35.お披露目
「というわけでね、お披露目会をしようと思うのだけれど」
「ぶふっ」
ごふ、と飲んでいた紅茶を噴き出してしまう。
隣にいたルーカスがぎょっとし、アンナが慌ててテーブルや何やらを拭いてくれる。とっても有能で助かっているわ……ありがとう、アンナ……。
「姫様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫ではないけれど、大丈夫よ。お母さま、今、何と」
「だからね、お披露目会!」
気のせいかしらね、語尾にハートが付いているような、そんな錯覚があるんだけど。そう思ってルーカスを見れば、ルーカスも同じことを想っていたようで、うん、と頷かれる。ええ、そうよね。合っているわよね。
「……なんで今?」
「だって、ルクレツィアが次期女王としてあの頭のかったーーーーーーい宰相にも太鼓判押されたからぁ、いい機会だ!って思って!」
「え」
「嘘だろ」
あの宰相閣下が!?と私もルーカスも目を丸くする。
いやだわ、今日って感情がとっても忙しい。
「それにね、宰相が『早々にお披露目をしてから、ルーカス様との婚約式も執り行いましょう』ですってー!!」
「あの、お母さま」
「楽しみねルーカス君!」
「女王陛下、父には何と……」
「もうOKもらっちゃった!」
早い。
この人、行動が早すぎる。いやまって、私を殺そうとしていたロザリアやどこぞの馬鹿王子も行動は早かったけど、それ以上に早いんですけど……何なの、本当に……。
「あの、お母さま。ちょっと聞いてほしいんですが」
「なぁに?」
そう、この人は基本的におっとりしているけれど、行動するときはめちゃくちゃ行動するのよ。私を探しているときもそうだった、ってルーカスから聞いたわ。
あの時は……まぁ、私も色々やさぐれていて、とても申し訳なかった、って今なら素直に思える。
――それは一旦置いておいて。
「お披露目、って何をどうすれば良いの?」
「簡単よ」
にこ、と笑ったダイアナ様はテーブルに置かれていたお茶を飲んで、言葉を続けてくれる。
「貴女が、王宮のバルコニーに出てから、次期女王です、って顔見せするの。ああその前に王位継承にかんする儀式もあるわね」
「それにルーカスも出席するのかしら?」
「ええ、だってあなたの旦那様になるんだもの」
「……俺、も……」
この国で由緒正しきフェレラー公爵家の長男でもあり、私の婚約者でもあり、そして……きっと、誰よりも長い間私のことを探してくれていた、大切な人。
私がどれだけ嫌がっても、私を決して逃がさなかった猛者だし……まぁ、その……彼のおかげで(半ば強制的に)この愛されに関しては体が拒否反応を示さなくなっている、というか。
それが当たり前だ、と色々な人に言われたけれど、心の傷なんてそう簡単に癒えることはない。癒えていると思っても、何もマシになっていない、っていうことも普通にあるんだから。
「……ルーカスがいるなら、まぁ……」
「いなくても貴女が次期女王なのには変わりないんだから、やりますけどね」
「……うぐ」
しまった、墓穴を掘ってしまった……と思っても時すでに遅し。お母さまはやると決めたら、絶対にやる人だもの。
「……アンナ、手伝いをお願いね」
「かしこまりました! とーってもお綺麗に着飾って、皆を驚かせてやりましょう!」
「…………普通でいいのよ……普通で」
ちょっとだけ、げんなりしてしまったけれど……一回だけなんだから、と私は私に言い聞かせる。
儀式で覚えなければいけない祝詞、次期女王としての言葉の数々。
やらなければいけないことが山積みね……と思っていると、不意にお母さまが私をびし、と指さした。
「お披露目の跡はパーティーが待っているんだから、一日拘束されることは覚悟していなさいね」
「……はい」
そうか……そういうものもある……わよね。
今から憂鬱でしかない少し先のお披露目を考えて、私はぐったりとしてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、当日。
やることは本当に山積みだった。
祝詞を覚えることから始まり、それに応じた仕草も併せて覚えなければいけないし、次期女王であることの証明も必要。
次期女王の証明……っていうものについては、こっちの世界全体に広がるように、魔力をざっと拡散させて祝福を与えれば良い、ということだったから、きっと問題はない。練習もしておいたから失敗はないはずだわ。
「……疲れた」
「姫様、まだドレスを着ただけです」
「頭が重い」
「王冠ですからね、仕方ありません」
きっちりと結い上げられて王冠に髪をおさめ、背後どれくらいあるんだ、っていうほど長さのマントをかけていることでとっても重たい。肩凝るじゃないの……!
そして、王冠も中央のエメラルドを始めとした各種宝石のおかげでまぁ何とも重たいことで……。代々女王の頭に乗せる決まりがある、っていうことらしいけれど、これ……私の代でどうにかなくせないものかしらね?
「ルクレツィア、準備は出来たか?」
「……ルーカス、ノックはもう少しちゃんとして。それから、返事があってから入って来て頂戴」
「別に良いかな、って思って」
「駄目ですよルーカス様!」
ノックをしつつドアを遠慮なしに開いたルーカスを、私はついぎろりと睨む。着替えてたらどうするつもりだったのかしら、この人。
なお、そんなルーカスに対してはアンナが遠慮なくキレている。とっても有能でしっかりしている専属メイドで、私はとっても嬉しいわ。本当に助かる。
「良いじゃないか。……おお、綺麗だ」
「~~っ!」
しれっと褒めてくるものだから、私の顔は真っ赤になってしまう。……うう、ちょっとだけ痒い……。
「さぁ、お手をどうぞ。……我が女王陛下」
「……ありがとう、ルーカス」
二人で、ふざけ合って、私は立ち上がり、ルーカスの手を取る。
そうして歩いていく先に見えるのは、王宮の中央広場。
歩いていく中で、不便に感じないようにメイドやその他使用人たちが、私のドレスの裾を持ってくれていたり、マントの裾を持ってくれていたりしてくれている。本当に、色んな人にお世話していただいているから、感謝しかないわね……。
進んで行った先で、ぎぎぎ、とお披露目の場でもある中央広場に面しているバルコニーへの扉が開かれる。
陽の光がまぶしくて、少しだけ目を細めていると、わぁっ、と大歓声が響いて、空気が震える。
……ああ、これが……ここが、私の本来の……世界。治めるべき、場所なんだわ。
息を吸って、吐いて。
ルーカスに目配せをすれば、彼は悟ってくれて、一歩後ろに下がる。
それを確認してから、すっと両手を掲げて、声に魔力を乗せた。
【我が力、我が命。全てはこの愛しき神界のために在るもの
豊かに実りあれ
永遠に穏やかであれ
どうか――どうか、咲き誇れ
我が国、我が世界、我が民たちよ
次代女王・ルクレツィアは……今、正しき姿で此処に!】
一区切りしてから、一気に体内魔力を放出させる。
黄金の光が、王宮を中心にして、とてつもない勢いで広がっていくのが見える。
【この愛しき世界に、光あれ!!】
ぶわ、と広がる温かな光。
少しだけふらついたけれど、私のことはルーカスがしっかりと支えてくれた。
「……全部、魔力を乗せられていたな。見事だ」
「ありがとう、でも……これくらいできなければ……ね?」
ここまで根性を見せられたのは、あの忌々しい99回のやり直しのおかげかもしれない。あれがなければ、私はこんなにも頑張れなかった。
「……あれだけ色々やり直してきたことに、意味があったとはね……」
「根性が付いた、っていうところだけな」
「あら、それだけでも十分じゃなくて?」
「……それもそうだ」
小声で話をしているところに、会話が聞こえたらしい宰相が『ごほん!!』と咳払いをしている。……うっかり会話をしているのがバレちゃったみたいだけど、まぁいいか。この人とは今後の付き合いも長くなることでしょうし。
「……殿下」
「分かっております、ちゃんとします」
にらみを利かせてきた宰相に反論しておいてから、こほん、と咳払いをして改めてすっと背筋を伸ばした私は、ゆっくりと口を開く。
「――皆」
その一言で、しん、と一気に静まり返った。
「わたくしは……かつて、ヒトの呪いによって……人間界に落とされておりました」
私の言葉に、集まっている民はどよめいた。……それはそう、よね。まさかそんな人が次期女王だなんて、思いもしなかったでしょうし。
「わたくしのお母さま……ダイアナ様、そして……婚約者であるルーカス卿が、わたくしを探してくれ、『本来のわたくし』を取り戻すべく、城の皆も尽力してくれたこと、大変嬉しく思います。本当に……ありがとう」
一度切って、息を吸い込んで再び私は喋り出す。
「今……わたくしは、わたくしが成すべきことを、成すために尽力しております。民の皆さま方にも、きっとお力添えをしていただくこともあろうかと思います。……どうか、その時にはわたくしにお力添えを……よろしくお願いいたします!」
言い終わって、深く頭を下げる。
一瞬の静寂の後で、わっと大歓声が起こる。本当なら、台本があったけれど、そんなものでは私の心は通じないと思ったから、ありのままの私の言葉で、皆に伝えた。
成功して、良かった。
――次期女王としての『余所行き』の笑顔で、皆に初めて微笑みかける。
皆に見えていなかっただろうけれど、せめて雰囲気だけでも伝わってほしい。そんな願いをしっかりと込めて。
勿論、ルーカスは私の手をぎゅっと握っていてくれた。
次に待っているのは……ああ、そうだ。ルーカスとの婚約式ね。きっとそれは何事もなく進んで行く。そうするように、私とルーカスが揃って準備をしてきたんだから、大丈夫よね。




