31.お祭りでの嬉しい出来事
「ねぇ、ルーカス。あれ、食べてみたいんだけど、良いかしら?」
「あれは……ええと、フルーツ、飴? 何だこりゃ」
「分からないっていうなら尚のこと! さ、買ってみましょう!」
お祭りの景色や屋台、見るもの全てが初めて、とは言わない。
けれど、人間界で生きていた間の私には、こんなことを楽しむ余裕なんて一切なかった。
王宮に通い、王太子妃教育を必死にこなして、それが終わると次は社交の場で王太子妃として相応しく振る舞えるように、という『王家としての立ち居振る舞い』を身に付けるように、と厳しく教えられた。
――ルクレツィア、あなたは普通の貴族ではないのだから。
何度、私に対してその言葉が容赦なくぶつけられただろうか。
「ねぇルーカス、あっちも気になるわ!」
「今フルーツ飴買ったばかりだろう! お前どこからそんな体力とか興味心が湧いてくるんだ!?」
「え、だって珍しいし……」
「あと、片方の手は繋いでるんだから、せめてそのフルーツ飴食べてからにしろ。屋台?だったか。逃げたりしないって」
「……」
言われてみればその通りよね、と考え直した私は、フルーツ飴をもぐ、と食べる。
一口サイズにカットされている瑞々しいフルーツを、薄い飴でコーティングしているそれは、めちゃくちゃ美味しい。
外はパリッと、中からはフルーツの果汁が。
これ、リルムルベリーかしら。甘酸っぱくて美味しい……!
追加で買ったら持って帰ったりできるのかしら……。
「……」
「おい、ルクレツィア。一応、釘をさしておくが」
「へ?」
「こっちの食べ物、向こうに持って帰るなよ。持って帰れないからな」
「え、駄目なの!?」
「世界が違うんだ、諦めろ」
「……」
なら、私がたまにファリエル様にこっちのお祭りの予定を教えてもらって、抜け出してしまえば……。
「抜け出そうとしたら、容赦なく結婚早めるようにダイアナ様に言うからな」
「心を読まないで!!」
「考えが顔に出てるんだよ、ばーか」
「うぐっ」
額をそこそこ遠慮なくルーカスの指でぐりぐりと押されるが、これがまぁ何とも痛い。
男の人の力でやられたら、そりゃそうよ!
あー……いい考えだと思ったのにー……。と、思っているのもルーカスにはバレバレだったようで、物凄い顔で睨まれていた。
「……ごめん」
「向こうで似たようなもの開発してもらえ」
「……できるの!?」
「食べ物自体は人間界と同じ、って考えておけ。あぁそうか、お前こっちでの記憶がごちゃ混ぜみたいになってるんだったか」
「そうよ」
またフルーツ飴を一口。
ぱり、じゅわ、何とも言えない美味しさが口の中いっぱいに広がるから、思わず顔がふにゃふにゃになってしまった。ご愛嬌、っていうことにしておいてくれるかしら、こういう時くらい。
「ルクレツィア、一応伝えておこう。神界と人間界、似て非なる場所なんだから、食べ物の類は色んな意味で諦めろ。美味しいと思えるなら、向こうで再現したらいい」
「……持ち込むのは駄目だけど、こっちで食べるのは良いの?」
「お前なら、な」
「……どういうこと?」
「何回も何回も繰り返した結果、お前の身体の中では色々特殊なことが起きているんだそうだ。ダイアナ様か宰相、それか魔法医にでも聞いてみろ」
「え」
「人間界で過ごしていた結果、お前は食べ物に関しては体内で適応能力がついてるんだそうだ。適応能力が形成された、ともいうか」
ルーカスって、こんなにも色々私のことを気にかけてくれていた、のね。
多分、私がやさぐれている間に色々検査をした記憶はあるけれど……その結果のことかしら。私は結果を『そこに置いておいて』と流してしまったけれど、ルーカスは私の婚約者として、きちんと内容を聞いてくれていたんでしょうね。
……何だか、申し訳なくて泣きそう。
でも今はこのフルーツ飴が美味しいし……うぅ……。きちんと食事をとれるようになってから、楽しみが増えたとでもいうか……。
「ルクレツィア、感情が大忙しなのは分かる。分かるが、とりあえずフルーツ飴を食べ終わったんなら、飴が刺さってたそれ、そこのゴミ捨てるところにでも捨てとけ」
「……はぁい」
「んで、次は?」
「え?」
「お前がやりたかったけど出来なかったこと、あるんだろう?」
「……ある」
繋いだ手が、ぐっと引き寄せられて私とルーカス。距離は元々近かったけれど、更に私たちの距離は近くなった。
「なら、今は目の前のお祭りを楽しんだら良い。満喫したら、遅くならないうちに帰るぞ」
「……えぇ、ありがとう」
私が『出来なかったこと』をさせてくれる、『やりたかったこと』をさせてくれる。
かつてのボンクラ……もとい、うっかりこちらに対して何度も何度も婚約破棄だの、婚約者交換だのを提案してきていたあの王太子……いいえ、元王太子とは全く異なっている、というか。比べるのも可哀想になってしまう、というか。
「ルクレツィア?」
「ううん、何でもないわ。……ルーカスは何かその、食べたいものとか、やってみたいこととかないの?」
「あー……」
そんなものあるか?と、小さく呟いているルーカスは、私と手を繋いだまま、またゆっくりと歩き始めた。
私の歩調に合わせてくれて、こちらが急いで歩く必要がないようにしてくれているから、とても心地がいい。そして、ふとルーカスが足を止めて視線を向けた先、私にも見えたのは射的。
「あれ、やるの?」
「……どうやって狙うんだ? 魔力を放って的を射るのか?」
「違うわよ、玩具で狙うの。……気になるなら行きましょう」
「あぁ、そうするか」
私と歩いて行った射的の店で、ルーカスは目をキラキラと輝かせながら『どうやって遊ぶのか』を観察している。
……こうやって見たら、この人も年齢相応なところもあるし、何ていうか……可愛らしさ?みたいなものもあるのよね。
さっきまでリネーアだったりロザリアだったりへの、軽蔑しかない視線を見ていたせいかしら。めちゃくちゃ普通に見えちゃう。でも、それがルーカスらしいとも言える、というか。
「……ふふ」
「……何だよ」
私が笑うと、少しだけムッとしたようにルーカスがこちらに視線を向けてくる。
「ルーカスも、こういうので遊びたいんだな、っていうのが分かって嬉しい、っていうか」
「……お遊びだろう。ルクレツィア、欲しい景品とかあったりするか?」
「欲しい景品……」
こういうやり取りは、もしかしたら婚約者同士、恋人同士なら当たり前なのかもしれないけれど、私はこれが初めて。
欲しいものがあるか無いか、と聞かれてようやく視線を並んでいる景品に向けた。
「……あ」
私の視線の先にあった、大きなクマのぬいぐるみ。
昔、一人で眠るのが寂しくて、かつての親だった人たちに一緒に寝てほしいとお願いした時には『ロザリアが寂しがっているんだから、あなたはまた次回にね』と受け流されて、私にはぬいぐるみを押し付けられたことがあった。
「……あの時のクマに、似てる」
「あの時?」
「嫌なことがあっても、私と一緒に寝てくれたクマのぬいぐるみに似てるな、って思って」
「……はぁ?」
何のことだ、と眉を顰めているルーカスだったけれど、掻い摘んで内容を説明してみたら、一気に顔が険しくなるルーカス。
まぁ、そうなるわよね。何だかごめんなさいね、ルーカス。
「けど、お前はもうあれが無くても眠れるだろう?」
「眠れるわ、懐かしいなー、って感じではあるけど」
「……欲しい?」
「取れるなら」
ジト目で聞いてくるルーカスに、私はわざとらしいくらいににっこり笑って頷いてみせる。
もし取れるなら、ちょっと懐かしい感じもするし、あのクマのサイズなら抱きついた時にもふれるからとっても素敵だな、って思う。
……いやだわ、ちょっと前までやさぐれていたっていうのに、私ったらゲンキンかしら。
でも、逆に考えたらストレス源がもう無くなったんだから、これくらいまったりしても許される、ってものよね。
「……ふふ」
「どうした?」
「ううん、何だか……こうやって普通に歩き回れることとか、会話を楽しめるのが、嬉しいなって思えて……」
ルーカスを見上げれば、しっかりと視線が合う。そうすると、にこりとお互いに微笑み合って、改めて射的の屋台の主人に声をかけた。
「とりあえず一回、やらせてくれ」
「はいよ!」
ルーカスに玩具の銃が渡されて、一回あたりのお金を払うと五発の弾も渡される。
はて、と首を傾げているルーカスに、こそりと耳打ちをした。
「あのね、一回あたり五発撃てるの。その内であの景品を倒せたらGET、っていうこと」
「へー」
そうか、と呟いていたルーカスは、銃を取り扱ったことがある、とでも言わんばかりに弾を込めてからまず一発、放った。
「使い方分かってたの?」
「似たようなものがあっちにもある」
「……へぇ……」
ぱん、と音がしてから弾が発射されて、狙いのクマのぬいぐるみに当たるけれど、倒れない。ゆらり、と一度大きく揺れてから元の体勢に戻ってしまった。
「重いから、かしら」
「連続で撃ったらどうにかなりそうだが……時間を無駄にするな、ってことだろうか。ああいや、それより簡単な方法があるな。おい主人、五回分。ついでに銃も五丁くれ」
「は!?」
「金なら払う、ほら」
この人、まさか……。
「あ、あの、ルーカス?」
「弾は一発ずつしかこめられない、だがしかし込めている間のタイムラグが惜しい。なら」
冷や汗を垂らしている屋台のおじさんは『しまったー……』と呟いているし、私とどうも考えが同じだったようで……。
「いくぞ」
にぃ、と笑ったルーカスの手によって一発、二発、と的確にクマに弾が放たれていく。
的確に当たりつつ、ゆらゆらと揺れが大きくなって……。
「次で終わりだな」
四発目、それが当たった瞬間にぐらりとクマが大きく揺らいで、景品台からぼと、と落ちた。
「あー……こりゃうちの負けですわ! ええい、降参だ、よくやった兄ちゃん!」
敵わねぇ!と笑っている屋台のおじさんや、ギャラリーからわぁっと歓声が上がる中、ルーカスはぬいぐるみを私に押し付けてきた。
「ほら、ルクレツィア」
「……ありがとう、ルーカス。嬉しい」
ぬいぐるみを受け取りながら、私はびっくりするくらい自然と笑えた。
きっと、この笑顔は引き攣ってもいない、私の心からの笑顔。
あぁ……ようやく、私は悪縁をきちんと断ち切れたんだ、って……心から改めて思えた。
「帰るからな」
「あともう一個!もう一個だけフルーツ飴を……!」
「お前食い意地張りすぎだ!!」
と、叫ぶルクレツィアとルーカスの姿を見たファリエルは、あんぐりと口を開けつつゲートを開けたのだった、という微笑ましいエピソードがあったりなかったり(どっち)




