選択肢はある。

 わざわざ知られては不味い相手に教えては、決闘にもなるでしょう。もっと早くに相談してくれたら穏当に話は収められたかもしれないのに。


 立ち回りが変。


「何かあれば、些細なことでも相談して欲しいと言われていて。日頃から優しくしていただいていましたので、つい」


 どこか被害者面なルーチェ様。

 別に泣いているわけではなくて、ただバツが悪そうな表情です。


「んー、まーそうなんでしょうけど」


 何でしょうねこのもやもや感。

 

 二人の殿方に代わる代わる抱かれた女性。

 そんなつもりはなかったのに。


 でも、あなた自分からフラグ立ててません?

 わざとイベントのスイッチ踏んでません?


 クリア予定なかったのにストーリー進み過ぎたちゃった。じゃあ折角だし、もう一人も進めて一応両方のシーン見ておくか、みたいな。

 

 いえ、さすがにゲームを基準に考えすぎですわね。

 少し頭を切り替えます。

 彼女は被害者、のはず。被害者とは?

 よほど嫌なことでもされたのかと聞くと、それも否定します。


「お二人とも優しかったです。でも、何だか嫌で」


「拒否されても良かったのでは?」


 愛しのルーチェの言葉なら、無理強いはしなかったのでは。彼らの人となりから推測して言います。

 

「断ると王子様達との関係が切れてしまうと思って」


 損得勘定が働いてつい、と言うのもありがちですね。立場や身分ってどうしても判断を乱してしまいます。それ自体は悪いとまでは言えない。


「でも、戸惑っていたにせよ、黙って受け入れていたら合意の上と言うことになりません?」


「そうかもしれません、でも。そんな婚前にだなんてはしたないこと」


 彼女は頭を抱えます。

 わからなくはない、本人の細やかな感情の機微。ただどうしても、拭えない違和感がある。


 あなたはそれを求めて彼らに近づいていたのでは?


「私はただ殿下達と仲良くしたくて。婚前に夜を共にするなどは考えたこともありません」


「それをちゃんと伝えていました?」


 ルーチェ様は首を左右にぶんぶん振ります。


「でも、ハッキリ言わないと相手もわかりませんわよ? 変に取り繕ったら、向こうだって嫌がってはいないだろうと思うでしょうし」


 何をどうしようが相手を傷つけた側が悪いのは間違いない。しかし客観的にはどういう形になるのか、は大事。

 だからこそ、ある程度考えて動かないといけない。


「それはわかります。殿方がお求めになるということは良く理解しているつもりです。でもぉおお」


 抗議するように言われます。

 でも、だから何?

 理解しているんでしょ?

 知識はあったのでは?

 婚約者の居る殿方に接近して愛を求めたんですよね?

 

 冷たいようですが、わたくしと彼女は一応恋敵。

 多少批判的に考えても罰は当たりませんよね。


「王子様とお姫様が結ばれるって、そういうのじゃないですよね? 夜を共にするにしても結婚した後が普通で」


 こちらの身体に触れて、軽く揺さぶってきます。

 本物の侯爵令嬢にこんなことしたらとんだ不敬になりましてよ。


「何をもって普通かは知りませんけど、相手によるのでは?」


「それもわかりますけどもおおおおお」


 わかるならわかれよ、ですわね。

 何をさっきから子どもみたいな。問題の場面の彼女を実際に見てみないと何とも言えないですが、どうもしっくり来ない。


 相談したら押し倒された、ということなら一大事。普通の知人ならもう少し親身になり同情もすべきでしょう。

 

 でも、この子リーネア目線では、略奪者ですよね?

 わたくしって、そもそも彼女を憐れむ立場ですか?

 

 彼女は婚約者の居る王子に接近しまくっていた女子です。何だかんだで要領良く王子を手玉に取っている。あざとくも狡猾な女のはず。なのに今は、見た目は大人なのに中身は子ども。

 

 いや、なんかそれ違わない?

 微妙につじつまが合わない。

 ここ数か月、直接やり取りしているから思います。


「あなたって日頃から何考えてるのか地味にわかりづらいんです。愛想はいいし、話してると結構楽しい。その割に二股とかするし、わたくしの正体についても気付いても呑気に流してる。狡猾なのかマイペースなだけか意味不明。だから詳しく窺うと『え、そんなこと考えてたの?』って違和感がある」


 以前の印象は夢見がちながらも、案外そつなく振舞う感じのそれなりに賢く可愛らしい方。でも今は、妙に幼く子どもっぽい子。うっかり同時攻略プレイで修羅場イベントを起こした天然ドジっ子。一気に見え方が変わってきますわね。


「別に私は何も変なことは考えていませんよ。気の強い姉妹が多くて、幼い頃から静かにやり過ごすのとかは得意だと思いますけど」


 にっこり笑ってやり過ごすみたいな?

 でもそれって危ういですよ。

 

「逆に言えば自己主張はやや弱く、他人に任せがちですか?」


「だって、相手の言うことを肯定して、頷いていればおおむね問題ないことが多いじゃないですか。穏やかに微笑んで居れば、大抵悪い風には受け取られませんし」


「それはそうでしょうけど、相手に主導権渡してることになりません? はいどうぞ、って。だから流されてしまった、と」


 怖かった、抵抗したら何をされるかわからなくて、などと恐怖由来のポーカーフェイスやフリーズなども当然あるはず。でもなぁ。何だか頭が痛くなってきました。この手の話題ってあまり関わりたくないですよね。下手にデリケートな事柄に触れると言うと誰に文句言われるかわかったもんじゃありません。


 繊細な事柄については触れないのが吉。

 何事も近づきすぎれば、危うい。

 危機管理大事。自分に好意を抱く殿方と二人きりにならないとかね。


「私は学がないので、賢い方や尊い御方ならお任せしても平気かなって」

 

 謙虚過ぎて裏目に出たタイプ。でも、それだと向こうにもの内心は伝わらない。だから決闘なんぞはじめられてあたふたする羽目になると言う。


 せめてそういう行為にはまだ抵抗があるとか事前に線引きしてたらいいのに。


「変に身持ちが固いと言われても困るかと思い、何も言いませんでした。恥ずかしいですし」


 彼女からすれば良い相手を探すのが目的。理屈はわかる。でも今の流れだとやってることは完全に二股掛け持ちコース、修羅場決闘添えでお送りしちゃってます。


「だからって後になって後悔しても遅いでしょ。主張すべきことは主張する。あなた、わたくしにはそれなりに言いたいこと言っておられますし」


「リーネア様は、話しやすい御方なので」


「じゃあ話しにくい殿方とお近づきになるのやめては?」


「でも、素敵な王子様を前にしたら誰でも心が動きません?」


 ああ言えばこう言う。自分が寝取った相手の婚約者に言うべきことではないことをさっきからよくもまぁべらべらと。

 

 自分を誤魔化さないと接することのできない相手じゃなくて、もっと本音言える相手にすればいい。こういう子って地味に理想も高いんでしょうね。夢見がちだから。


「私はどうしたらいいんでしょう」


 この期に及んで重要な選択を他人に丸投げする。


「どちらか選べば?」


「選べません」


 妙に力強く言う。


「こら」


「だってぇ。お断りしたら可哀想じゃないですか」


 言うに事欠いてなんですか。わたくしがもっと精神的に若い頃だったらビンタの一つでも食らわせていますわ。ここまで自分のことばかり。双子殿下にコケにされた侯爵令嬢(私)を一切気に掛けていない。リーネア様はリーネア様だし、とでも言わんばかり。

 

 しかし、もはや怒るのもバカバカしいですわ。

 

 つまりこういうことでしょう。

 周りからどう見えようが、本人は至って真面目。恋愛を楽しみたいだけで大人の関係はあんまり、みたいな。だから時に他人の細やかな感情を無視して自分の理屈を通そうとする。悪気なさそうなのが厄介。

 

「世の中本当にお断りのしようがなくて泣く泣くって方も多いですわよね。生存の危機だったり、外堀埋められて選択肢が事実上限られてるとかね?」


「そうですね。私はそうでもなかったですが」


 そうでもないんかい。

 皮肉を意に介さない女子です。

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■リーネアさんの過去のお話に当たります。死亡ループ系の血なまぐさいお話なのでご注意ください。■
残酷な婚約破棄劇と終わりの鐘を鳴らすまで~死に戻りの悪役令嬢ですが、いきなり撃つのは反則でしてよ?~

世界観を共有したお話で、作中に出て来る「神様らしきもの」について触れているお話です。意味不明な人間の心理を読み解く分析ものみたいなお話です。

モラハラ幼馴染の『気遣い』がヤバ過ぎて、妖艶なお猫様に「それ要る?」と真顔で諭された件
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