⑦あたたかい光の中で思うこと
短めです。
ルクレツィアの独白のような回。
「あたたかい……」
とくん、とくん、と脈打つ音。一定のリズムで、うるさくもなく、ただ、響いている。
あたたかく、眩しすぎることもなく、微睡むにはとても良い心地の光の中。そうか、今は私、治療されているのか、と本能的に理解した。
治療が終わったとしても、穏やかであたたかいこの場所に、ずっとここに居たい。ずっと、もう何も考えずに、こうしていたい。
殺してもらえることが嬉しかったけれど、まさかあんな方法で……だなんて、思ってもみなかった。怒らせたのは私だし、何だかよく分からない存在のせいで短剣も手から離れ、傷口もなくなっていたらそりゃあ怒ると思うわ。でも、あの、体を切り裂くんじゃなくて首をね、さっくりと落としてくれたら私だってこんなに痛い思いをしなくて……あぁ、ダメね。こんな思いは私の我儘だわ。せっかく殺してくれるはずだったのに、文句を言ってはバチが当たってしまう。
さすがにあの時は死ねる、やった!って思ったけれど、王妃様はどうして私を助けに来てくれたのかしら……?
ねぇ、王妃様、ここは地獄なんです。助けてくださることなんか、しなくても、良いんです。
あなたは、どうして私を助けてくれるんですか。そんなこと、望んでなど、いないのに。
膝を抱えるように丸まって、ぎゅうっときつく目を閉じる。
もうずっと、ここにいたい。ここから、出たくない。でも、傷が治ったらきっと……出なければならない。
また、地獄に向かわねばならないの?生き地獄を味わって、そうして……殺されて、しまう、の?
ひたすら繰り返す十五歳から、死ぬまでの五年間。もう大分な年月を繰り返し続けている。
ちょっと待って……今まで、私は何にも考えたことがなかった。
どうして、私なんだろう。
どうして、十五歳から二十歳までを何回も何回も、繰り返しているのだろうか。
そもそも、繰り返している意味はどこにあるの?
落ち着いて考えられる時間なんて、考えてみれば、今までは無かった気がする。
最初に巻き戻ったとき、私は『良かった、やり直せるんだ』と素直に喜んだ。
王太子殿下との関係性が悪化してしまったのは、ひとえに私の人間関係の構築の下手さにあるんだろうと思ったから。
二度目も結局、殿下はロザリアの方ばかり大切にした。やり直したけれど、やり方が悪かったのだろうか、そう思いながら私の意識は闇へと落ちた。
二度目も駄目で、続いた三度目。
今度こそ、と息巻いて家での過ごし方を変えてみた。
家族に、私の居場所を作ってほしかったから……ロザリアにも特に優しくしてみた。下心が無かったのか、と言われれば『否』。だとしても、私は何かを変えたかったんだと、そう思う。
結果は言わずもがな、やっぱり駄目。
何がいけなかったのか、どうして死を迎えてしまうのかをひたすらに考え、色々な方法を試してみたりもしたけれど……同じだった。
どう足掻いても、最終的には私は殺されてしまう。
一度だけ、家から脱走まがいに逃げたことがあった。
そういえば、あの時はさすがに王太子妃候補からは外されたんだわ。でも罪人のような扱いをされてしまって、最終的に行き着いた結果は……『死』。
気が狂う寸前まで追い詰められたわたしが、少しでも自分の心を落ち着かせるためとしてたどり着いた結論は、これを『ゲーム』だとして割り切ること。
大丈夫よ、だって私はどうせ次があるんだから。そうやって割り切ってどうにかしようと考えていたけれど、結果的に私の心はズタボロになって、今に至っている。
「……なんで……わたしなの……?」
ぽろ、と涙が溢れ、頬を伝う。
「……せめて……あのひとたちが……家族でも、なんでもなければ……」
呟いた言葉は、あたたかな光の中へと溶けて消えていく。
今、ここで吐き出したことは、誰にも知られることはないのだろう。
だから、遠慮なんかしなくていいはずなのに。
「大声で泣くだなんて……できるわけが無いのよ……」
泣けば叱られる。
泣くのを我慢しても、叱られる。
まるでルクレツィア、という『私』が、異物であることを常に言い聞かせるかのように、あの家族たちは時には暴力で、また別の時には言葉の刺で、的確に私を殺しにやってくる。
最後は物理的なトドメを刺して、私はいつも終わりを迎える。
もしもの話をしたところで、そんなご都合主義の展開なんかあるわけもない。訪れるわけもない。
ただ、やる気も何もかもが失われていって、今の私はどうみても抜け殻のような状態でしかない。
そんな私を生かす意味なんて、どうしてあるのだろうか。
疑問ばかりが大きく膨らんでいく。
もし、……もしも、だけれど。『どうして』の理由が分かれば、私の意思に関係なく生かそうとしてくる人たちの気持ちが、少しでも理解できるのだろうか。
「……でも……今は」
呟くと、私の意識はまた微睡みの中へと沈んでいく。
心地いい、このあたたかな場所で、ゆっくりしていたい。
お願いします、少しでいい。
私に、お休みをください。
もう、誰のことだって今は、考えたくないんです。
もしも……私が目が覚めるようなことがあるとすれば、その時に考えますから。
ようやく、私は休めるんです。『家族』という私を排除することしかしない彼らから離れて、……ようやく……平和な時間を過ごせるのです。
そこまで考えて、心の中で呟いて、また、私は暗闇へと沈んでいく。
おやすみなさい、そう呟いて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルクレツィア……?」
魔力回復ポーションを飲みながら、ファリエルは必死に回復魔法を維持する。
気のせいだろうか。
ルクレツィアの声が、微かに聞こえたような気がした。
そして、何故だろう。
ルクレツィアが、泣いているような気もするのだ。
ファリエルの気のせいかもしれないけれど、可愛いルクレツィアが泣いているのであれば、どうにかして慰めてあげたい。
本当ならば、誰よりも愛されて、幸せになるはずだったあの子は、無理矢理の繰り返しをさせられていた。
気付くのが遅くなってしまってごめんなさい、と何度も何度もファリエルは光の繭の中にいるルクレツィアへと謝罪の言葉をかけ続ける。
「貴女が目覚めたら……もう、あんなまがい物の家族はいなくなるから、安心なさい。きちんと、説明もするから……だから、お願いよ……」
生きるという選択肢を、今だけはどうか、手放さないで。