㉕お出かけ日和、時々、遭遇 1
さてと、とちょっとだけ呟いてから私は準備を始める。
「姫様、お姿を変える魔道具は身につけておりますか?」
「ええと、これね?」
「はい!」
アンナの言っている魔道具はこれか……と手に取り、腕にはめる。
そうすると、私の腕よりもだいぶ大きかった腕輪状の魔道具は、しゅるしゅると大きさを変えて、きつくもなく緩くもない、絶妙なサイズ感へと変化してくれた。
「姫様、それに少しだけ魔力を流してもらえますか?」
「魔力を……」
こうかな、と思いつつぐっと目を閉じて念じると、腕輪についている魔石が光り、ふわりと温かな風が私の体を包み込んだかと思えば、髪の長さがまずは変わったことが分かる。
「……これだけ?」
「まさか! 姫様、こちらをどうぞ!」
ふふーん! と何だか誇らしげにしているアンナが、私の前に姿見を持ってきてくれれば、どこがどう変わったのかは一目瞭然。
髪の長さ。
目の色。
髪の色。
髪質。
見た目はかなり変わっていて、ぱっと見では私が私だと分かりそうにはない。
おお、と思わず声が出て、自分の顔をぺたぺたと触ってみるが、何か違和感があるとか、そういったこともない。
髪に触れてみても、自分の髪そのもので何がどうなっているのかということも分かりそうになはいし、万が一誰かに触れられたとしても、きっとバレることはないんじゃないかと思う。長さに関しても、腰まである髪の長さが、肩よりも上に来ている。
「すごい……」
「そうでしょうそうでしょう! 女王陛下が、姫様とルーカス様のためにご準備された腕輪ですもの!」
「ルーカスもこれ、持ってるの?」
「昨日、フェレラー公爵家に使いをやったと聞いております」
「そうなのね」
確かに、そういうことがあったのなら、ほぼ間違いなくダイアナ様が色々と手配してくれているんだ。
……ダイアナ様、っていう呼び方、変えた方が……良いのかな。
「……何か御悩み事ですか?」
「え」
「何だか、お顔が一瞬曇りました」
最近、アンナは私の表情をよく見てくれている。
悩んでいたり、考え事をしていたりすると、気が付けば程よい位置で、私が話してくれることを待っていてくれている。
……味方、ってこういう人なんだと、思うわ。
「……悩み、というか」
「……」
そして、アンナは私が話し始めると、ちゃんと話し終わるまで待ってくれている。
「ダイアナ様の……呼び方をね、その……そろそろ変えた方が良いのかな、って思ったの」
「なるほど」
ふんふん、と聞いてくれて、私の馬鹿みたいな悩みを、茶化したりもしない。
だから、私は遠慮なく、つっかえながらも言葉を紡いでいく。
「その……一応、お母さま、なわけで」
「(一応!?)」
「ずっとダイアナ様、って呼んでいて……ルーカスにもツッコミを、その……されたことがあって」
「(ルーカス様ツッコミとかするんだ……)」
「それにね……城の皆にも、何となく生暖かい目で見られているというか……」
「(だって私相談されますもんね、皆から。いつになったら姫様は陛下のことをお母さまと呼んで差し上げるのか、って!)」
なお、私にアンナの心の声のツッコミは聞こえていないから、こうしてつらつらと話している。
後で聞いた話であるけれど、こんなにもツッコミどころ満載だとは、アンナ自身も思っていなかったらしくて、話し終わったらがっくりと項垂れてしまった。
「……って、アンナ?」
「……姫様」
「はい」
「そのお話、ルーカス様にはされました? あのお方なら色々アドバイスくれそうなんですが……」
「そういえば、まだしてない……かも」
「その……私が姫様と陛下の親子関係にあれこれ口出しするのは違うのでは、と思うんですが」
「え?」
「……もし、姫様がお嫌でなければ、女王陛下のことを……お母さま、と呼んで差し上げることは、陛下にとって何よりの贈り物かと存じます」
贈り物、という言葉に、微かに過っていく嫌な思い出。
『ありがとう、お母さま!』
『ロザリアはとぉっても良い子ですからね、いっぱいプレゼントをあげましょう!』
偽物だとは理解している、でも、それでも嫌な記憶であることは変わりなく、ぐっと手を握りしめているといつの間にかアンナがやってきて、私の手をぎゅっと握ってくれる。
「……っ」
「大丈夫ですよ、姫様。ここは、姫様を害する者なんてもうおりません」
「あ……」
は、は、と無意識のうちに呼吸が荒くなってしまう。
どっと冷や汗があふれ出るような感覚に襲われ、けれどアンナの手の温かさに安心してゆっくりと深呼吸をする。
きっと、少し前なら私はこんな風に対応何てできていなかった。
「……ごめんね、アンナ」
「何も、姫様が謝る必要なんてないんです。怖いものは怖い、それで良いんじゃないでしょうか」
にこ、と笑いかけてくれるアンナの笑顔が、とても安心できる。
大きく深呼吸して、そして、気持ちを落ち着けてから一度目を閉じて、もう一度目を開ける。そうすれば、少しだけ気持ちが落ち着いてきたことも分かるし、ふと部屋に置いてある時計を見れば、『あ』と素っ頓狂な声が出てしまった。
「アンナ」
「はい」
「時間がまずい、かもしれない」
「まずいですね」
わたわたとしながら、私とアンナは慌てて準備を開始する。
「すみません姫様! あの、私の余計な発言のせいで!」
「大丈夫よ! その後で私も色々うっかり考えこんじゃったりしたから!」
どったばったと慌ただしく準備をしていきつつ、時間になれば私の部屋のドアがノックされる。
そして、部屋の外から『姫様、フェレラー公爵子息様がお見えになっております』という声が聞こえてきたので、どうぞ、と返せば開いたドアの先にルーカスが立っていた。
「ルクレツィア、時間……って、あれ」
「大丈夫よルーカス、私。ちょっと変装してるんだけど」
「ああ、それもう使ってんのか。魔力の消費激しいから、人間界に出てからにしとけ?」
「……え」
嘘、と呟いたものの、言われてみればやたらと湧き上がってきている疲労感。自覚をすれば、更にどっと疲れを感じてしまい、少しだけ呼吸が荒くなってしまう。
「……ルクレツィア、魔力流すのやめとけ」
「分かった」
す、と意識を集中して、魔石に流していた魔力の流れを止めれば、ふんわりといつも通りの自分の姿に戻った。
「アンナ、こういうことは説明しておいてやれ」
「は、はい! 大変失礼いたしました姫様……!」
「……大丈夫、まだ元気」
これから人間界に行って、お祭りとか色々楽しまなきゃいけないんだから、へばってたまるもんですか! とは思う。
「何だ?」
ちら、と少しだけルーカスに視線をやれば、すぐさまこちらに気付いて、優しい目を向けてくれる。
やめて、最近あなたとは普通に話せるようになったけれども、そういう優しい目には慣れていないから、今、現在進行形で背中が痒い。
「ルクレツィア?」
「あー……っと、その」
「?」
「今日、予定空けてくれて……ありが、とう」
「ああ、そのことか」
はは、と笑ったルーカスは、私に対して手を差し出す。これはきっと、手を乗せろ……ということ?
「え、っと」
「恐る恐るじゃなくて良いから」
「わ、っ」
彼の手に、自分の手を乗せた途端、ぎゅ、と握られてしまい、私は何だか素っ頓狂な声を出してしまった。それを聞いたルーカスを案内してきたメイドや、アンナがとってもほっこりした顔でこっちを見ている。
「……アンナ」
「はい姫様」
「その顔やめなさい」
「え~~?」
「諦めろって、ルクレツィア。お前、めっちゃこいつらに愛されまくりなんだから、こういうことすると皆こんな顔になるんだから」
……初耳なんですが、それ。
「ルクレツィア~、準備できた? ルーカスも到着して……って、まぁまぁ!」
開きっぱなしだった扉から、まさかのダイアナ様が入ってきて、やっぱり手を繋いでいる(?)私とルーカスを見て、とってもとっても微笑ましそうなお顔をなさっている。ねぇやめて?
「うふふ、二人が昔のように仲良くなってくれて本当に嬉しいわ! ささ、人間界へのゲートを開いてあげるから、こちらへいらっしゃい! 向こうではファリエルが待っていると思うから、ルクレツィア。ご挨拶をお願いね」
「あ……はい」
向こうで、恐らく唯一の私の味方だった、王妃様。
……懐かしい、なぁ……。
向こうとこちらは時間の流れが違うから、どれくらいぶりになってしまうのかは分からないけれど、王妃様のことは嫌いではなかったから、少しだけ……そう、ほんの少しだけ楽しみなのかも、しれない。
「ルーカス、わたくしのルクレツィアをお願いね」
「はい」
「それと……」
「どうなさいましたか?」
「……向こうで、もしも……こちらにいた『あの子』に会ったとしても、関わってはいけませんよ」
「(あの子、って)」
少しだけ表情の曇ったダイアナ様から出た言葉に、私もルーカスも、固くなった。
きっと、私は一番会いたくないであろう、ひと。
『本物』のルクレツィア=ノーマン。
今は名前の変わっている、『あの子』。




