⑲謝罪大会開始、だそうです(他人事)
「…………へ?」
「……………………切りました」
「止めようとしたけど、止める暇なくやりました、コイツ」
ダイアナ様がぽかんとして、飲んでいたお茶のカップを落とし、がっちゃん、と結構な音が響いた。
げんなりしたルーカスと、私・ルクレツィアはダイアナ様にこの髪を切った、という事実を報告すべく女王執務室へとやってきた、というわけなのですが。
「る、る、ルクレツィア、髪、が」
「……けじめに……」
「何を!? 誰かが貴女に何を言ったの!?」
「いえ、別に何も……」
「本当!?」
わなわなと震えていたかと思えば、走ってきたダイアナ様はがっちりと私の顔を掴んで、顔面蒼白になってしまっている。
ごめんなさい、という気持ちはあるけれど、私だってけじめをつけたかった。……掴まれている顔がちょっと痛いけれど、……それだけ心配させた、っていうことかしら……。
あ、使用人の目がすごい。何してんだお前、っていう目をしてるけど、そもそも世話してくれなかったんだから、そんな目とかされても迷惑ですし。
「じょ、女王陛下、まずは……あの、ルクレツィア様の御髪を整えませんと……!」
「分かっております! ルクレツィア、本当に、誰かに何かされたとかではない!?」
「あ、はい」
「陛下、それは俺が証人です」
「ルーカス……」
「ルクレツィア、いきなり髪をざっくりいきました」
ルーカスから聞いたことで、ようやく信じてくれたらしいダイアナ様は、がっくりと項垂れてそのままぎゅうと私の体を抱き締める。やめてください痒いです。
「……良かった」
「え」
「誰かにされたのであれば……母は、どうしようか、と……っ」
……髪を切ったこともそうだけど、この人は……純粋に私を心配してくれている……のよね?
でなければ、こんなにも……震えていないはずよ。
「だい、じょうぶ、です。あの……そのへんは……何もされて、いなくて……」
ろくに世話されてない、なんて言ったらどうなるのかしら。
私が拒否しまくっていた、ということもあるけれど……そもそも部屋に来ようとしないこの城のメイドさん?達のことを、このままダイアナ様に言ってしまえば……。
ちらりとルーカスを見てみると、こちらの考えが伝わったのか何なのか、『やれ』と口パクで言われてしまった。え、良いの?
次に真っ青な顔の使用人と目が合う。『やめて!』と口パクらしきものをしている彼女の言うことを聞いてあげるべきなのか何なのか。
「あ、の」
「何? ルクレツィア、体調でも……」
「そっちは問題ないんですが……その、私の世話をしてくれている……「あああああああの、女王陛下!! 姫様の御髪の整えを!!」
遮るんかい。
思わずめんどくさそうにその声の主を見る私と、私をじっと見つめていたダイアナ様の般若のような形相と、やっぱり尻尾出したなこの馬鹿、という目で見ているルーカス。
三者三様の視線がその使用人を射抜き、へたり込んだ様子を眺めていると、ばっと慌てたように土下座をしてきた。
「申し訳ございません!! 今まで姫様を軽んじておりましたがゆえに、お世話が行き届かず!」
「……へぇ」
別にそこまで自供してほしかったわけではないけど、何だか追いつめられたようにとってもお口軽くあれこれ暴露してくれる。
『姫様の部屋に侵入して勝手に部屋の物を取った』とか、『一番年下の入ったばかりの使用人に対して世話を押し付けた』とか(知ってる)、『別に世話をしなくても問題ない、と中堅の侍女に言われ、それを鵜呑みにしていた』とか、『でも私は悪くないんだから許してもらえるはずだ』……とか。
「(そんなにあれこれあったのね……)」
「(ルクレツィア、他人事じゃねぇっつの……)」
「(でも最後のはよろしくない、と思うんだけど)」
「(それはまぁ、そうだな)」
そんなことを考えている私たちとは反対に、ダイアナ様の顔がどんどん険しくなっていく。
「あ、やべ」
ルーカスのそんな呟きが聞こえてきて、一体何があるのかと彼の方を向いた瞬間、ふっとダイアナ様が私のところから消えて、その使用人のところへ転移していた。
人間だったときに使おうと思っても使えなかったそれを、いとも簡単に使っているダイアナ様の様子を見て『もしかして私も使えるのでは……』と考えていると、ルーカスがすっと私の前に立ちふさがった。
「ルーカス?」
「障壁は展開する、だが」
「?」
「ちょっと気持ち悪いかもしれないから、ルクレツィア、耐えろ」
一体何が、と思う暇もなく、前方からぶわりと何か飛んでくるような気配を感じた。
恐らく魔力の圧でも放出されたのか、とてつもない濃度の何かが、押し寄せてくる。ぐ、とルーカスの呻き声が聞こえてきたけれど、私は平気だった。
ルーカスの展開した障壁のおかげかな、と考えたけれどきっと違う。……だってこれは、馴染みがあるんだ、と私の全身が理解している。
「何を、していたの、お前」
一言ずつ区切られた言葉たちにまで、重みが感じられた。
ああ、ダイアナ様がとっても怒っている。ルーカスはきっと、これから私を守りたかったんだろう。でも……私はこれは、大丈夫で、何も問題ない。
「……ルーカス」
「おい、前に出てくるな!」
「違う、むしろあなたが私の後ろに入って」
「は!?」
「……大丈夫、だから」
そう言って、私が代わりにルーカスの前に出た途端、ルーカスから『あれ』と気の抜けた声が聞こえる。同時に私はすっと手をかざしてルーカスの代わりに、とでも言うように障壁を展開した。
やり方を、覚えている。
きっとこれは、この世界にいた『私』の魂に染み付いた記憶。
魂を入れ替えられたとしても、根本に残っていた、とても大切な『私』が『私』であるためのものなんだろうと、そう思える。
「……あ」
私が前に出て、障壁展開を代わったことで、背後に立っているルーカスから安堵の声が聞こえた。
「……楽に、なった……?」
「この障壁って、相反するものを中和しようとしたものなんでしょうけど、ダイアナ様の力って特殊だから、ルーカスの力じゃちょっと無理があると思う」
「お前……」
目を丸くしているルーカスを見て、ちょっとだけ私は微笑んだ。
ダイアナ様の力の圧は、さっきよりも強くなっているし、使用人は真っ青になったまま今にも死にそうな表情になってしまっている。
「……助けた方が良いかしら……」
「自分で招いた結果なんだし、……とはいえ……ちょっと助ける、か?」
「……そうですねぇ……」
一歩だけ、ダイアナ様へと足を踏み出してから、背後からぽんぽんとダイアナ様の背中をとんとん、と叩いた。
「……ルクレツィア、なぁに?」
こちらを振り向いたダイアナ様の表情は相変わらず般若なままだったけれど、こちらを向いたときにほんの少しだけそれが和らいだ。
「ダイアナ様、少しよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「その人、とりあえず解放しませんか? 何せ、ルーカスをはじめ、他の使用人が魔力の圧で体調を悪くしております」
「……ああ、そういえば」
ふ、とダイアナ様からの圧が弱まり、ようやく呼吸がしやすくなったらしいルーカスはホッとしたように息を吐いているし、その他の使用人の皆さま方もホッとしている。
一番近くで圧をしっかりと受けていた、あれこれ暴露してしまった使用人は泡を吹いて倒れてしまった。
「……まぁ、何とひ弱な」
「陛下の圧受けたら、そりゃそうなりますって」
「そうかしら。でも、仕方ないじゃない? わたくしの可愛いルクレツィアを蔑ろにして、尊厳を踏みつけるような使用人は、この城には不要。……ねぇ?」
ゆっくりとその場にいた使用人全員を見渡してから、ダイアナ様は妖艶に微笑んだ。
何となくまずい、と察した私はルーカスの手を引いてそのまま自室までダッシュをする。
「おい!?」
「いやな予感がするので、ちょっと付き合ってちょうだい!」
「何だそれ!」
「良いから早く!!」
自室に走って駆け込んで、慌てて鍵を閉めると私の部屋で花瓶の水を変えていた侍女がポカンとしている。
「ひ、姫様?」
「ちょうど良かった! 貴女はこのままここで待機していて! 外に出ちゃダメですからね!?」
「どうして……」
「すぐに分かる!」
ルーカスと私が叫んだ直後、どんどんと私の部屋の扉がノック……いいえ、打ち鳴らされ始めた。
「何ですかこれえええええええ!!」
「やっぱり来た……」
「お前の危機管理能力、すごいな」
「嬉しくないわ」
手早くシールドを張っておいて正解だったのかもしれない。
なお、外からは私に対して謝っているらしい悲壮な叫び声が多数聞こえている。……良かった、ここに避難してきていて。
……この扉が、どれくらい持ちこたえてくれるのかは、分からないけど。
ダイアナ様の凄みに負けて謝罪してくるような奴、こちらから願い下げ。この騒ぎが少しだけ収まってからこの扉の外にいる人たちに伝えよう。
結果として、ルーカスの言う通り不要な使用人の解雇、に繋がったことに関して、私は思わず苦い顔になってしまったのは、勿論言うまでもないわ。




