感情の行先
短めです
「……許さない」
顔に、体に、全てに広がってしまった不名誉な紋様を、ロザリアは忌々しげに見つめる。
そしてロザリアは、一人、幽閉されている真っ白な牢獄の中で低く呟いた。
「何で……あいつだけ光の中で笑っていられるの」
どうして。
どうして。
どうして。
ロザリアの心の中を占めているのは、憎しみと、疑問。
確かに、ロザリアはルクレツィアに対して酷いことをした。その自覚はしっかりとある。
だが、果たしてやらかしてしまった内容は、ここまでされるほどだったのだろうか、とぼんやりとした思考の中で、必死に考える。ルクレツィアのせいだ、とばかり言いたくはないけれど、どうしてあの子だけに救いが与えられるのか。
「あいつが逃げようとか思わなかったら……あっちのルクレツィアは、何回も何回も死ぬことだってなかったのにさぁ」
自分にだけとばっちりがきている、ロザリアはそう思っている。
元凶であると理解しながらも、愛されることをただただ受け入れて神界でもふわふわと微笑んでいただけのルクレツィアが、どうしてこんなにも優遇され続けているのか。
しかも、新たな名前までもらって、別の家に養子に行って、人間界にいなかった間の知識の補填という名の淑女教育までされているらしい。
人を丸め込むことにとてつもなく長けているロザリアだったから、日に三度世話をしにきてくれる女性神官からこれらのことを聞き出した。
ロザリアの場合、こうなってはもうまともな人生は送れないし、一生幽閉が確定もしているから、何をどう足掻いたところで状況そのものをひっくり返すことは不可能だ。
だが、嫌味くらいは許してもらわないと割に合わない。
そう考えていたロザリアの元に、一通の手紙が届いた。
差出人はリネーア。
一体何事だ、と面倒くさそうに封を切り、中身を確認してからロザリアは、あはは、と笑う。
「本当に……甘ちゃんよね、あのクソ野郎……」
令嬢らしからぬ言葉遣いと、罵る人はここにはいない。
ロザリアに対して情報を提供してくれる人はいるものの、必要以上にその人だってロザリアの元を訪れたりはしない。
「……面会要請、ねぇ……」
『会いたいの、ロザリア』という書き出しで始まった手紙を、ロザリアはぐしゃりと丸めてから床にぽい、と投げる。
まるでロザリア以外の異物がここにあるのを許さない、と言わんばかりに手紙だったものはぼう、と青い炎に包まれて無くなってしまった。
証拠隠滅もできる仕組みだな、と思う。ある意味これは欠陥仕様ではないだろうか、とロザリアは追加で思ったが、こんな風に手紙が届くということが異例なのだろう。
きっと、今までここに幽閉されていた人は、ベッドと、小さな机、椅子しかない真っ白なこの部屋で、気をやってその内息絶えるのだ。
「次に世話人が来たら伝えてもらおうかしら……」
あまり動きすぎると紋様がずきずきと痛む。
やってらんない、と小さく呟いてロザリアはベッドに横たわった。
昼も夜も関係なく白く眩いこの部屋で眠ることにも、慣れてしまった。だが、一矢報いてやる。そう思えば苦痛だっていくらでも耐えられるような気がしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良かった……ロザリア、会ってくれるんだわ」
ほ、と息を吐いてリネーアは嬉しそうに微笑んだ。
魂の入れ替えなんていう途方もないことをやらかしたロザリアだったが、魔法のセンスは恐らくリネーアの知る中で彼女が群を抜いている。
だから、こうも考えた。
「もしかしたら、あちらの世界との繋がりを得られるかもしれない!」
それそのものが浅はかなのだが、恋する乙女となっているリネーアに注意できるものはいない。
義母となっている側妃にも伝えないまま、ロザリアから返事がきたのが嬉しい、という心のままに面会日の指定をする。
本来ならば良くないことだが、双子の片割れだから、と必死にお願いをして、側妃の養女である立場も何もかも利用した。
また、リネーアが今回の事件の被害者である、ということからも、ロザリアを幽閉している神殿の長は『もしかしたら、この機会を逃せばロザリアに会えなくなるかもしれない。会えなくて後悔するなど、そんなことあってはならぬ』と、極秘で会わせることを勝手に決めてしまった。
国王夫妻の承認が必要なのに、極秘にしてしまえば問題ないだろう、と少しだけ気が緩んだことに加え、身内に会うだけなのだ、という甘い心。
それがまた、とんでもない事態を招くことになるだなんて、ロザリアも、リネーアも、神殿長すらも分かっていないまま、時間は過ぎていったのだった。