㉑総入れ替え、一方その頃人間界では
「……というわけで、使用人たちを新しく雇用し直したの」
「へ?」
朝食の席で、とてつもなく綺麗でキラキラした笑顔と共に、ダイアナ様が言い切った。
ダイアナ様の後ろに控えている側近の人たちの顔色が心なしか悪く見えるのは、私の気のせいなんだろか……と思いつつ、恐る恐る周囲を見渡してみれば、確かに見知った顔が根こそぎいない。
「……全員、ですか?」
「ええ」
「あの……私のお付きのメイドの子、は……」
「あの子は残しているわ、わたくしの可愛いルクレツィアの面倒をきちんと見てくれていたのですからね」
「はぁ……」
それは良かった、という感情くらいしか湧いてこない。
けれど、人間界にいた頃の陰湿ないじめに比べれば、彼女たちがやらかしたいじめのような行為なんて、全く気にならない。不愉快ではあるけれど、命の危機には陥っていないのだから。
「でも、こんなに早く……よく人が集まりましたね」
「王家で働きたい、っていう人は少なからずいますからね。今回の入れ替えは、そういう人にとって絶好の機会、というわけよ」
綺麗に盛り付けられたサラダを食べて、ダイアナ様は微笑んでいる。
けれど、業務内容の引継ぎとか、研修とかってどうなっているんだろう。そう考えていれば、すっとこちらに近寄ってきてくれた一人の使用人が。
嫌な気配がないことは分かっているから、私もこの人を拒否しないでそちらに顔を向けた。
「姫様」
「……はい」
「業務につきましては問題ございません。陛下は全てを入れ替えた、と仰いましたが丸っと全てではございません。姫様に害を成したもの全てを交替しましたので、ある程度は残っております。ご心配なさらず」
「……あ、そうなんですか……」
「敬語など不要にございます」
微笑んでそう言って、その人はすっと下がった。
ああ、そうか。
確かに私をいじめてきたり、世話を放棄した人っていうのは若い使用人が多かったような気がする。年季の入った人たちは、止めはしないけど参加だけはしなかった。
何かあればダイアナ様に報告してくれて、守ってくれようとする意志は感じたけど……もうちょっとそういうの、全面的に出してくれても良いんじゃないかな、とは思う。今更言ってもどうにもならないけど。
綺麗な形のオムレツを切れば、中は半熟なのかとろりと溢れてくる。お行儀が悪いとは思ったけど、そっとパンにつけて食べれば、卵の風味とバターの風味、一緒に口の中に広がっていった。美味しい。
固形物をようやく食べられるようになったので、こうしてダイアナ様とも食事ができるようになっているけれど、こちらに戻ってきてから数か月は、周りの環境になれることも必要だったので、疲労困憊の日々だった。
それまではこちらの世界の王妃教育も何もかもしないまま、体調回復に努める日々。
……元・お母さまだった人の魔法、見た目はそうでもないのに威力は馬鹿みたいに凶悪だったから、ほんの少しだけ傷跡が残ってしまったけれど、生きているだけで良い。
そう思えるくらいには、心も回復した、のかもしれない。
「ルクレツィア、今日の予定は?」
「ええと……魔法学の授業があります。実技と、理論。それから、歴史学の授業と……あとはこちらの作法を覚えるための淑女教育が……」
「そう。お昼は?」
「ルーカスが来てくれます。淑女教育の中に、ダンスの授業があるので、今日はパートナーとして参加をしてくれるそうで……」
「それを聞いて安心したわ」
ふふ、と嬉しそうに微笑んだダイアナ様は、食事の続きをしていく。
私も同じように食事を進めていると、ダイアナ様のところに人がやってくる。食事中だけど、どうしても確認したいことがあったらしく、何か難しい顔で対話をしている。
「(……お忙しいのに、出来るだけ食事を一緒にとってくださるのよね……)」
それはきっと、ダイアナ様が私のためを想って、行動してくれているから。
もう一度、……私は『母親』という存在を、きちんと感じられるようになるのだろうか。そう、なればいいと思っている。
……痒いのはまぁ、慣れていくしかないのだろうけれど、……それでも嫌……!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「姫様、改めてどうぞよろしくお願いいたします!」
「ええ、よろしくね」
私の部屋をずっと掃除し、私に対してきちんとまともに接してくれていたこの子。
名前を、アンナというらしい。
「何かしてほしいことなど、お気軽にお申し付けくださいね!」
「……今まで通りで良いわよ?」
「で、ですが改めて姫様の専用メイドとして……!」
……こういう時、伝え方がへたくそだ、っていう理由で叩かれたりもした。でも、伝えないといけないから……まずは深呼吸をする。
「そうじゃなくて、あの……今は、特にないの。もうすぐ勉強が始まるから、メイド長に何かないか聞いてみてくれない?」
「ああ、そういうことだったんですね! かしこまりました!」
ホッとしたようなアンナの笑顔に、私もつられて少しだけ微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……会えない、のかな」
ぽそ、と呟かれた言葉は、誰に聞かれるでもなく空気に溶けて消えた。
向こうの世界で愛情たっぷりな日々を過ごしていたリネーアは、人間界に戻ってきてもさほど変わらない日々を過ごしている。
元々愛嬌があったから、ということを差し引いても、彼女に関しては生活には全く困っている様子は見られなかった。
側妃の養女として平穏な日々を過ごしていくことに慣れてきていたが、頭に浮かんでは消え、を繰り返すのは神界で婚約者という立ち位置にいたルーカスのこと。
ルクレツィアの代わりにあの世界にいたとはいえ、一時的だったとはいえ、婚約者として触れ合っていた日々が懐かしく感じられ、どうにかして会いたい、と思う気持ちが大きくなってきていたのだ。
側妃の養女にはなったものの、現在過ごしているのは側妃の実家である、とある貴族の屋敷。
本来の家であるノーマン家は取り潰しになった、とは聞いているがあの欲深い両親が、何事もなく済ませるだなんて思えない。
どうにかして虎視眈々とリネーアに接触する機会を窺っている……かもしれない。それだけではなく、投獄されて罪人として扱われているロザリアが一体何をどう思っているのかも、リネーアにとっては恐怖になり得ることだった。
「……ルーカスに助けて……もらいたいな」
会いたい。
彼に、優しい声で『リネーア』と呼んでもらいたい。
途方もない我儘だとは思っているが、仮に王妃に対してこれを望んだとて、神界に連れて行ってくれるだなんて思っていない。だが、どうしても会いたい。
「……お義母様に、聞いてみようかしら……」
善は急げだ、と養母になった側妃に対して面会要請のために手紙を書いて、それを王宮に届けてもらった。
だが、その日の夕食時、リネーアの思いは容赦なく打ち壊されることになってしまう。
「リネーアさん、あなた……娘に面会要請をしたのですって?」
「は、はい……おばあさま」
基本的にここに住んでいるのは、側妃の両親と、リネーア。
すなわち、食事はこの三人で行うことになるのだが、どうにも祖母であるアンネリーゼの表情が険しい。
「……セレナーデに会って、何を、どうするつもりなのですか?」
「ええと……少し、お話したいことがあって」
「セレナーデは、側妃として、とても忙しく公務に当たっていると聞いております。正妃様のサポートもしており、現在は他国にいる……というのは知っているわよね」
知っているのは当然だ、という風にアンネリーゼは問いかけてくる。いいや、それは問いかけではなく決定事項のようなもの。
どうしよう、と考えるリネーアは、アンネリーゼの言葉を続けて聞くことしかできない。
「貴女は、我がネーデルラント家の跡取りとして、勉学に打ち込んでくれている……と思っておりましたが、何を話すのやら……」
「お、お義母様との、交流だって……大事にする必要があるのでは……?」
「年に一度、交流ならできます。新年の宴に、我がネーデルラント家も呼ばれますからね」
そんなものでは足りないし、新年の宴まで半年以上ある。そんなにも待てない、とリネーアはジワリと焦ってしまう。
ルーカスにだって、会えないではないか。
「(どうしたら良いのかしら……)」
リネーアは、愛されているのが当たり前だった。
受け入れられて、皆がリネーアを愛してくれて、リネーアの周りには自然と人が集まっている。それが当たり前だったのだから。
神界から戻ってから、何となく物事がうまくいかない。
もやもやとしている気持ちのまま、リネーアは少し暗い表情で朝食を終え、家庭教師の元、人間界から離れていた間の知識不足を埋めるように勉強を開始したのであった。




