27 遭遇してしまったが、これは偶然なんかじゃない
会いたくない、そう思っていたはずなのに。
王宮から出ようとして歩いていたルクレツィアとルーカス、そして案内役のファリエルは、恐らく会うことはないだろう、と思っていた人に何故だか偶然、ばったりと遭遇してしまったのだ。
「ルーカス! ああ、会いたかった!」
「……」
ルーカスの瞳にあるのは嫌悪の色だというのに、かつてのルクレツィアだった少女は知らず、彼の地雷を踏んでいく。
決して、悪気なんかないのだ。
ただただ無邪気に、彼女は、彼女の気持ちを最優先させていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この子、何を考えているのかしら。
たまたま、とはいえこんなにもタイミング良く遭遇してしまうだなんてこと、ある!?
この回廊を抜けてしまえば、あとは城の中庭を抜けて、王城から出ることができて、街に行けたのに!
どうしよう、と思っているとファリエル様が私と、ルーカスの前にすっと出てくれた。
「下がりなさい、リネーア」
「え……っと、王妃、様?」
きっと、彼女はこんなにも拒絶されるだなんてこと、想像していなかったんでしょうね。でも、礼儀は重んじなければいけない。だってここは、その辺の大通りではなく、王宮の中なんだから。
「あなた、ここで何をしているの」
「何、って……私はロザリアに会うためにここに来ているだけではありませんか! 面会希望のお手紙を私が出して、それで!」
「そうなの。……それで?」
「それで、って」
リネーアの口から出てくる言葉には『信じられない』という音が滲んでいる。王妃様は、決して今回のリネーアの行動を良しとしていない。
っていうか信じられない、って思うこと自体が意味不明なんですけど!? あなた、こっちに帰ってきてからの身分は、側妃様の養女でしょうが!
決して低い身分では無いし、王城の中にも入れるけれどもね!? 今、あなたがどうしてここにいるのか、っていうことが問題なのよ!
……まさか、この人、それすら理解してない、の?
「ひどいです、王妃さま!」
「何がひどいの」
「だって、だって、私は凄く久しぶりにルーカスに会ったんですよ!?」
「だから?」
「だから、って、あの!」
愕然としているリネーアに対して、ファリエル様は問いかけていく。
「あなたに、何を、どう、配慮しなくてはいけないのかしら?」
「そ、そんな! 王妃様ひどいです!」
「何がどう酷いの?」
ファリエル様は、声を荒げて怒るなどはしない。淡々と、粛々と、リネーアに向き合って話をしている。リネーアはとてもルーカスと会話をしたそうにしているけれど、それを許す気配なんてない。
私と、ルーカスが彼女に関わらないように、会話をしなくても良いように物凄く配慮をしてくれている。
「……ルクレツィア、お前は大丈夫だな?」
「ええ、平気」
「ねぇ、ルーカスってば!!」
私とルーカスが会話をしていると、ファリエル様の乗り越えるようにしてから言葉をこちらに投げてくる。だからね、そういうことをしないで欲しいの、こっちは!
この子、こんな感じだった?
何だか、色々我慢ができていないし……今の様子は何だかまるで子供みたいだわ。
「ルーカス、聞こえているんでしょう!? ねぇ、お願いよ、何か前みたいに笑って話して!?」
必死に、まるでルーカスに縋るような雰囲気すら見せるかの如く、リネーアはこちらに話しかけてきている。私のことは完全無視をしているから、ルーカスしか見えていないようだけど、どうしたものかしら。
「あっははは、アンタまるっきり相手にされていないじゃない! どうせそうだろうと思っていたけれど、まさかこんなにも相手にされないとか面白ーい!」
そこに響いたとんでも楽しそうな声音。
私は、この声を、知っている。とても嫌だけれど、元の世界に帰るまで、耳が腐るほど聞いていたロザリアの声。
私を虐め倒すことを楽しんでいた、あの時とまるっきり同じ声だったから、顔を見なくても分かってしまう。そしてそれ以上に、恐怖が私を襲った。
「っ……!」
「ルクレツィア、どうした?」
「何でも……」
何でもない、と言葉を続けようとした時だった。
矛先が、不意に私へと向いたのだ。
「何でもないわけ、ないわよねぇ? アンタのことは、この私が嫌というほどいじめ抜いてあげたんだから!」
「……っ!?」
「お久しぶり、逃げ帰った負け犬のルクレツィア?」
そう、ロザリアには私が怯えていることなんてお見通しだろう。
いやまって、そもそもどうしてロザリアがここにいるの!? あの子、確か今は幽閉されているんじゃなかったの!?
「どうして私がここに、っていう雰囲気ねぇ?」
罪人であるにも関わらず太々しいロザリアの声と、そういえば、と遅ればせながらハッと気づいたファリエル様。
「あなた、ここに来られるわけがないわよね!?」
「ええっと、今頃お気づきになりまして? あー、おっかしい! ええそうですよぉ? ……ほんっとうに簡単だった! ここにいる、人を疑うことをしない、とんでもない甘ちゃんのおかげで、私はここにいるんだから!」
その言葉に、全員がハッとしてリネーアを見る。
「お前……、何ということを!!」
「え、えええ?」
ファリエル様は、すぐさまリネーアの呼び方を変えてしまった。
あなた、ではなく『お前』と呼んでいる、ということは……とそこまで考えてから、またもやルーカスが私のことをきちんと隠してくれる。
「ルーカス……」
「大丈夫だ、何も心配しなくて良いから」
「……うん」
「……怖いんだろう、あの女が」
ルーカス曰くの『あの女』というのは、勿論ロザリアのこと。
彼にはロザリアや、かつての婚約者だった王太子に何をされたのかも、全て話しているから知っている。だから、こうして私のことを守ってくれている。もう、何も心配いらない、と伝えてくれたから、私はルーカスの言葉を信じたんだ。
彼は、きっと私のことを裏切らないから。
「怖い」
迷うことなく、自分の気持ちを吐露した私のことを褒めるように、ルーカスがふと手を伸ばしてくれて、ぎゅっと握った。
「……あ」
「今は、これで」
カタカタと震えていた手の震えが止まっ、た?
……不思議なこともある、のね……。とはいえこれは、ルーカスじゃないと、無理だろう。
……違うから。決して、私がその、ルーカスに心をしっかり許して、何かこう……、あの、色々頼りすぎているとか、そういうのじゃ、ないんだから!
「一人で百面相するなよ?」
「見たの!?」
「いや、何となくそう思った」
「当てないでよバカ!」
ギャンギャンと話している私たちを見ているリネーアの顔は、私からは見えない。
でも、ロザリアの爆笑が聞こえてしまうから、何となく想像できてしまった。きっと、今、リネーアはとんでもなく絶望しているのだろう。
ロザリアは、それが楽しくてたまらないんだ。
彼女は、そういう子だもの。
私が泣いたり、悔しがると心底楽しそうにしながらこちらを見て、嘲笑う。
婚約者を奪われた時。
私のドレスを引き裂いて、アクセサリーを壊した時。
かつての父や母から暴力を振るわれている時。
自分がそうなるように仕向けて、思い通りになっていく様子を見ながら、愉しんで、ショックを受けているこちらを指差して笑い続けるんだ。
「あー……面白い。エンタメをありがとうねぇ、リネーア様!」
「ロザリア……?」
何を言っているの、というリネーアの声が続けて聞こえてくる。
ショックを受けているのかもしれないけれど、何一つ彼女に同情なんかできそうになかった。だって、リネーアがロザリアに言葉巧みに騙されたから今、こうなっているんでしょう?
それに、ロザリアに懐柔された門番? も、大概お馬鹿さんよね。
お綺麗な顔の裏にある、とんでもなく醜悪な顔を見つけられないだなんて。何て御愁傷様なことでしょう。
まぁ、それは全てファリエルさまにも降りかかってしまうので、そこだけは同情する。
――もっと懐柔されにくい門番をおくこと、それから、ロザリアをさっさと処刑しておくべきだったことを反省してほしい。
いや、もしくはかつての王太子と一緒にさっさと僻地へと追放してしまっていれば、こんなことは起こらなかったのかもしれない、なんて誰が思うのかしら……と考えてから、自然と溜め息が零れてしまった。
「本当に、アンタには反吐が出るわよ! ふざけてんじゃないわよ、一人だけ何も無かったかのように幸せに過ごすなんて、させるわけないでしょ!? お前も不幸になればいい! 好きだった男にこっ酷くふられろ!」
令嬢らしからぬ口調のロザリアは、目が血走っている。
あぁ、あの子はこんな風ではなかったのに……と私が思う一方で、リネーアのことがどれだけ嫌いだったんだろう、とも思う。
「ひ、ひどいわ、ロザリア!」
「うるさい! いつもいつも、お前は被害者ヅラばかり上手くて嫌になるのよ!」
……何らかのコンプレックスというか、そういうものがあったにせよ、それを私にぶつけたりしないでほしい。
あと、そろそろルーカスがキレそうになってるから、この二人はブチ切れルーカスに色々言われてしまえば良いのよ。
「……なぁ、ルクレツィア。ひとつ良いか?」
「何?」
「お前の双子の片割れっぽかったヤツ、性格クソだろ。あと、元・お前は馬鹿だな」
「……っ!?」
私のことを振り返りつつきっぱりと言ったルーカスの言葉に、ロザリアとリネーアがばっと同時に反応した。
「ルーカス!」
いやあのね、褒めてないの。貴女のことを、馬鹿だ、って言ってるのよ。キラキラした目で私のルーカスを見ないで。
「……何よ」
ルーカスがじぃ、と私を見てきていて、いつしか手の繋ぎ方が『恋人繋ぎ』というものに変化している。
「可愛いこと考えてるな、と思って」
「かわ……っ!?」
もしかして、とルーカスをガン見していると、にま、と笑う彼がそこにはいる。つまり。
「今のなし!!」
「なし、は、無し」
ふは、と気の抜けたように笑ったルーカスは、きっと人で言うところの年相応、という顔で笑っていた。
視線は私にだけ向けられている。
「ねぇ、ルーカス、こっちを見てってば!」
そんなルーカスの態度に対して、リネーアが吠えている。
……あぁ、本当に何かを勘違いしているのね、この子。ルーカスが、リネーアを好きになることなんてないのに。
これを解決してしまわないことには、きっと私とルーカスのお出かけは……台無しになってしまう。
私は、本能的にそう感じた。
馬鹿馬鹿しいほどにルーカスを慕っていて、今も自分のことを想っている、と錯覚している取り替えられっ子。
そして、いじめっ子。
私は少し前、逃げるように元の世界に帰ったけれど……それじゃダメだったんだわ。そう思い知って、私はぎゅう、とルーカスの手を握り返した。
「リネーア、口を慎みなさい」
きっと、前の私なら言わなかったけれど、もう私は今までの『私』じゃない。それを、今からきっちり示すわ。




