28 叶うことのない、彼女の想い
きっと、リネーアはこう思っているに違いない。
――ああ、なんて私は可哀想なんだろう。
――私は、ルーカスと引き離されてしまった、可哀想な悲劇の運命にある姫なんだ!
――無理やり引き裂かれてしまった、可哀想な私たちは、きっと結ばれるべきなの!
……って、ね。
「ねぇ、ルーカスってば!」
変わらず、リネーアはルーカスのことを呼び続けている。
飽きることなく、よくもまぁ名前を必死に呼び続けられるものだ、と私は知らず溜息を吐いてしまった。
「モテモテね、おめでとうルーカス」
「ルクレツィア、お前……おめでとうとか、カケラほども思ってないだろう」
「ええ」
私はリネーアが可哀想だなんて、どうやったら思えるのか分からない。
だって、私はまだ、こっそりと彼女のことを恨んでいるんだもの。
リネーアは必死にルーカスのことを呼んでいるけれど、ルーカスは何一つ応じていない。むしろ、いつまで呼んでいるんだ、うるさい、と言わんばかりの反応しか返していないから、ある意味すごいけれど。
「ねぇ、あの子に応えてあげないの?」
「……あのなぁ……、アレに何で応えてやる必要があるっていうんだ」
「だってほら、さっきからあなたのことめっちゃ呼んでるじゃない」
「何でも応えてたらキリがないだろ」
ま、それはそうよね。
ルーカスの答えに納得してから、うんうん、と頷いていると、今度はリネーアの視線が私の方に向いてしまった。
「な、何?」
「ルクレツィア様、本当にひどいです!」
「……へ?」
涙まで浮かべて、リネーアはまるで悲劇のヒロインそのもの。
まさか、と思っていると、ポロポロと涙を溢しながら叫び始めてしまったのだ。ああもう、勘弁してほしい。泣くよりも先に、あなたが勝手に連れ出してきているそこのロザリアを何とかして!
「ルクレツィア様は、何でもお持ちじゃないですか!」
「はい……?」
「ルーカスに声をかけるくらい、認めてくれたって良いじゃない! 酷い、酷いわ!」
わぁっ、と泣き始めてしまったリネーアを見て、ルーカスは呆れているし、王妃殿下だって呆気に取られている。何でロザリアまでポカンとしているのよ!
そう思って反射的にロザリアを睨みつけたけれど、うっかり視線があってしまう。
何かまた言われるんじゃないか、と思っていれば、ロザリアは心底呆れたような顔でリネーアを指差している。
「ねぇあんた、色んな意味で可哀想ね」
「ロザリアには言われたくないですけど!?」
思わず感情的になってしまってロザリアに反論したものの、ロザリアは変わらず呆れた顔のままで言葉を続けていく。
「いやだって、どう考えても可哀想じゃないの。……まあぁ、原因は私だけど、そこのリネーア様が脱走しようとするたびにあんたは死に続けて、でもリネーア様は神界で優雅に生活でもしていたんでしょうね。……って、あらとんでもない間抜けヅラ。正解みたいねぇ、リネーア様ったら」
きっと、ロザリアがリネーアのことを呼ぶたびに『様』と付けているのはわざとでしょうね。
嫌味を放つのは本当にお上手ですこと……それに、お蔭様で、とでもいえば良いのかしら。リネーアのヘイトが、見事にロザリアの方に向いてくれたわ。
王妃殿下……もとい、ファリエル様は何が何やら、というお顔をなさっているけれど、ここまできたらお馬鹿さんたちをさっさとどうにかした方が良いと思う。
そもそも、リネーアだってまともだと思っていたのに、まさかこんなにも……その、所謂『恋愛脳』だった、だなんて誰も思わないわよ!
「ロザリアも酷いわ! 私に会ってくれる、って言ってくれたから、色々頑張って貴女が出られるように手配してあげたのに!」
『あげた』という言葉に思わず眉をひそめてしまう。
それはルーカスも同じのようで、ぐい、と繋いでいた手を引いてから私のことをまた、完全にリネーアから隠してくれた。
恐らく、私に対してリネーアが攻撃を仕掛けてくるかもしれない、という不安、なのかもしれない。
「……ルクレツィア、そのまま静かにしていろ」
「……ええ」
ルーカスに囁かれ、私は躊躇することなく頷く。
今、リネーアはそこそこ危ういかもしれない。……ロザリアに煽られたからと言っても、今の彼女の精神状態は危ないように見えてしまう。
「ルクレツィア、ルーカス様」
そして、ファリエル様もすっとこちらにやって来て、こそりと小さな声で話しかけてくる。
「本当に……今のリネーアは危ういわ。彼女のやったことがよろしくない、っていうのはまず第一にあるのだけど……」
ぎゅ、とファリエル様は顔をしかめて、小声で言葉を続けていった。
「ロザリアの負の感情に、呑まれかけているのよ」
「……っ」
「あの様子では……そうだろうな」
難しい顔で、ルーカスも頷いているから、相当まずい状況なんだろうな、ということはすぐさま理解できてしまった。
「ロザリアの負の感情に、呑まれかけている、って……また唐突な……」
げんなりしつつファリエル様にそう言ったけれど、もしかして……リネーアって、煽り耐性めちゃくちゃ低いとか、神界で散々大切にされすぎちゃって、人を疑うっていうこと、そのものを知らない可能性が……?
と、考えて、ゾッとする。
あまりに純粋無垢な恋心は、碌なことにならない。
リネーアの場合、本来関わることのないはずだった世界と強制的に関わったことで、『こんな世界があるんだ』と理解してしまった。
そして、ルーカスに関しても同じこと。……あの子は、本来会うことのなかった人と、会ってしまった。
「……忘れることなんて、できないんでしょうね」
「ルクレツィア?」
「……考えてみてちょうだい。物語の中に出てくる王子様みたいな人に出会った、っていうことよ。そんなに簡単に忘れるだなんて……あの人にできるわけがないわ」
少しだけ、嫌悪感を乗せて言うと、ルーカスは私の方を向き直る。
「ルーカス?」
「それが、強制的であったとしても、か」
「……ええ、嫌すぎるけれど。忘れたくても、彼女はきっと忘れない。あの神界での、幸福だけの出来事を……忘れようともしないはずだから」
ぐ、っとルーカスは歯を食いしばって何かを考えているようだった。それは、ファリエル様も同じだったようで、困ったように頭に手をやっていた。
「……ファリエル様?」
「甘かった」
「……?」
「ルクレツィアが元の世界に戻ることが出来れば良いんだ、って思っていたの。でも、そうよね……神のいる世界に触れてしまったヒトが、そうそう憧れを捨て去ることなんか、できっこないんだわ……」
ファリエル様は、何かを考えているようだった。
きっと、リネーアの家族に対する罰と、ロザリアに対する罰。それぞれをかなりきついものにしたつもりだったけれど、リネーアがそうだと認識していないままにほいほい動いてしまったことで、こうしてロザリアは出歩いてしまっているんだもの。
「ファリエル様……あの……」
私が恐る恐る声をかけると、ファリエル様は苦笑してから私の頭をそっと撫でてくれる。
「大丈夫、貴女は何も悪くないんだからね、ルクレツィア」
「まぁ……それは、ええと、はい」
あっけらかんとして私が頷くと、ファリエル様はそれが意外だったのか目を丸くしている。
「だって、私は今、ルーカスと一緒にこちらのお祭りを楽しみに来ただけですし……それに」
こちらに鋭い視線を向けてくるリネーアをちらり、と見てから、あえて挑発するような言葉を選んで声をかけていく。
「リネーアは、どう足掻いてもルーカスとは結ばれません。だって……、あの子は所詮『ヒト』ですもの」
「な、……っ!?」
ええ、そうね。
きっとこれまでの私なら、こんなこと言わないし、もっと優しくしているのかもしれない。でも、越えてはいけないラインって、あるでしょう?
――リネーアには、いい加減人間界に帰ってきた、って自覚してもらわないといけないんだから、現実だけを突きつけましょうね。




