⑳独りよがりな謝罪大会
「姫様、ここをお開けくださいまし!!」
「我らの声を聞いてください!」
「ルーカス様、姫様をどうにか説得してちょうだいな!!」
ドンドンドン、とものすごい音が響き渡る部屋の中、私とルーカス、部屋にいた世話係のメイドは呆然とその轟音ともいえる音を聞き続けている。
すると、うわぁ、とルーカスから嫌そうな声が聞こえた。
そうでしょうね。
今、恐らく私がきちんと話をするのも、話を聞こうとするのも、ルーカスとダイアナ様くらい。……あぁ、世話係の今いるこの使用人の女の子もそうかもしれないけれど、まだまだ彼女を心から信頼しようとは思えない。ごめんなさいね。
部屋の扉をひたすらに叩いている彼ら、彼女らが必要としているのは私を説得できる存在。今この場で言うとルーカスだけ。
「めんどくさ……」
「叫んでる内容、私のことをとりあえず懐柔しろ、っていうことだものね。ルーカスならできる、って思ってるのかもだけど」
そこまで言って、思わず私の口からは『はぁ』とため息が零れた。
「どこまでも人頼み、他人のおかげ、誰かに任せてしまおう。そうやって自分たちがどうにかして動こうとしない、っていうの、私、大っ嫌い」
心底嫌そうに呟いてみれば、ルーカスから笑い声が聞こえる。
「……何?」
「いい傾向だなぁ、と思って。それくらい思いっきりブチまけろ」
「……時と場合、相手を選ぶわよ、私だって……」
「俺は大丈夫、ってことか。光栄なことだ」
「嫌味?」
じろ、と軽く睨んで問かければ、降参しました、と言わんばかりに両手を挙げているルーカス。
何してもカッコイイとか、嫌味かしら……この人。
でも、……だからこそ、だろうか。キザったらしくない。
私が、人間界にいた時に婚約させられていたあのクソ王子とは、雲泥の差。
「……印象ひとつで、こうも違うんだ……」
ぽつりと呟いた私の声は、思いがけずルーカスにも、使用人の女の子にも聞こえていたらしい。
二人が勢いよくこちらを向いて、私はびくりと体を震わせた。
「え?」
「あ、あの、えっと」
「誰と、比べた」
「誰と、って……」
ルーカスの目に、じわりと怒りの光が宿っている。……何でだろう。
あと、私が誰かと何かを比べることはそんなにも不思議なことなのだろうか。
私は別に深い意味はなく呟いた、それだけのことだけれど、ルーカスはどうもそれがお気に召さなかったらしい。……あぁでも、話をしたら確かに嫌がられるかもしれない。
「……私が、人間界にいたときの、一応……婚約者」
「ほう?」
「良い意味で、ルーカスとは違うの」
つい、と私は指を動かしてシールドを強化しておく。バチバチとどうにかして破ろうとしているらしいけれど、とりあえず舐めないでいただきたい。
私、人間界にいた頃、魔法に関しては褒められることの方が多かったわ。
それからついでに、あのバカ王子の尻拭いやロザリアの後始末もしていたこともあるから、まぁ……うん。そのおかげ、とも言えるのかもしれない。
「ルーカスは、人の話をきちんと聞いてくれるじゃない」
廊下にふと感じた気配。
さて、そろそろ耐久戦が終わるかな、と思いながらいつがいい頃合いかと、タイミングを図る。
「だから」
わぁわぁと扉の外で聞こえる音が一瞬静かになったタイミングで、私はぱちん、と指を鳴らした。
「え?」
「姫様?」
結界を解除すれば、奴らがなだれ込んでくるだろう、というルーカスの怒鳴り声が響いたけれど、私は焦らない。
もう一人の味方が、やってきている『足音』を聞き取っていたから。その人は、私に聞こえるようにやってきてくれていたから。
「証拠があれば、罰しやすいじゃないの」
「だからって、お前が危ない目に!」
「あわないわ」
「は!?」
結界の解除と共に、彼らはどばどばと私の部屋の中になだれ込んでくる。
じっと見下ろしていれば、縋るような期待のこもった眼差しでこちらを見あげながら、手を伸ばして私に駆け寄ろうとしたのだろう、と思う。
なだれを起こして、一番上に乗っかかっていた人が我先に、と私に向けて手を伸ばしたまま駆け寄ってきたけれど、それは無情にも弾かれた。
ばちん、と電気が走るような、凄まじい音が別でまた響き渡れば、その人は弾かれるがままに後ろへと吹き飛ばされていく。
「きゃぁぁぁ!!」
「うわぁ!」
「な、何だ、何が起こった!」
寝そべった状態での彼らがまるで、おしくらまんじゅうをしているかのように、もっそもっそと動いている。あぁ、私をバカにしていたくせに何て滑稽なのかしら。
小さく溜息を吐いた直後、こつん、とヒールの音が響いた。
「…………ダイアナ様」
「ルクレツィア、怪我はないわね?」
「はい」
「あぁ……」
だからか、とルーカスが呟く。
するりとさりげなく私を庇うように前に出た彼は、いつでも魔法が発動できるようにと構えつつ、ダイアナ様へと視線をやった。
「彼らが、わたしたちを追いかけてここに来ることは……」
「分かりきっておりましたよ、もちろん」
「では……」
どうして、とルーカスが問えば、ダイアナ様は氷のような眼差しで、積み重なった彼らを睨みつけている。
「わたくしの目から見て、明らかな証拠になるようなものが欲しかったの。自分の意志で謝る、というよりは……職を失いたくないから、一先ずとしてルクレツィアに彼らが群がることは分かりきっていたから」
「(ルクレツィアと、同じことを)」
「ルーカス、何となく考えてること分かる」
「お、おう」
なだれ込んできたままの体勢のまま、彼らは縋るように私を見ているけれど、私にしてきたことが消えるわけもない。
前の『ルクレツィア』に対して、彼らはあまりにも神聖な思いを抱きすぎていたのだろう。
魂の入れ替えをされたことによって、中途半端に、まさしく呪いと言っても過言ではない行為によって、本来私が受けるはずだった諸々の愛情やなんや、全てを一身に受けていた。
彼らも、それが当たり前だったから仕方ない……とは言わない。
本来の主、と言って良いのかは今ら分からない。けれど、入れ替わっていた元の主が戻ってきたのであれば、きちんと気持ちは切り替えるべきもの。難しいと言われたとて、それが彼らにとっての『仕事』なのだから。
「さて……人の前から早々に脱走して、わたくしの可愛いルクレツィアに対してあまりに身勝手な行動の数々。だいたい、王女の自室に押しかけて部屋の扉を破らんとせんような暴力的な行為の数々。ルクレツィアが結界を展開していたから、まだマシだったけれど……」
はぁ、と一つため息を吐いて、ダイアナ様が遠慮なく言葉を続ける。その言葉を聞いている彼らは、酷く顔色を悪くしているけれど、一切気にしていない。
「良かったわ、ルクレツィアがわたくしの考えをきちんと理解してくれて……。理解してくれたからこそ、こういう結果になっているのですからね」
「……まぁ、その……。私のことを世話したくない人たちに、世話なんかされたくないですし……それに」
「それに?」
ほれ、続き。とルーカスが促してくるので、こくん、と頷いて私は遠慮なく続けた。
「使用人の総入れ替えをお願いしようかな、と思っていましたから。いい感じに入れ替えをする人を炙り出せた、ってことで結果はとっても良いことになったかな、と思う訳でして」
「まぁ、それは名案だわルクレツィア!」
「一応俺からも提案はしていたんです。ルクレツィアの中で、ようやく決意できた、ってことですよ」
「ルーカス、とっても良い提案をしてくれたわね! ありがとう!」
いつまでも倒れたままでいる人たちから、『そんな』とか『嘘だろう』とか、悲愴な声が聞こえてくる。
「あの、ええと……わたし、はどう、なりますか?」
「あぁ、あなたはそのまま続投よ」
「良かった……」
ほ、と安堵したような使用人の子に対して、年長の使用人がぎろりと厳しすぎるほどの視線を向け、唾を飛ばしながら罵り始めた。……が、あの人の下にいる人、可哀想。
「お前が!! お前がそこの姫もどきにいい子ぶっていたから、こんなことになったんだ!!」
「え、えぇ!?」
「……責任転嫁も甚だしい……。陛下、王宮の使用人そのものを、そっくり入れ替えるべきだと俺は思いますけど」
「本当ねぇ……ルクレツィア、構わない?」
「構いませんが……私に対しての負の感情を抱いている人をごっそり入れ替えたら良いだけなのでは。全員入れ替えたりすると、業務にも支障が出ますよ」
「それもそうか」
「でも……やっぱりあんまり良い気持ちはしないわよね」
ふー、とため息を吐いたダイアナ様は、ぽん、と手を打ってにこやかに続けた。
「なら、順番に入れ替えましょう!」
「……えぇ……」
結局やるんかい。
さっきの私の言葉、届いていたんじゃなかったのかしら……とは思うけれど、まぁいいか。
私は私で、新たな人間関係を築いていくんだから、ある意味良い機会、なのかもしれない。
未だ、わぁわぁと喚いている人達は、変わらず私に対してだろう、必死に手を伸ばしている。
「姫さまぁぁぁ!」
「お情けをくださってもいいのではありませんか!!」
叫んできた彼らに、私は、一言だけ告げる。
「……自分のことばかりなのね、最低な人達ですこと」
「ひ!」
「っ……!」
冷たく言い放った私を見て、ようやく彼らは静かになった。
誰かが、『間違いなくダイアナ様のご息女だ』と呟いたような気はするけれど、聞こえないフリをした。
ここに帰ってきてから、何となく空気が重いような気がしていたけれど……あれは人間界に染まっていたであろう私の体からの、ある種の拒絶反応とも言えるべきものだったかもしれない。
今や、人間界にいた頃よりも呼吸そのものがしやすく、魔法だって使いやすくなっている。
それくらい、馴染んできた。いいや、『元通り』になった、と言うべきなのかもしれない。
「さようなら、使用人の皆様方。どうぞ、お達者で」
丁寧にカーテシーを披露し、私はダイアナ様へと視線をやる。
「早々に、彼らを私の部屋から一旦退去させていただけませんか。あと、ドアの修復を……」
「えぇ、ルクレツィア。貴女の希望通りに」
にこ、と微笑んでくれたダイアナ様に、私はぎこちなくも頑張って微笑み返す。そうすると、『いやーーー、わたくしのルクレツィアが笑ってくれたわ!!』と悲鳴のようなものを上げながら、がばりと抱きつかれた。
おろおろとしている使用人と、笑っているルーカスに『助けて!』と叫んでみたけれど、どうやら少しの間、私は抱き締められっぱなし、みたい。
……そう、きっと、これにも慣れる……。
…………助けて、背中、痒い…………!




