第三話 悪役令嬢は蚊帳の外
刻一刻と時間は過ぎていく。
学園には敢えて行かないことにしました。幸いにも王妃教育は済んでいるとのことで、自由がある。さすがにどうするかは決めておかないといけません。
しばらくして王太子殿下それぞれともお会いしましたが、実に容姿端麗な殿方達でした。婚約者に対して無礼な態度を取るでもなく、ただ気のない様子。
明らかにわたくしと結婚する気なさそう。でも、別に咎める気持ちもありません。だって、メタ的に言えば年下の男の子ですからね。
ここに来て確信めいたものを抱きますが、わたくし前世はボケたおばあさんだったのかもしれません。それならこの記憶の不完全さも頷けます。怒りが収束しやすい不思議な達観。なるほど、老衰転生ならこんな風になるのかと勝手に一人で納得します。
恋愛に深い興味がわかない。
婚約破棄で勝とうが負けようがどうでもいい。気分次第では告白されたら承諾するかもしれないけど、初夜のベットを空にして窓から裸足で逃走してもいいくらい。
流れに身を委ねて、自身のアリバイだけはしっかり作っておく。これでどうなるかは神のみぞ知る、でしょう。また、念のためこの世界についても調べておきます。
すると、様々なダンジョンや伝説の武器などの情報が入ってきます。加えてステータスやスキルと言う概念も確認。あぁ、そういう。時間のある時に各地に「遠征」をしてみました。念には念を。
ルーチェとのお茶会も定期的に行い、彼女の動きも逐一確かめます。点で星を描いた技法の絵や、わたくしの似顔絵などを描いてきてくれました。なかなかお上手。褒めると「えへへ、リーネア様が素敵だからですよ」等とおっしゃいます。
毒気が抜かれますわね。
繰り返し顔を合わせると、ただ幼げなだけにも見えます。でもそれにしてはやっぱり世渡りも変に上手にも思えて、読めない。読み切れない。裏がなさそうなのがかえって怪しく見えるって言いません?
だってこの子、婚約者の居る男子と悪びれずに二股してるんですよ? けろっとした顔で。あるいはわたくしが当の侯爵令嬢だって気づいている可能性も高い。
だって隠してないですし。少しでも裏取りすればわたくしがリーネアだってわかるように振舞っている。
だからこそ、わからない。
この子、何考えてるんだろ。
一切表情を変えず、ニコニコしたまま急にナイフで突き刺してきそうな、謎めいた部分があります。
可愛いだけの子とか、まぁ居ませんよね。だって、それだと厳しい世の中を渡り歩くのは困難ですし。多少黒い部分があるのがむしろ普通。あるいは己の幼さをうまく引き出し活用しているのか。
「リーネア様はどこか姉のように感じて、お話していると何だか落ち着きます」
「まぁ、実際年齢は上ですからね」
「大人びていて知的でお美しくて、憧れます。私もリーネア様のようになりたいです」
あまりにキラキラした眼差し。
とりあえず話していて悪い気はしない。
上手く乗せられているなぁ、と思います。
自分の武器を強く心得ている。柔よく剛を制すかしら。もうこの方がどういう人間なのかの分析は諦めるしかありませんわね。自分とタイプが違いすぎてわからない。
考えるだけ無駄な気がします。もう適当にはいはい、そうですわね、と流してゆるゆる付き合う方が気楽。
まぁ、だからこそ手は抜きませんけれどね。この世界のことなどを調べて回り、運命の日までに準備を整え、さぁ出陣です。ルーチェ様はどう出るのでしょう?
「侯爵令嬢リーネア・カンパネルラ。あなたとの婚約を破棄させてほしい。俺は真実の愛を知ってしまった」
「すまない。僕も兄と同じ気持ちだ。リーネア。君を愛することはできない」
第一王子フェルナンド様と第二王子ウィルフリッド様。兄弟そろって学園の卒業記念パーティでわたくしに同時にそんな言葉を告げました。あらあら。揃いも揃って。
「ルーチェに最近何者かの嫌がらせがあった。階段から突き落とされ、とても怯えていた」
当のルーチェ様は俯いており、わたくしは首をかしげます。その件なら数日前に本人から聞きましたが、うっかり考え事をして足を滑らせたとのことでした。幸い軽い打ち身で済んだとのこと。
こちらを油断させるため? にしては、おかしい。王子に何か吹き込んだなら、事前にわたくしに「怪我をした経緯」の説明は不要なはず。とりあえず様子を見ます。
わたくしの罪を信じて疑わない兄王子に対して、弟王子は幾分冷静に言います。
「あなたの罪の証明は出来ません。でも、氷のように冷たく、何を考えているかわからない者とこれから先の人生を歩んでいくことは考えられない。たとえ王としての道は閉ざされても」
以前のリーネアは冷血な氷の侯爵令嬢。わたくしも、既に定着した人物像を強いて変えようとはしなかった。彼らの言い分は少しムカつきはしますが、大人として流すことにします。
「わたくしは何もしておりませんわ。ただ、それよりも、お二人はならば誰をお選びになるのでしょう?」
わたくしは扇で口元を隠しつつ、芝居がかった仕草で言います。彼らは場違いな風に一人佇むルーチェ様に向かいます。彼女に近づき、兄弟揃って跪きました。
「愛している。俺のルーチェ。お前は夜空に煌めく月より輝かしい」
「愛しています。僕のルーチェ。あなたは真昼の太陽よりもまぶしい」
ある意味予想通りの結果です。こちらは好感度ゼロのまま完全放置した嫌われ令嬢。好かれる努力すらしておらず完全に流れに身を任せていました。対して数か月にわたり彼らに愛嬌を振りまき好感度を稼ぎまくっておられたルーチェ様。
対戦結果は火を見るよりも明らか。双子殿下の同時攻略ルート無事成功。わたくしには到底無理。おめでとうと拍手してもよろしくてよ。で、そんな勝者の彼女の顔色はと言うと、すっかり血の気が引いています。何故?
「えっと、ええ、っと」
盛大にうろたえています。戸惑って二人の王子の差し出す手のどちらを取っていいか悩んでいるご様子。まるで悪い冗談を前にしているような顔をしています。
固まっているルーチェ様を前に双子王子様はそれぞれ愛を囁き始めます。
「お前と出会うまで、国王になることだけを目標に生きて来た。俺の人生のなんと無味乾燥だったことか。世界が彩りを帯び、初めて生まれた意味が分かった、そのような気分だ」
「君が笑いかけてくれるだけで、一緒に話をするだけで心が浮き立ち踊るようでした。王冠などいりません、君と手を取り合ってただ幸せに過ごすことだけが望みです」
夜空と綺羅星と例えられた王子様は各々夢見るような少年の眼差しでルーチェ様を讃えます。あなたが好き、君が素敵。生まれてくれてありがとう、出会ってくれてありがとう。
次々甘い言葉の贈り物を捧げていきますが、当のルーチェ様の顔色がどんどん悪くなっていきます。
「えええ、とおおお」
答えられない。答えたくない。答えたら負け。これ私が答えなくちゃいけない奴ですかねぇえええ、と言わんばかりの様子で両手で頭を抱えています。なんで?
「可愛いルーチェ、お前はこの世の誰よりも綺麗だ。この漆黒の髪と瞳をまるで夜空のようだと言ってくれたお前こそ、俺を照らしてくれる太陽。俺の向日葵。どうか俺の手を取って欲しい」
「麗しのルーチェ、僕を選んで欲しい。百億の薔薇よりも美しく、この世に二つとない天に咲く誇る白雪の花。綺羅星のようだ、と言ってくれた君が何よりも僕の心を煌めかす一番星だよ」
口々に褒めそやす王子連中に対して、恋に恋する男爵令嬢の様子がおかしい。そーですねぇ、そうですかぁ、と言わんばかりに目を逸らしており「やっちまった」みたいな顔をしています。
わたくしがそう感じるだけなので彼女の本心はよくわかりませんが、明らかに様子がおかしい。せっかくの婚約破棄イベントだし、こちらを挑発するなりしてきては? 蚊帳の外過ぎてこの場に居合わせるのが肩身狭いです。
存在感が薄い。
わたくしに罪とか擦り付けてくれたらしっかりアリバイ証明して論破するシナリオまで書いて昨夜予行練習までしましたのに。様々な流れを検討し、侍従の少年とああでもないこうでもないこのパターンならどうします? など色々考えましたのに。
反応の芳しくないルーチェ様に対し、徐々にヒートアップしていく王子様達。観客は何事かという風にざわざわしつつも、こちらの様子をただ伺っています。