36.気恥ずかしいけれど、ようやく慣れてきた
「ねぇ」
怒気を含んでいる私の声を、ルーカスが敏感に察知したらしい。アンナと揃って冷や汗を流しているけれど、容赦ってする必要なんかないと思うのよ。
「落ち着けルクレツィア」
「姫様、落ち着いてくださいませ」
二人がほぼ同時に放った言葉に、私の頬はひくり、と引きつる。やだこわーい、と茶化しているルーカスのことは、遠慮なく睨んでおいたけれど、私反省しないわ。茶化さないでいただきたいものね!
これのどこを、どうやって見て落ち着けというのかしらこの二人ってば。
悪だくみをすることが最近やたらと得意になったかと思えばこんな……っ。私は自分があっという間に着せられてしまったドレスをわし、と掴んでジト目をルーカスに向けつつ問いかけた。
「ルーカス、いつの間に揃いの衣装を作ったのかしら?」
「割と最近」
「はぁ?最近ですって!?んじゃサイズどうやって手に入れたのか、はっきり言いなさいよ!私からは、サイズとか提供した覚えは無いんだけど!?」
「それは私がやりました、姫様!」
「アンタねぇ!!何ルーカスと共犯になっているのかしら!?」
しれっと言い放ったルーカスは、白を基調とした上下の礼装を着用している。そしてアンナは渾身のドヤ顔を披露している。婚約式が本格的に始まる前に、軽くでも殴ってやろうかしら、この子。
と思いながらも、ルーカスの衣装は、彼にとってもよく似合っている、と思う。
詰襟の上着を崩すことなくきっちり着用し、肩にはエポーレット、そして胸元には何かの勲章らしきものまであるけれど、あれ何かしら。ルーカスって、こちらの世界で何か功績を残してでもいるのかしら、って思っていたら、彼の手が伸びてきて、額をつん、と指先でつつかれてしまった。
「……何よ」
「これは、公爵家に伝わっているものだ。代々王家に嫁ぐものはこれらを着けた礼装を着用する決まりになっている」
「へえ……そうなの」
「人間界では違うのか?」
「そうねぇ……人それぞれ、っていうか……家に受け継がれているものを身に着けるかどうか、っていうことに、何か特別な思いがあるかも分からないし」
私の言葉を聞いたルーカスが少しだけ考えて、ジト目で見てきている。文句がありそうだから、ふいっと視線を外したけれど、恐らく呆れの混ざった目を向けられているんでしょうね。
とっても視線が痛いもの。
「お前、単に興味がなかっただけだろう」
「…………」
「図星だからって黙るんじゃない」
「別にいいじゃないの。無理やり入れ替えられて、よく分からないクソ野郎の婚約者として振る舞わなければいけなかったんだから」
それはそうだ、と頷いているルーカスと、その隣でブンブンと首を激しく縦に振っているアンナ。
「アンナ、やりすぎちゃうと目が回るから、それやめなさい」
「……あう」
「遅かったみたいだな」
くらくらとしているらしいアンナの頭に手を伸ばし、よしよしと撫でてやればふんわりとした髪の毛の手触りが気持ちよく感じた。
……何だか、さっきまであれこれ文句を言ってやろう、って思ってたのに……その気持ちも霧散しちゃったわ。
結局、私はこの二人にはとっても甘い、っていうことなのかしら。……もう。
駄目だわ、アンナがふらふらしてる。ちょっとどうにかさせないと。
「アンナ、大丈夫?」
「……うぅ、どうにか……」
「ちょっとだけそのまま動かないで」
「……?」
何だろう、と首を傾げているアンナに対して、少しだけ治癒魔法をかける。魔法があるとないとで、ふらふら具合はマシになるはずですもの。
「……どう?」
「楽になりました!」
「そう、それは何よりね」
くす、と私が笑うと、アンナもルーカスも、つられたように笑ってくれる。
……何かしら。こう……、何だかむずむずしてしまうけれど……まぁ、その。こういった感情なんが、ようやく少しだけ嫌では無くなった……のかしら。
「どうした、ルクレツィア」
考え事をしていたら、ルーカスの手が不意に私の頬へと伸びてきて、指先でするりと頬を撫でていく。
さっきまで白い手袋に覆われていた、男性らしい大きくて骨ばった指先は、私の頬に触れる時にはとても遠慮がちに、慎重すぎる程に優しく触れた。
「……だから、どうした。睨むなってば」
「気のせいよ、私ってば目付きがとっても悪いの」
「姫様、明らかに睨んでます」
「お黙りアンナ。さっき治してあげたの忘れたの?」
「それはそれ、っていうんだと思うんです。こういう時に使う、で合ってますか?」
「……まぁ、賢くなっちゃって」
「んひゃー」
恥ずかしさを誤魔化すように、私はアンナの頬をむにー、と摘んだ。いやだわ……少しだけ、頬が熱い。
少しだけそうしていて、アンナの頬から手を離したら、アンナは自分の頬を摩りつつ楽しそうな口調で私にこっそりと囁きかけてきた。
「あと姫様、お顔が真っ赤です」
にこにこと機嫌の良さそうなアンナの声が、くすぐったいような、恥ずかしいような、色んな気持ちがグルグルと回っていく感じがして、何だかむずむずして、やはり痒みが背中や腕に走る。
かといって、今の私は肘上までのレースの手袋を着用しているとはいえ、大きく二の腕を露出している状態の、純白のドレスを着用している。
がりがりとかきむしるわけにはいかない。
とても体のラインを綺麗に出しているマーメイドラインのドレスに、腰にはとても細い見た目だけでいうとシルバー……材質は、恐らくプラチナか、あるいは何か特別な金属製のチェーンが緩く巻き付けられ、肩にはレースのケープを着用しているから、あまり冷えることはない。
とても、肌触りの良い生地で、ハリもあるけれど滑らかで動きやすいもの。
「……アンナ、少しお口が過ぎるわよ」
「ひゃー」
恥ずかしさをごまかすようにして、私はアンナの頬に手を伸ばし、もう一度むにり、と摘んだ。
ルーカスの指先はいつの間にか私の頬から離れていたけれど、視線は常に感じる。
「……ルーカスも、その……もう、あの、睨む気はない、から」
「なら、良い」
逸らしていた視線を向ければ、ルーカスがとても優しく微笑んでいてくれている。
「……っ、あの」
「何だ」
「…………恥ずかしいから、あんまりこっち、見ないで」
「無理だ」
「はぁ!?」
思わず大きな声を上げてしまったからか、ドタバタと誰かが走ってくる音が聞こえ、ノックをしてから乱暴に扉が開かれてしまった。
「父上!」
「お、お義父さま……」
「ルクレツィア様、何事ですか!?我が愚息が姫様に何か無礼を!?」
「あ、いえその、大したことは、なくて」
必死な様子がとても伝わってくるけれど……あぁもう、私の馬鹿……っ!
恥ずかしいからこっち見ないでほしかっただけなんです、だなんてとても言えやしないわ!
次期女王たる私が何たる不覚……って、でも、元はと言えばルーカスが悪いのよ。
……ずっと、穴が開きそうなくらいに私のことを……あんなにも、愛しそうな宝物を見るかの眼差しを向けてくる、だなんて。
……馬鹿みたい。
可愛くもない、こんな私を……。
「ルクレツィア、婚約式は当事者同士と女王陛下しかない。後はうちの家の人間だけだ。だから、安心してくれ」
「……分かった、わ」
顔を真っ赤にしたままで、私はちらりとルーカスを見る。すると、すっと手が差し出された。
「さぁ、お手を」
私が手を乗せるまで、きっとルーカスはこのままでいてくれるだろう。……私は、ルーカスの手なら大丈夫だ、と確信して、すっと手を乗せた。
今までは、手を乗せた途端思いきり引き倒されるっていうこともあったけれど、そんな気配なんか微塵もなく、強すぎない力で、きゅ、と握ってくれる。とても、温かくて……大きな掌。
「ありがとう……ルーカス」
「どういたしまして」
どちらからともなく、私たちは微笑み合って、ゆっくりと歩き始める。
ルーカスのお父さまも、私たちの様子を見守りながら、微笑んで後ろを歩いてきてくれている。
少し前の、あの私では考えられない。
ルーカスとの婚約を、喜んでいる、だなんて。
「なぁ……ルクレツィア」
「何?」
「帰ってきてくれて、ありがとう」
ふと顔を上げてルーカスを見れば、とても力強い視線が私のことをじっと見つめてくれていた。
「――絶対、もう見失ったりなんか、しないから」




