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⑥『家族』モドキ

ルクレツィア不在のまま、話は進みます。

 準王族、という単語を聞いたアリソンは、顔を真っ青にしている。まさか自分の娘の立場を分かっていない母親がいるとでもいうのか、とファリエルは思うけれど、彼女の顔色を見るからに、忘れていたようだ。

 指摘されずとも、高位貴族の夫人なのであれば理解しておく必要があるというのに、一体どういうことなのか。それほどまでにルクレツィアのことが疎ましいと思っている上に、もう一人の娘のロザリアだけが大事すぎるとでもいうのだろうか。

 そして、『準王族』という単語には使用人も同様にはっとした顔をしているのだが、きちんと意味を理解していない若い使用人がいるのを、ファリエルは見逃さなかった。

 呆れたような眼差しをアリソン、そしてこの場に集まっている使用人全員に向け、ファリエルはゆっくりとした口調で告げていく。


「ルクレツィアには、王家の影がついております。王太子であるアッシュの婚約者なのですからね。王族の婚約者だからこそ、常にあの子は、一挙一動を何もかも全て、監視されている。逆に言うと、あなた達のやっていること全て筒抜けなの。これまでの行動も知らないとは言わせないけれど」

「王家の……影、って?」

「……あら」


 ぽつり、と最近入ってきたばかりのメイドは、訳が分からないという顔で、首を傾げ呟いた。

 入ってきたのがここ数日であるとしても、仕えている家の情報は早々に頭に叩き込む必要があるのでは、とも思い、ファリエルはわざとらしいほどの溜息を吐いてみせた。


「……使用人の教育をしていないのかしら……?」

「な、」

「誰がどういう人なのか、を教えるのは当たり前だけれど……まさか、お前たち、皆揃ってアッシュの婚約者変更がある()()()()()とか思っているから、ルクレツィアのことをそもそも教えていなかった、とかではないでしょうね……?」

「それはあの、殿下、が。婚約者を変更したいとの、仰せですし、それに!」


 叫ぶように言ったアリソンを、ファリエルは冷たく見据える。


「王太子の婚約者を決めるのは、その婚約の当事者などではないわ。わたくしや陛下、それに伴う大臣たちと皆で討論し、変更するならば今のルクレツィアと同じレベルの王太子妃教育を、ロザリア嬢が早々に完了できるのか、それだけではなく……本人の素養やこれまでの素行調査も含め、ありとあらゆることを見極めなければならない。とてつもなく時間がかかるというのに、一週間やそこらでほいほい変更出来るわけないでしょう?」

「え、あ」


 アリソンは理解出来ているのかいないのか。真っ青になったり、真っ赤になったり、とにかく顔色がとても忙しい。

 婚約者を決めるのは、婚約を結ぶ本人たちではない。

 双子なのにこうも扱いが違うのか、とも思うがここまで放置し、救いもしなかったファリエルも同罪だ。今責めていることは、ファリエルにも突き刺さるし、自覚している。

 いくら()()があるにせよ、愛されるべき存在にして唯一無二の彼女をここまで追い詰めさせてしまった要因の一つでもある自分。

 人のふり見て何とやらだ、とファリエルは誰にも聞かれないようにこっそりとため息を吐いた。


「ともかく。……殺人未遂が起こるような家に……いいえ、親が子殺しをやりかねないような家になぞ、ルクレツィアはこれ以上置いておけません。これより、彼女に対して危害を加えられないようにするため、彼女は王家にて保護します」

「ま、待ってください!ルクレツィアは我が家の大切な娘ですよ!」

「まぁ……先ほど攻撃魔法を的確に命中させていたというのに……?あの子を殺したいほど疎んでいるのではなくて?いらない子なのでしょう?どの口で『大切な』などと言うのかしら」

「そ、それ、それは、あの」


 アリソンは『違う』と叫びたかったが、ファリエルの気迫に押され、それもできない。


「だ、だって、ルクレツィアが、あのですね、あの子は!」


 アリソンの口から出てくるのは、ルクレツィアに散々煽られた、私は母親なのにルクレツィアが自分を拒絶するような顔をするから、ルクレツィアが自殺のフリまでして家族に構ってほしいような真似をするから、ルクレツィアが、ルクレツィアが、ルクレツィアが!というばかり。


 何もかも、ルクレツィアのせいにして自分たちは悪くないと必死に唾を飛ばしながら、早口で捲し立ててくるアリソンを、何も言わず、無感情のままにファリエルは見ていた。

 ルクレツィアを回復させるために使用した魔法で、魔力消費が常に行われている状態のファリエルは、先程手渡された魔力増幅ポーションを一気に飲んだ。

 一時的なものであるが、魔力の最大値を増やしてくれる薬剤。更に懐から回復ポーションを取り出して、また一気に飲み干した。

 これで、ルクレツィアを守っている繭は、中にいる彼女をずっと癒し続けてくれる。ポーションは大量に持ってきているから、何があろうともファリエルの魔力が尽きることはない。


 早くルクレツィアに目覚めてほしいが、よくも悪くもこれが『最後の一回』なのだ。

 死をどこまでも望んでいる彼女には間違いなく酷な世界だが、何がどう転ぶか分からないけれど、きちんと話をしなければいけない。


 王家の影が付いていると言いつつ、こうなるまでルクレツィアを助けられなかったことの、せめてもの償いをしなければいけない。


 ファリエルが何も言わないのをいいことに、いかに自分たちが悪くないのかを捲し立て続けているアリソンのことなんか、とっくにどうだっていい。

 この喧しく喚き立てる女のことは、別に気にしてやる必要などないくらい、簡単にどうにでもできる。大切な子を保護できるのだから、王宮に帰るまでの辛抱だ。


「王妃様、王宮にて治癒用の部屋のご準備が整ったとの連絡が」


 騎士からそっと耳打ちされ、ファリエルは分かった、と頷く。

 そうと決まれば即行動、の必要がある。ルクレツィアを苦しめるだけの、こんなところに用はない。

 王宮に戻り、ルクレツィアは神聖な力に満たされた部屋で、厳重に守られながら、このとんでもない大怪我の治癒に専念するのだ。

 この家のロザリアとかいう令嬢が、アッシュと婚約したいのならば、すればいい。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あぁ、駄目だ。ファリエルも、アッシュという己の子の育て方そのものを間違え続けていたのだと、改めて認識させられる。

 グルグルと色々な思考が、回り、周り、巡る。今になってあれこれと後悔しても遅すぎるけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、どうにも手出しができなかった……というと、結局これは言い訳にしかならないだろう。


 しかし、今は行動あるのみなのだ。

 最後だからこそ、ルクレツィアには何の憂いもなく過ごしてほしい。過ぎた願いだと理解は勿論しているけれど、それでも、なのだ。

 最後だからこそ、遠慮なくあの子を助けてあげられる。


 とにかく、この家からは早々に退散しよう。そう思い、ファリエルは指をぱちん、と鳴らした。

 ルクレツィアを包み込んだ光の繭を、一足先に王宮へと送る。これでルクレツィアに関してはひと安心だ。アッシュですら入れないよう、厳重に守られた場所。そもそもアッシュには入室できる権利などない、ファリエルが許可を与えた人にしか入れない、秘密の場所。


「それではさようなら。婚約者変更することの意味を本当に理解しているのであれば、わたくしも陛下も、婚約者の変更をして差し上げましょう」

「本当ですか!」


 アリソンの顔は途端にぱっと輝く。


「その代わりに」

「……?」

「ロザリア嬢については適性検査から行いますからね」

「え、」

「当り前でしょう」

「ど、どうして、そんな」

「顔だけ、雑談だけの王太子妃なんて、必要?」


 不思議そうに問われ、アリソンは確かにその通りだと理解はする。

 そもそも、ルクレツィアが愛想良くさえできていればこんなことにはなっていない。婚約者の変更も、ロザリアが大変な思いをすることなんてなかったのに!と、どこまでもをルクレツィアのせいにしていく。

 それこそが歪な考えだとは思わないのか、とファリエルは悟られないように溜息を吐いた。


 しかし、己の息子のアッシュも相当な馬鹿だ、と思う。

 ルクレツィアがあれほどまでに頑張っていたのに、一時の休息だけをここまで大切にしてしまったから、こうも捻じれた。

 何回そうだったかは、ファリエルは分からない。何回、ルクレツィアが努力をして、そうして今回の『最後』で、迷うことなく死を選んだのか。

 回数までは分からないが、今回が『最後』だということだけは、ファリエルは理解している。


「それではね。まぁ……無駄なあがき、頑張ると良いわ」


 無駄なあがき、という言葉に、きっとアリソンは怒りが爆発したに違いない。それを出さないのは、相手はファリエルで、立場が己よりも遥かに高い王妃だから。

 しかし、本当に無駄なものは無駄なのだ。


「(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())」


 声には出さないし、こんな巨大なヒントを与えてやることもするわけがない。

 高位貴族であれば誰でも知っている、『条件』。

 ルクレツィアが飛びぬけて、その条件を満たしていたのにも、理由がある。けれど、どうしてかこの家族は考えようともしなかった。


「さようなら。ルクレツィアを返せ、とかなんとかは言わないことね」

「は、い」


 アリソンの肩をぽん、と叩いてからファリエルと共にやって来た者たちは皆、早々にノーマン侯爵家から去っていった。

 使用人たちはただ呆然と、彼らの去っていく背中を眺めていることしかできないまま、立ち尽くしていたのだった。

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