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③茶番劇の主役はだぁれ?

 殺してくれ、とお願いしたのにどうしてこの家の人たちは揃いも揃って『悲しいです』なんていう顔をするのかしら。

 もしかして……茶番劇を繰り広げて、除け者の私ですら大切にしていることを使用人に見せつけたいのかしら?それとも、死ぬということを本気だと捉えてくれていなかったのか……。お兄様は理解してくれたようだけど……。

 どちらにせよ、早々にこの世からいなくなってしまえば(私が)楽なのだから、何をどうしてでも良い、早いところ殺していただきましょう。


 これ以上お願いして殺してもらえないなら、いっそ自殺もアリ……?


 割と物騒なことを考えているという自覚はございますとも。でも、どっちみち死ぬのだからそれが早いか遅いかというだけの話。


 一晩寝ても、やはり私の『死にたい』という想いそのものは変わらない。


 あと、今回に限ってメイドが世話をしに来なかったのは私が内鍵をかけたからだ、とはっきり言い切れるわ。悪いとは思わないけどごめんなさい。

 そもそも世話することを放棄している人たちに、どんな世話をしてもらえというのか……。一応、かろうじて、私はまだこの家の娘なのだから職務怠慢もいいところ。ちょっとだけいい加減にしてもらいたいのよね。


 はぁ、とため息を吐いて身支度を済ませていく。


 髪を簡単に結ぶのも、ドレスから着替えることも、一人で湯浴みをすることも慣れている。

 悲しきかな、毎回冤罪をふっかけられて処刑されるまでの間、お世話無しで幽閉されていたのがこんなところで大いに役立つ日が来るなんて。


 我ながら、よく99回もやり直そうだなんて思えたわ。正気の沙汰ではないとも思う。他の人に物語として話したところで『頭大丈夫?』と言われてしまうのでしょうね。


 最初は……私だって、希望を抱いていた。ほんの少しだとしても。

 殿下のことを少なからずお慕いしていたから、ロザリアを押し退けてでも自分を見てもらいたかった気持ちも、確かにあった。

 わざわざ会話に入ってくるロザリアに対して注意をしたら、殿下から叱られてしまうから、なるべく仲のいい双子の姉妹を演じてみたりもした。

 殿下のお好きな食べ物を用意したり、お茶会のテーブルを殿下のお好きな花で飾ったり、水属性以外の魔法を習得しようとしてみたり、……本当に、色々とやった。


 蓄積された経験は、無駄にはなっていない。

 私に味方してくれたのはいつでも王妃様と国王陛下だった。


 そんなお二人が居ないときを毎回毎回!

 ……ええそう。どうやったらそこまで用意周到にできるの!と言いたくなるくらい、国王ご夫妻が居ないときを見計らって私は毎回毎回殺される。


 何なら、このノーマン侯爵家もグルになって、殿下と合わさって私を殺しにかかる。


 神様、女神様、精霊様、私は一体どういう悪行をしたというのですか?!

 問いかけても無駄だとは理解しているけれど、殺しの手口の多さに『嘘でしょ』と何回かボヤいたこともある。何をどう足掻いても、二十歳になったら死んでしまうんですけどね!


「はー……」


 ここまで来ると、私を殺すことをこの家の人たちや殿下が楽しんでいて、呪いすらかけて人生を繰り返させているのではないか、と思うレベルだわ……。


 繰り返しすぎて、段々感覚が麻痺してきて、どうにかして生き残れないか何度も何度も試行錯誤して、あれこれやってみたけど、国王夫妻が留守の時に殺される。

 ……そういえば、一度だけ国王ご夫妻の前で殺されたことは、あった……ような。

 あの時、王妃様は……。

 駄目、うまく思い出せない。

 命が消える寸前だったからか、余計にぼんやりしている。繰り返しすぎて、記憶も曖昧だわ。


 足掻いたところで私の命はあと五年そこそこ。

 食事は……どうしましょう。水はいくらでも生み出せるけど、食べ物はそもそも生み出せない。


「身支度、終わり……っと。……うーん……」


 本は昨日ひたすら読んだから……今日は何をしようかしら。

 時間が余りあると、何をどうしたら良いのか分からなくなってしまうのね。とっても贅沢な悩みだわ!

 こんな悩み、そうそう持てるものではないわ。


 そう、思っていたら激しいドアのノック音。いやもうこれノックじゃないわね。コンコン、じゃないもの。ドンドン、だもの。

 壊れはしないだろうけど、そのノック(?)の仕方はどうなのでしょう……。一応……返事はした方が……良い、わよね……。


「……はい」

「ルクレツィア!!お母様にお顔を見せてちょうだい!!ルクレツィア!!」


 えぇ……。

 次は、私が顔を見せたら『不細工!』と罵るお母様のご登場ですか。ロザリアと同じ顔なんですが……暗にロザリアに対しても不細工だと言っておられるのかしら、お母様。


 手を替え品を替え、皆様お暇なの?

 ロザリアが来てもお兄様が来ても何とも思わないけど、この人、アリソン夫人は厄介だ。

 美人が故に、『涙』というとんでもない武器を思いっきり使ってくる。教養ももちろんあるし、人当たりも良い、それ故に人脈も広い、演技も上手いから、大体は皆この人の涙にころっと騙されてしまう。これだから見た目至上主義は……。おっといけません。もう取り繕う必要がないと分かれば色々と思うところがこう、ぶわっと出てしまいますね。


「ルクレツィア!!死にたいだなんて言わないで!!貴女に厳しくしていたのは、貴女の将来のためなの!!賢い貴女なら分かってくれるでしょう?!」

「えぇ……?」


 嘘くさい。

 ものすごーーく、嘘くさい。

 涙声のところを思うに、目にはうっすら涙が溜まっているだろうし、今は全力で演技をしているんだろう。


 まって。

 確か、この人……風魔法が使えたわよね。だったら……私の周りだけ真空にしてもらうとかして、酸素供給を絶てば死ねる……?

 苦しいけど死ねるなら良いかしら……。いやでも、最後をノーマン侯爵夫人に看取られるのは、嫌だ。お涙満載のお葬式になるに違いないんですもの!


 けど、死ねるならもう何でもいいのでは。

 私の思考回路はどこまでも投げやりに、そしてやる気もどんどん無くなります。

 あ、いえ。記念すべき100回目なので、もはやこれは諦めのひとつとでも申しましょうか。


「ルクレツィアぁぁー……!!」


 分かる、ドアの向こうでさめざめと泣きながら、あの母親、ドアに縋り付いたりなんかしている。


「……鬱陶しい……」


 開けなければ、いつまでもこの茶番劇は終わらないのでしょう。

 私、腹を括ります。えぇ、向こうに何か言われる前に畳み掛けてやりましょうとも!そう決意して、扉の内鍵を外し、開けば……。


「あぁ、私の可愛いルクレツィア!」

「は?」

「………へ?」


 ドアが開き、大袈裟すぎるほどの身振りで私に抱き着いてこようとしている夫人を見て感動しているメイドがいたのは見えてます。はい。

 つい出ちゃったんです。『は?』って。私はきっと悪くありません。

 メイドも夫人も、ぽかんとしています。


 今までの私なら、抱きしめられそうになったら戸惑いつつもその腕に飛び込んでいたでしょう。きっとね。……えぇ、きっと。


 今の私ですか?

 えぇと、こう……ゴキブリを見たときのような顔と、あからさまに『拒絶してますよ』と言わんばかりの所作をしつつ、一歩後ろに警戒心バリバリで下がっちゃいました。


「ル、ルクレ、ツィア?」

「……気持ち悪い……」

「ルクレ、ツィア?」


 信じられないのでしょうね。分かります(多分)。

 けれど……今更ではありませんかね。突き放して殺すことも厭わない、そして王太子妃教育が失敗すれば折檻どころではなく虐待レベルの暴力を、顔は目立つからと体のあちこちに繰り出してくる人を、どうして慕うことができますか?


「あぁ、この際侯爵夫人でもかまいません。私の顔の周りの空気、真空状態にして、酸素をなくして、殺していただけませんか?」

「……ほんき、なの?」

「はい」

「どうして?殿下とロザリアの仲に嫉妬をしてしまったの?」

「どこに嫉妬する要因がありますか?」

「……え……?」


 きっと、この人も分からないんでしょうね。

 私がもう、役割から解放されたがっていることも。そもそも、今回の生がもし仮に上手くいったとしても、私はこの人たちからの愛なんかきっと、いらない。

 もらったら蕁麻疹が出てしまいます。もう既に嫌悪感からでしょうかね、着用しているワンピースの中、腕にはぶわーっと蕁麻疹が出ている気がしておりまして。

 寒気はしているから、間違いなく、鳥肌は立っています。それだけ嫌がられていることにも……気付くわけがないのね。


「殿下、から……婚約者、変更の……」

「あぁ、どうぞ。お好きになされば良いのではないですか?ほら、こうなったら私なんてなぁんの価値もないのでしょう?」

「………………っ」


 お母様が、言ったことではありませんか。

 家の役に立てない娘は存在価値がない、って。


「だから」


 私は、微笑んだ。


「お早く、殺して?」


 今、私が唯一やる気を出せること。

 それは、私を殺してもらえるように、ただこうしてお願いするときだけ。

 それ以外はもう、何も、どうでもいいのです。

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