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第二話 どっちが好きなの?

「それは、お二人とも大変素敵で」


 頬を赤らめ、彼女は語り始めます。兄のフェルナンド様は立派な体躯のまさに偉丈夫。身体を動かされるのがお好きで、乗馬や剣技の冴えわたる御姿に見惚れてしまう。弟のウィルフリッド様は知的で教養も深く、多方面の学術に通じたとても賢い御方で、真面目な横顔がとても凛々しい。

 

 黒髪の騎士王子と金髪の文系王子、ね。


 どうでもいいですが昔の少女漫画って、黒髪のワイルド系(一人称俺)男子と優しい金髪王子様タイプ(一人称僕)が同時に出てくるとワイルド系がなんか勝ちやすかった気がします。

 

 キャーキャー言って憧れるのは後者だけど、付き合うのは前者だよね、みたいな。いや、これはただわたくしの読んでた漫画の傾向か。時代や作家さんでそんなもの全然変わりますわ。逆パターンも全然あるはず。

 

 何をどうしても偏りやすい自分の知識。いわゆる個人的経験則に基づく思考停止ですわね。思い込みや偏見で何かを分析するのは危険。目の前の相手に集中します。


 ルーチェ様曰く、どちらも素敵で、同じくらいに惹かれてしまう。自分のような身分の人間では釣り合わないだろうが、淡い期待を持ってしまうとのこと。

 

 一人は侯爵令嬢と結ばれ国王となる。一方は臣下となるが、恋愛においてはある程度の自由を得る。


「もしも彼らから同時に告白されたら、どちらを選びます?」


「わかりません。もし仮にそんな日が来たら、どうすればいいでしょうね。ふわふわとした夢のようなお話です。まるで物語のよう」


 現実味のない話をするかのように、はにかむような笑みでお答えになります。この子ちゃんと考えているんでしょうかね。

 

 わたくしはふと考え、ケーキスタンドの上に手を伸ばします。チョコレートとナッツのケーキと、鮮やかなフルーツのクリームケーキ。それを取り分け、ルーチェ様の前に置きます。


「よろしければ、どうぞ」


「ありがとうございます。可愛くて美味しそうです」


 きらきらした瞳には、悪意の欠片も浮かんでいません。まるで小さな子どもですね。


「お選びになるなら、どちらになさいます?」


「えっ?」


 少し遅れて、何かを察したように目を伏せる彼女。


「選ばないといけませんか?」


「ケーキはどちらもどうぞ。ただ、王太子殿下に限っては二個取りは出来ませんわね」


 どちらも素敵で選べない、という心情。わからなくはない。ただ、これは人生における重大な選択。消去法でも暫定的でも優先順位を付けなくてはいけない。


「そうですね。私も別に、王子様を侯爵令嬢様から略奪したいとかではないのです」


 ケーキに目を落としたまま、踏み込んだ発言をなさいます。


「でも傍から見れば今のルーチェ様は難しい状況ですわ。友人から聞いた話ですが、彼らから随分と好意を寄せられているのではなくて?」


 これも侍従の少年が調べてくれた情報です。王太子殿下はご兄弟共にかなりルーチェ様に入れ込んでいる様子とのこと。それぞれが逢瀬を重ね、ご兄弟が競い合うように彼女の愛を求めているご様子とのこと。


「もしそうなら、光栄なことです。私も、幸せになりたいという気持ちはあります」


 学園でも既に噂の的になっている。婚約者がある身で随分なことですが、彼らのどちらかが辞退すれば自動的にもう片方が次期国王となる。最初から王位継承を放棄するつもりであるのなら、最終的には許しを得る。側近は諫めているようですが、聞く耳持たないそうです。


 どう転ぶか、見ている分には楽しそうな図ですわね。当事者のわたくしは完全な傍観者とも行かないのが難点です。目の前のピンク髪の男爵令嬢(ヒロイン)の振る舞い次第で、こちらの結末も変わる。

 

 いっそ自分が侯爵令嬢だと暴露してはどうかと悩みます。ただ、目の前のあどけない少女とバチバチやる気もありません。大人げない、という感情が強い。


「わたくしは構いませんが、何事も決めることは決めておかないと、後から厄介なことになりましてよ」


 老婆心ながら、忠告めいたことを口にします。前世の正確な年齢はボケていますが、少なくとも彼女よりは年上、だったはず。自然と説教じみた口調にもなります。

 

 ルーチェ様はただ困ったように微笑みます。


「選ばれるのは王子様と、侯爵令嬢様の方ではないでしょうか。私が選ぶなんて、恐れ多いです」


 でも下手に両方に好かれた場合、何をどうしても軋轢生じるのは必至。それもわかった上で、美味しい方を頂くつもりかしら?


「あなたのその『謙虚で控えめ』な態度が王子様達の心を掴んだのでしょうね。でもその奥にある、密やかな欲望は見て取れますわ」


 リーネアは容姿端麗。ルーチェ様とは系統が違う美少女です。気品があり、どこか危なげで妖しい魅力の讃えた侯爵令嬢。鏡で見れば我ながらぞくりとくる、妖艶で怜悧な微笑みを彼女に向けます。

 

 ルーチェ様は気圧されたように、目を逸らします。


「幼い頃から、お姫様の物語が好きでした」


 彼女は呟くように言います。


「平民の少女が王子様に見初められ、幸せな人生を送る、そんなお話が大好きでした。姉妹で競い合うように自分を磨いて努力もして。自分達もいつかは物語のお姫様みたいになるんだって、そんな夢を思い描いていました」


「なんとも甘やかな夢ですわね」


 口どけ良く柔らかで、あっという間に蕩けてしまいそう。ファンタジーな乙女ゲームの世界。現実よりもなお都合良く出来ており、思わぬ幸運や心を揺らすイベントが次々転がり込んでくる環境。

 

 わたくしにとってこの世界はまさに物語ですが、それはヒロインたる彼女にとっては、より強く非現実感をもたらすのかもしれない。

 

「だから男爵家の養女になれて、この学校で殿下達と出会えて。夢みたいだなぁ、と思います。憧れの王子様がお二人もいらっしゃるなんて」


 彼女の立場になれば、浮かれてしまうのも無理はない。


「王妃様にはきっとなれないし、愛人を目指すつもりもないのです。ただ、愛される期待と喜びだけがあると言いますか」


「どちらか片方となら、結ばれる可能性もある。双方に好かれておいても損はない。結果が、今の在りようですか」


「お恥ずかしいですが、はい。でもそれは、罪でしょうか?」


 どこかまっすぐとした目、これが本音かしら?

 

 素直で実に結構。変に隠すよりかは好感が持てます。わたくしは紅茶を飲みながら、どうすべきなのかと考えます。侯爵令嬢ぶってはいますが、人格的な主体は前世の日本人。

 

 この世界はあくまでも「よそ様」の世界で、記憶を取り戻した瞬間にスタートしている。過去のリーネアとは別人と言えます。

 

 目の前の少女に、本気で腹は立ちません。気に障る部分もなくはないですが、無視できる程度。だってわたくし、王太子殿下とも直接お会いしていませんからね。リーネアの記憶として覚えているだけ。

 

 ルーチェ自身はおっとりした感じの夢見がちな少女。控え目に見せつつも、それなりに欲もある。これくらいならいいでしょ、という不遜さも見えなくはない。けれど、強いて責めるほどのことはない。お説教する熱意もありません。恋愛ゲームの主人公としては、まだ大人しい方でしょう。

 

「わたくしからこれ以上、何か言うこともないのですけれど、何事も最悪は想定しておくべきかと思いますわよ」


「はい。私もわかってはいるのです」


 助言すると素直に頷きます。彼女はぼんやりとお皿の上のケーキを見つめていました。


「ただ、今が楽しくて。もう少し夢の中に浸っていたい。そんな気分です」


 ぽつりと漏らした言葉が印象に残りました。

 楽しい夢の中、か。

 どうしてか心に引っかかるような言葉です。


「そう言えば、リーネア様は?」


 ルーチェ様に逆に問われました。


「え?」


「王太子殿下のどちらがお好きなのかなぁ、と」


 あら、今度は彼女からの探りでしょうか。子どもっぽくも見えるようで、やはり如才が無い。計算と天然の半々くらいでしょうか。それもまたより厄介。


「別にどちらも好みではありませんね」


 リーネアの記憶を探る限り、ガッシリ系の俺様な騎士王子にきらきら系の文系王子様。見目麗しい素敵な殿方たちですが、特に心は浮き立ちません。


「それではどのような殿方が?」


「いきなり頭を撃ち抜いて来られるような御方が、好ましいですわね」


 謎の理想像がふっと出てきます。

 前世の記憶でしょうか。


「劇的な恋がお好きなんですね。それも素敵です」


 どこまでも話を上手く合わせてくれるルーチェ様。

 最後はふわふわしたお喋りで終わりました。

 

 緊張は長く続かない。

 どこかでだらけもするし、忘れもする。

 嫌な事からは遠ざかり、楽しいことだけを求める。

 それも人のサガですわね。

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■リーネアさんの過去のお話に当たります。死亡ループ系の血なまぐさいお話なのでご注意ください。■
残酷な婚約破棄劇と終わりの鐘を鳴らすまで~死に戻りの悪役令嬢ですが、いきなり撃つのは反則でしてよ?~

世界観を共有したお話で、作中に出て来る「神様らしきもの」について触れているお話です。意味不明な人間の心理を読み解く分析ものみたいなお話です。

モラハラ幼馴染の『気遣い』がヤバ過ぎて、妖艶なお猫様に「それ要る?」と真顔で諭された件
~理不尽系ヒロインと抵抗できない男子の心理分析~


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