33.前途多難……?
――あれから、一年が過ぎた。
あちら……つまり、人間界で過ごしているリネーアには、重罪人を手引きして脱走させた罪。その重罪人によって私が害されることを理解していた上で、重罪人――ロザリアを私に引き合わせたことも色々重なったことで、側妃様の庇護下から無理やり外された、と聞いた。
人間界に戻って早々に実家が取り潰され、入れ替えられていたことを考慮し、生活に不自由のないよう、これからも貴族令嬢として過ごしていけるようにと配慮したことが、何もかも無駄になってしまったのだ。
「責任は、リネーア自身にあるとはいえ……ねぇ……」
自分のせいだ、とファリエル様は少しの間荒れた、と聞いた。
ダイアナ様も『まさかそんなことになるだなんて』と顔色を青くしていたけれど、ルーカスが一言。
「いや、本物のルクレツィアに下手をしたら成り代われていた可能性があって、しかも王族の生活を経験してチヤホヤされて、蝶よ花よとあれこれ幸せすぎる思いをしてきた馬鹿が、そんなにも簡単に真面目になれる訳ないでしょうに」
こう言ったことで、ダイアナ様も通信を繋いでいた先にいたファリエル様も、顔面蒼白になってしまったのよね。
ルーカスの言い分が正しいけれど、彼は彼で、『言い過ぎだ!』と叱られてしまっていたわ。
「いや助けろよ」
「わたくしの独り言にお返事しないでよ、やぁね」
はー、やれやれと呟きながら日記を書いていた私に対してツッコミを入れてきたルーカスから、書類が手渡された。
「あら、もう休憩って終わり?」
「まだあるけど、急ぎの書類が回ってきたから渡しておく」
「ありがとう……って、やだ、何よコレ」
その書類に書かれていたのは、『次期女王たるルクレツィア様の正統性について』……って、何よコレ!?
いやいや、私ちゃんとダイアナ様の娘だって証明されたのに!?
書類を読み進めていくうちに、私の顔は段々と険しいものになっていっていた、ようで……。
「ルクレツィア、顔」
「は?」
「お前が俺に対して遠慮が無くなったのは嬉しいけど、今は怒りの感情が凄すぎてだな」
「気のせいよ、気のせい」
手にしていた書類はいつの間にかぐしゃ、と形を変えてしまっているけれど、そういうことじゃないのよ。
あぁぁぁもう、本当に頭の固い長老会ども! って、ここで怒ったところでどうにもならないから……と、私はルーカスをじぃ、と見る。
「嫌な予感がするんだけど」
「奇遇ね、ルーカス。ちょおっとわたくしのやる事にお付き合い願いたくて」
「…………はいはい、お供しましょう。未来の我が陛下」
「貴方のそういう所、私とっても大好きよ」
「嫌味か」
「本心よ、いやねぇ」
ほほほ、と笑いながら私はすっとペンに手を伸ばす。
「……覚悟なさいね……」
自ら撒いた種、ご自分で刈り取りなさいませ。
低く呟いた私は、どうやらとっても悪い顔をしていたらしくて、たまたまお茶を持ってきてくれたメイドがとんでもない悲鳴をあげたのは……まぁその、後からルーカスに教えてもらったわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、入念に準備をして迎えた会議の日。
私は次期女王として、ルーカスは私の婚約者として、各々に割り当てられた席へと座っている。
議会長は女王である私の母、ダイアナ様が凛として座り、議会の開始時間になるとすっと手を挙げた。
「これより、議会を始めます。長老会より、大事な検討事項がある……とのことですが?」
「はい!」
元気いっぱいに立ち上がったのは、長老と言いながらも見た目はとっても若々しい男性。
その人は私のことをぎろりと睨みつけたかと思えば、意気揚々と胸に手を当てて口を開いた。
「まずは、我らが女王陛下におかれましては、本日も……」
「前置きは良いから、話しなさい。時間は有限なのですからね」
「……は……」
困ったような顔を一瞬浮かべた長老だったけれど、苦々しい笑顔で口を開く。不満がありまくります、っていうお顔はやめた方が良いと思うわ。
流石の私でさえ、こういうところでは表情を隠すようにしているもの。
「その……」
そして、長老はちらりと私に視線を向ける。
ええそうでしょうとも、あなた方の格好の獲物は私でしょう。存分にやればいいじゃない。
「(……私だって、やられっぱなし、ってわけではないのだけれどね)」
ごほん、と咳払いをした彼は、びしりと私を指さす。まるでその姿は正義の味方、とでも言わんばかりのもの。
あまりに馬鹿げてるその姿を見て、ダイアナ様も不満げに顔を顰めているけれど、それには気付いていないのかしら。
「そこな次期陛下に関して、物申したく!」
「ほう……?」
ダイアナ様の表情が、すっと変わる。
汚いものを見ているかのような顔で、悠々と言葉を発している長老をじぃ、と見ているけれど、長老がこれに気付いていないのはある意味物凄い神経というか、何というか。
「陛下との血縁関係こそ示されましたが、次期女王としての才があるかどうかは、何とも疑わしい! 人間界にいる間に、何か悪影響を受けたのではないかと思われます!!」
「それで」
「この場で、魔力測定を行わせていただきたい! 次期女王としてこの国を治めていくのであれば、それなりの才能をお見せくださらねば、『ただの血縁関係』としかみなされず……」
「ルクレツィア」
「はい、陛下」
長老の話を最後まで聞かず、ダイアナ様が私を呼んだ。
ルーカスとも話していたから、この流れは予想の範囲内。馬鹿にも理解できるように、力を示せ、と言われればその通りにしてやれば良い、とダイアナ様もルーカスも、物凄い顔で話してくれた。
――思い知ればいい。狭い世界でしか物事を見れない自分の愚かさを。
「では失礼いたします」
すっと手を上げ、その長老に向ける。
「……は? まさか、このわたしに攻撃でも仕掛けようというのかね!? ははは、無駄無駄! 貴様程度の力を……」
「“頭を垂れよ”」
ただ一言、そう発したところで、その長老はそのままがくん、と膝をついてからべしゃりと床に這いつくばるような体勢になった。
立ち上がろうとしているようだけれど、許してなんかやらない。
私は、人間界に居た頃みたいに、遠慮なんかしてやるもんか。王宮で、私のために力を尽くしてくれた先生たちや、練習に付き合ってくれたルーカス、私を支えてくれている城で働いてくれている人たち、お母さま。
「……ぐ、ぅ」
「“頭を上げること、許さぬ”」
わざと淡々とした声で、呪文を紡ぐ。
この神界で有効とされる、人間界では『魔法』と言われているもの。こちらの世界では言葉に魔力を乗せて発動する仕組みになっているけど、魔力が強ければ強いほど、効果は絶大となる。
「か、“解放”!!」
「“許さぬ”」
起き上がることを許しはしない。そうやって強い意志の元魔法を行使していると、長老の顔が段々と歪んでいく。
どれだけ顔色が悪くなろうとも、どれだけ苦しい思いをしようとも、私は『許さない』って決めているから、手は抜かないわ。
「ぐ、あ……!」
「……ええと……」
ふあ、と小さく欠伸をしたダイアナ様は、呆れ果てた目を地べたに這いつくばっている長老を見てから、反抗する気満々だった長老会をぐるりと見渡した。
「見たところ、そこに這いつくばっている者がお前たちの中で一番強いようだけど、その者を我が愛娘が抑え込めているのはどう説明するつもり?」
「あ……」
「お、おい、聞いていないぞ!!」
ざわつく長老会の面々の顔色は悪い。
ああそうだ、ついでにちょっと面白いことしてやりましょうかね。ルーカスの方を向いて、ぱちん、とウインクをすれば、ルーカスがぎょっとしていたけど、私はやめませーん。
やるなら徹底的に、っていうでしょう?
ええそうよ、言葉通り、『やってやる』。
「“頭を垂れろ”」
視線を向け、私は残りの長老会の面々にも同じ魔法を遠慮なくぶつける。
そうすれば、今目の前で這いつくばっている彼と同じように全員、仲良く揃ってべしゃりと這いつくばることになった。ふふふ、お生憎様。
私、とっても怒っているの。
「や、やめ」
「おい、聞こえているのか!」
「ええ、聞こえているわ」
にこりと微笑んで、私は言うけれど、更に続けて口を開いた。
「でもね、『聞いてやらない』っていう、ただそれだけのことよ」
彼らにとっての絶望的な宣言と共に、すぅっと息を吸い込んで、もう一度重ねて魔法を放った。
「“そのまま、這いつくばっていろ”!」
ずん、と空気が震えたような音に、長老会の面々以外はぎょっとする。
彼らには何もしていない。魔力測定がどうとか言っていたけれど、そんなことするまでもない、ということを示してあげないといけないじゃない。これが一番手っ取り早かったから、こうしただけなんだもの。
悔しそうにしている長老会をぐるりと見渡したダイアナ様は、はぁ、と呆れたように溜息を吐いて口を開いた。
「――結果は見えていたことだけど……まさかこうも『弱い』だなんてねぇ」




