第四話 子犬のように縋る眼で見られましても
「俺は本の虫のような弟とは違う! どのような恐ろしい敵が立ちはだかろうと、この剣に掛けてお前を守ってみせよう。きっと君を幸せにする。共に世界を旅し、理想の新天地を目指そう」
「僕は学力も知識もあり、多方面で商売に手を広げている。国王にならなくても君を幸せにしてみせる! 後先考えず経済力のない脳筋とは違うんだよ」
ぴきっと空気が凍りつきます。お互いに鋭い眼差しをぶつけ会うご兄弟。
「ウィルフリッド。俺の金魚の糞のようについて回るばかりだったお前が一端の口を叩くようになったではないか。ルーチェは俺の女だ。割って入るのはやめてもらおう」
「は? 兄上こそ、勉学にも励まず力自慢の武芸者気取り。雄犬のごとく盛って怯えるルーチェを強引に自分の所有物のように扱っているだけではないですか。ふざけるな、と言わせてもらいます。彼女と真の愛で深く繋がっているのは僕の方です」
険悪な空気でやがて口喧嘩をはじめます。それでも殴り合いにならないところは育ちの良さを感じますが、グチグチと過去のあれがどうしたのこうしたの、子どもの頃の話を持ち出したり聞くに堪えない口論へと加速。
お互いに何がしか許せないことがあるらしく「兄上はルーチェにふさわしくない!」「お前こそ横入りして何を言っている!」だのギャーギャーとわめきたて始めます。
おいおい誰か止めろよーという様子ですが、身分最高レベル相手じゃ迂闊に止められない。衛兵や王子の取り巻き達も止めていいものやらと困惑顔。ちらちらこちらを見られますが首を振ります。彼らの視界にすら入っていないわたくしには到底無理。
ルーチェ様は途方に暮れているご様子。
あなたの始めた乙女ゲーでしょ?
もういっそ、悪役令嬢させて。ちゃんとこっちを陥れて、断罪しようとして?
こちらを害するつもりで向かって来るならそれなりにバトる準備もありますのに。実は今のわたくしは全身武器で固めており、歩く武器庫のようなもの。マジックアイテムだの伝説の武器だのが重い。各地を巡り回収したそれらが空しいですわ。
「もはや我慢ならん。覚悟しろ横入り愚弟が」
「そちらの方こそ。僕の本気の怒りを知れ」
互いに剣を抜き、殿下同士のバトルはじまった。ここまでくると他人の顔して観客するしかない。自分とは関係ない、もう関係ない。はい、切り替えた。年を取ると心のスイッチ切るのも長けてきますわね。
喉乾いたから炭酸ジュースとか飲みたいです。飲み物を探すと、侍従の少年が近づいていき「どうぞ」と飲み物を渡してくれます。お礼を言って口を付けるとちょうどいま飲みたかったしゅわしゅわ泡立つ炭酸系飲料でした。あら、美味しい。でもなんで、乙女ゲーの世界にこんなものあるの?
「お、お二人とも。おやめになってください。今はその、リーネア様がどちらを次期国王に選ぶかの大事な場で」
さすがに何か言わないとまずいと判断したのかルーチェ様が口を開きます。場を乱す一番の元凶が言ってもなぁ。
「リーネアも国王の座もどうでもいい! 永久凍土のような冷酷な女はこちらから願い下げだ! 幼い頃に犬の真似をしろと言われ首輪をつけられ靴を舐めさせられ! 生涯こいつの奴隷になる人生など拷問も良いところだ!」
フェルナンド殿下がこちらに人差し指を向け、秘められた過去的なことを暴露。まぁ、リーネアちゃん、そんなことしてたの? 記憶を探るとそれらしい思い出が浮かびます。やだ怖い。言い逃れできない。
「リーネアは己の立場を利用し、気に入らぬものを次から次へと闇に葬っています。国王になったとて、彼女の気持ち一つで命すら奪われるかもしれない。かつて目の前で僕の可愛がっていた子犬を鞭打った、あのおぞましい光景! 話すだけでも怖気が走る!」
ウィルフリッド殿下もブチ切れ気味にリーネアに怒りをぶつけます。前世のわたくしには無関係ですが、動物虐待はいただけません。一気に許されない枠に入った、これ下手に彼らと仲良くしようとしなくて大正解ですわね。自分でもそんな女と関わりたくないです。
これ、わたくし本当にただの悪役ポジションですわね。こういうのって実際には哀しい過去があったんですよ、とかないのかしら。記憶を探りますが、これといってない。むしろ悪いことしたような後ろ暗さが湧いて来る。
まさに悪人の魂のごとく。転生ガチャ失敗だったかしら。でもそういえば前世でも、いやこれは今はどうでもいいか。
「そ、それでも尊い御方であることには変わりありません。ご、ご自分の身分を隠して庶民とお話されるようなお茶目なところも、ありますし」
何故かルーチェ様に擁護されてますわ。やはりわたくしの正体については既に知っていた。自邸に招きましたし、何かしら確認すればすぐにわかること。ちなみに、つい数日前もお茶を飲んで雑談をしていました。
言いたいことがあるけど、話せない。
そんな顔でしたね。
「で、あの。婚約発表、に戻り、ませんか?」
気弱そうに軌道修正を試みるルーチェ様。
いやもう無理でしょ。
「お前との婚約を発表させてほしい。どうか俺と共に生きてくれ!」
「永遠の愛をあなたと誓いたい。この指輪をどうか受け取ってほしい」
王子様達も彼女の微妙な態度にもめげず必死に求愛し続けます。でも、答えないルーチェ様。ううん、とえっと、みたいな調子。
その内、王子様達は彼女が怖がっているのはお前のせいだと互いを罵り合いはじめます。兄王子の方が武闘派のようですが、弟の方も動ける方らしく、剣の扱いも様になっている。兄も応戦しはじめます。
二人の男子はルーチェが愛しているのは自分だと叫び、特に弟のウィルフリッド様が「この野獣が!」と何やら鬼気迫る勢いで兄に向かっていき、気合いで渡り合っています。文系キャラでもヒョロくない辺りは乙女ゲーですね。
このままでは埒が明かなさそうですわ。互いに本気の殺し合いに発展すれば、最悪同士討ち。その場合どうなるんだろう。
ルーチェ様の方を見ると、泣きそうな顔でこちらを見つめ返されます。いや、わたくしにどうしろと?
もうぐだぐだの極み。
彼女は王子様達が離れた隙を狙って、走り出します。逃げるのかと思いましたら、わたくしの方に急接近。タックルするようにぶつかってきます。幸い転ぶほどではありませんが、なんですの。
一瞬遅れて、ハッとしました。やだこれナイフか何かで刺されてないかと不安になります。完全に不意を突かれた。でも、衝突の衝撃しかない。防御用の魔法などは働いていないので、攻撃はされていない?
ハグされているような状態。彼女はわたくしの顔を見ると、瞳を潤ませてこちらを見上げてきます。まるで子犬が縋るような目でした。
「助けてください、リーネア様ぁ」
何故だか彼女はわたくしに救いを求めてきました。
は?
いや、どういう顔すればいいのこれ。
王子様達もこちらを見て、手を止めています。
一同、軽く呆然。
「あの、一旦落ち着きませんこと?」
わたくしは挙手して、仕方なく場を収めることにしました。
予定が変わりまして、本日の夜に投稿し終える予定です。よろしくお願いします。