表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

最終話 もしも、わたくしなら

「良いか悪いかより身の危険を避けるか避けないか、ではないでしょうか。要はリスク回避ですよ。あの殿下達も随分と抜けた性格でしたしね」


 例の王子達の人柄はそこまで深く存じてはいませんが、目の前のことばかりで視野が広いとは言えませんでした。単純と言うか、彼らもまた妙な幼さがあった。見方によれば「そのような人物に育てられた」とも言える。物語の登場人物ってどこかバランスの悪い人となりをしていますからね。


「私も夢見がちな物語に憧れるような、そんな育て方をされていたように思います」


 実は気になって彼女の故郷についても探らせたところ、何故か彼女が育ったはずの孤児院の所在は不明。ゲームの設定にしても、ホラーじみた話です。

 

 物語の全体像が不明な以上、憶測の域は出ない。仮にストーリーをざっくり想定するとしたら、甘い考えを持つ主人公と攻略対象が婚約破棄を経て追放され、世界を巡り仲間を集めてラスボスである国王陛下を打破する、みたいな?

 

 その場合、選ばれなかった殿下の方が敵に回ったりしそう。多くの選択の結果、運命が変わる、ような。選べるとしたらやはり主人公なのでしょう。だからこそ、誰も選ばなかった結果、どちらも死んだ。でもそれをとやかく言うことも出来ません。何故ならそれは彼らの間のことですから。

 外野がとやかく言ってもね。

 

 よくあるじゃないですか。

 賢く立ち回った者が愚かな者に対して「自分の選んだ結果をその目で焼きつけろ」とか「本当に愚かな人」とか見下したりね。ああいうのって昔はどうだったか忘れましたけど、今はゲロ吐きそうな位に嫌いです。

 

 何様って思うし、取り澄ました奴とか脳天撃ち抜きたくなります。凄く逆張りしたい。偉そうに振舞うのはわたくしだけでいいんですよ。リーネアの記憶や人格が混ざったのか、そうそうわたくしはこうだった、という謎の理解が湧きます。

 

 基本的に、捻くれ者。だからこそルーチェが生き残ったとも言えます。この娘が半端に賢い子だったらどうなっていたでしょうね。その場合わたくしとの都合が合わずに全く別の絵面になっていた可能性もあります。例えば殿下が二人だったことも彼女にとっては幸いした。

 

 殿下が一人だけならもう少し考えて、関係の改善などを図ったかもしれない。ですが、二人居たことで面倒になってルーチェ一人と接することにしたわけです。

 

 わたくしの捻くれた性格、二人の王太子殿下、ルーチェのふわふわ具合。それらが絡み合った結果、このようなよくわからない終わりに導かれた。

 

 ではルーチェはただ運の良い子だったのか、と言えばどうでしょうね。ルーチェという娘を振り返り、評価してみましょう。彼女の存在は圧政を敷いていた国王を打破し、結果として国勢にも大きな影響を与えます。加えて王族の血を次代に受け継ぐ役目も果たし、彼女自身も庇護される資格を得た。

 

 傾国のなんちゃらとも言えるし、平和の導き手とも言える。

 そして、何となく誰かに庇ってもらえる、不思議な立ち位置。

 

 助命に際しても、誰も彼もが「一人選ぶならまぁルーチェ」となりました。そういう妥当性のある存在。日頃から愛嬌を振りまき、ある程度以上周囲のの好感度を稼いでいた彼女。殿下相手の恋愛ゲームにおいては完全に失敗の極みでしたが、その後の生存戦略において彼女の振る舞いは、まさに完璧と言えた。

 

 弱きに徹し、何も選ばない。

 

 言うなれば圧倒的弱者を最後まで貫き通した。これはこれで並大抵のことではない。だって普通ならばどこかで自己保身に動くはず。死にたくないから私だけでも助けてください、とかね。

 

 言いそうで言わなかった。

 

 つまりは完全放棄と言う選択肢。

 誰も選ばないと言うと、印象は悪いですけどね。

 助命嘆願の一切をしなかったことで、彼女は「子どもである」という印象を強めた。

 

 ルーチェが悪辣で不快な「女」ならわたくしも知らない、となった。でも目の前の彼女はあの時はどこまでも「子ども」でした。少なくともわたくしの中でそのような認識が強まった。

 

 結果として彼女はリーネアという「庇護者」を得た。全部計算づくでやっていたら天晴です。でも、多分そうではない。少なくともわたくしを油断させたのは、何よりも彼女の「何も考えてなさそう」な態度でした。世渡り上手なところはあるけれど、本質的には幼くて深くは考えていない。


 だから適度に見下し、そこそこに油断し、仕方ないなと手を差し伸べた。

 本人にとって、それが喜ばしいことかどうかは別として、ね。

 

 彼女はぽつぽつと当時の心境を語ります。

 

「憧れていた王子様の印象はフェルナンド様の方が強かったのですが、大人の殿方というか、父親や兄に近い憧れだったかもしれません」


「確かに男っぽい方でしたわね」


 わたくしが看取った方の兄。武に長けていて、いかにも男男した殿方。好きな人は好きだし、ちょっと暑苦しいかなと思う人も居るタイプの男性です。どこか甘えた空気のあるルーチェ様には頼りがいがあると感じられたでしょう。

 

 先にルーチェと結ばれたのが彼の方でした。流されるままに、自分の気持ちにも気づかず。


「今から思えば、本当に好きだったのはウィルフレッド様でした。だから泣いてしまったんです。馬鹿ですよね」


 文系のきらきら王子様。絵を描くのが趣味なルーチェ様は本来は家で静かに過ごすタイプ。芸術的なことを語り合い、将来についても建設的に話をしてくれたとか。だから彼と過ごす時間の方が心地良かったそうです。今更ですわね、本当。

 

 彼女は当時浮かれていた。出来れば、どちらも手放したくなかった。もうしばらく今の状態で遊びたかった。でもよく考えればこちらが好き。

 

 身も蓋もないですが、若い子なんてそんなもの。言うなれば恋と言う名の祭りに浮かれ、足を踏み外した。ちなみに彼女が生んだ息子の名前はウィル。ただし、名前の由来となった本命ではなくその兄の黒髪でした。

 

 ファンタジー世界なので遺伝子などの考察は割愛。同じ血筋の兄弟ならどちらの色でも可能性はあるでしょうが、ルーチェ様は「お兄様の方で間違いないです」と断言します。

 

 娼婦で「練習」していた兄。

 つまり、そういうことでしょうね。

 

 何とも評価の難しい話です。絶対に相手を手に入れるという強い意志を持つべきとも言えるし、相手の気持ちや身体を慮るのも大事とも言えるし。子孫を残すという観点から見れば兄の方が一枚上手。でも、愛されたのは気を遣った方。

 

 血は残せず、愛だけ勝ち得た。

 愛は得られず、血だけ残した。

 

 残されたのは真に愛していなかった方の息子。それもまた、罰めいているようで、何とも失格なお話です。罪を咎める者は居ませんが、やったことが無くなるわけではない。一生涯付き合っていくしかない業とも言えます。

 

 ルーチェ様はそんな複雑な内心を少しもおくびに出さず息子を可愛がっていますけれど。王族の子であることなんて欠片も知らない小さな子ども。とにかくこの子が将来何になるにせよ、お付き合いする人は一人だけにしておきなさい、と強く言って聞かせる、とのこと。

 

 何とも重みのある言葉です。

 

 彼女は息子と接しているときは無理をして微笑んでいますが、こうしているとまるで人形のような無表情。思うところはありまくりでしょう。王子様に憧れたあどけなき少女の夢の果て。何とも無残な、稚さの残骸。

 

 わたくしもかつては、少しだけあったかも。つい気に掛けてしまう。罪悪感のような、何か。


「もしもリーネア様が私だったら、どうしましたか?」


 あの気まずい婚約破棄の現場。そこへ至るまでの全ての連なり。あらゆる選択肢。運命だか神だかに支配された箱庭の世界。


「そうですね」


 物語の中心たる、主人公。

 そのお鉢が回ってこなくて良かった、と心底思います。だって何事も面倒じゃないですか。若い頃なら別として、今はもうね。わたくしの青春はどこかで終わった。遠い昔の鐘の音の彼方に。


「そもそもどちらも選びませんし、うるさく求められたら、返す言葉は一つだけですね」 


 特に気を遣うこともなく、ルーチェ様に素直なわたくしの本音を伝えます。繰り返しますが、わたくしは相当な捻くれ者です。善人ではなく、恐らく前世は悪人。老いの末に、少し落ち着いた。そんな人間の答えですから、それを踏まえたものになりましてよ。

 

「いいですね、それ。リーネア様らしい」


 ルーチェは何かツボったのかクスクスと笑います。

 以前の朗らかさを思い起こさせる笑顔でした。


 どちらか選べとかね。

 そんなこと言われても。

 わたしを気持ち良くしない奴らはみんな死ね。

 わかるでしょ?

お読みいただきありがとうございました。

ひねた性格のおばあちゃんが孫くらいの娘を生温く眺めるようなお話でした。


以下は内容についての補足になります。

どうしてルーチェが制裁を受けるお話ではなかったかについて。まず、悪気のない人って酷い目に遭っても自分が被害者だと思うだけなんですね。だからまぁ痛めつけても恐らくスッキリはしない。処刑などで可哀想な人にするのではなく、後の人生全部を様々な後悔などを背負う生きるのが妥当かと思い、このようなラストになりました。


また終わり一文からお察しの通り、リーネアも別に性格が良いわけではないです。善人が気の毒な人を助けたのではなく、性悪なところのある人が無邪気な若者に何となく絆されて助けてしまった、という感じです。


リーネアは神様めいたものに気に入られており、記憶を飛ばされては色んなゲームに放り込まれている人です。要するに神様はリーネアが何かするのを見たいんですね。ただ、年を取ったので彼女はどこかやる気がなく余生を送っているのです。


本作は単体で完結していますが、関連作品を読むとつながりが分かる星座みたいなシリーズになるように執筆しております。関連作品は広告下などのリンク等からどうぞ。


もしも少しでも楽しんでいただけましたら、☆☆☆☆☆のご評価・ご感想などを頂けると大変励みになります。重ねて、お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■リーネアさんの過去のお話に当たります。死亡ループ系の血なまぐさいお話なのでご注意ください。■
残酷な婚約破棄劇と終わりの鐘を鳴らすまで~死に戻りの悪役令嬢ですが、いきなり撃つのは反則でしてよ?~

世界観を共有したお話で、作中に出て来る「神様らしきもの」について触れているお話です。意味不明な人間の心理を読み解く分析ものみたいなお話です。

モラハラ幼馴染の『気遣い』がヤバ過ぎて、妖艶なお猫様に「それ要る?」と真顔で諭された件
~理不尽系ヒロインと抵抗できない男子の心理分析~


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ