⑰素直に
「っ……も、申し訳ありませんでしたぁ…」
嫌々ながらこの場にいる人達が口々に私に謝ってくるけど、謝ったからといって許したくなるようなものではない。
大体、謝り方も『仕方なく人間風情に謝ってやっているのだから、さっさと許せ』という意図が透けて見え見えすぎる。
別にいいのよ、謝らなくても。
私は許すつもりもないし、これから先この人に興味を示すこともない。
「謝らなくても良いのでは」
「は?お前、何甘っちょろいことを」
「どうせダイアナ様に許してほしいがため、それから貴方に許してほしいから謝るだけで、私に対しての謝罪ではありませんもの。だから、別にいいわ」
「別にいい、って」
「嫌いなら、嫌い抜く覚悟がおありなのよね?」
「は?」
忌々しげにこちらを睨む。せめて隠しなさいよ、ルーカスの前でくらい。
あぁほら、ルーカスの怒りがとんでもないことになってるじゃないの。
「たとえダイアナ様の前であろうと、誰の前であろうと、私はあなた達の存在をまるっと無いことにして行動するわ」
「そんなこと!」
「できるのよ、それくらいなら。貴方たちが馬鹿にしている人間風情でもね」
「え……」
私は別にこの人たちの助けなんかいらない。
現に、今だって起きたら自分で身支度をしているくらいだし、髪を結うことだって自分でできる。簡単なものだけど。
思いがけない私の発言に、ルーカス自身もぽかんとしているのだろう。
でも美形なんだから、そんな顔しなければ良いのにとは思うけど、私がさせている自覚くらいはあるわ。一応ね。
「だから、謝らなくていいの。今まで通り嫌いです!って顔に出し続けて、私の世話なんか拒否し続ければ良いわ。この世界の王族に仕える人達の程度が知れて、本当に良かった」
な、とわなわな震えている侍女長の顔が真っ赤になったと思えば、すぐに真っ青になっていく。薬品の酸の有無を確認するための薬紙みたいだこと。
「この程度の人材しかいないここは、本当に可哀想ね。己の主も何もかも馬鹿にしていることを、本人たちが気づいていないのだから」
はくはくと口を開け閉めしている人たちを真っ直ぐ見据えて、私は淡々と言う。この手の人には、怒鳴りつけるよりも淡々と言うほうが効き目が強い。
「部下の不出来は主の責任。つまりあなた達は『ダイアナ様の育成が成っていない』と己で証明してしまった、ということね」
にこ、と微笑んでトドメを刺せばようやく気付いたらしい侍女長はじめ、使用人たちがガタガタ震えている。
それを聞いたルーカス様は、なるほどなぁ、と感心したように頷いた。でもあなたダイアナ様側なのに、感心するって何事…?
「確かにそうだな。ダイアナ様からすれば、ダイアナ様の顔にコイツらから泥を塗りたくられてる、ってことか。更には、せっかく戻ってきてくれた本物のこの国の王女たるお前を、ダイアナ様自ら認めたのに、部下は勝手に決め付けで認めていない上に仕事の放棄まで、これまた勝手に判断して決めてしまった、と」
「そういうことです」
「まぁ、これに関してはこいつらの自業自得でもあるからな。けど、ダイアナ様を責めてやるなよ?」
「…どうでしょうね」
待って、とか細い声が聞こえたけれど、私は気にしない。待つこともしない。
侮られ、バカにされ続けたのだから、こちらだって容赦はしない。でも、それもこの瞬間までよ。
「さようなら。これから私は、あなたたちのことを見かけたとしてもいないものとして扱います。でも別に問題ないわよね、あなたたちは私の世話をしたくないのだから」
それじゃ、と言って歩き出した私の隣を歩いているのはルーカスだけだった。
世話を押し付けられていた可哀想なメイドは、一人オロオロとこちらと先輩たちを交互に見ている。どうしたら良いのか分からないのだろうけれど、それくらい自分で判断できなくてどうするのかしら。
「ルクレツィア」
「何ですか、ルーカス様」
「そういうところは、同じだ。いいや、変わってない」
「え?」
思わずぴたり、と足を止めて私がルーカスを見上げると、面白そうに笑っている彼が目に入った。
てっきり叱られるとばかり思っていたから…意外、というか…。あぁ、こんなふうに笑えるんだ、って、思った。
「前にいたルクレツィアもどきはな、皆に平等に優しかった。けど、そもそものお前はそんな可愛らしい性格してないんだよ」
「……もどき、って……」
「俺にとってルクレツィアは、今目の前にいるお前ただ一人だ」
褒めてるのか貶してるのか、どっち。
でも、私という存在を認めてくれたのは、ほんのちょっとだけ嬉しい。良かった、と思える。
「…そういうの顔に出すな、って言われなかったか?」
「言われたけど、今は出さずにはいられなかったのよ」
「そう、それがお前だ」
「…よく分からないわ」
私は、そもそも自分が自分であるが故にこういう性格だと思う。変わっていないと言われれば、それはルーカス様が昔の『私』を知っているからだろうけど、そこは私にはよく分からない。
ただ、繰り返し死んで、またやり直して、を繰り返す前からもある程度、……そこそこ淡白な性格だったから。
やる気を無くしたのはあまりに繰り返しが多すぎたから、だけど。
駄目だ、考えれば考えるほどまた背中がむず痒いし、…落ち着かない。
「…あなたは」
「ん?」
「…ルーカス様は、いつ分かったの」
「何となく、最初から分かってた。本能的にだけどな」
最初から、という言葉に思わず目の前が真っ暗になりかけた。
だったら、どうして最初に誰かに言ってくれなかったんだろうか。
「言いたかったさ」
「…え」
心が読めるのか、という絶妙なタイミングでルーカス様は言う。
その声に、嘘の色は感じられなかった。あるのは嘘を言っていないと信じられるような、よく分からない安心感。
「まず気付いたのが俺一人だけ、でもそれはあくまで『何となく違う』くらいの感覚だったからな。という確証がないことは滅多なことは言えるわけがないんだ。恐らく俺が違いに気付けたのは、お前の婚約者で、お前のことを分かろうと思っていつでも必死だったから。しかし、あの頃俺は幼かったから、ある意味本能的にお前の魔力の質が違う、と何となく思った、ってくらいだ」
「でも、婚約者だからこそ気付いた、とか…言ってくれれば!」
「言ったところで、何にもならない。ルクレツィアがルクレツィアじゃない、なんて言ったところで、当時の俺が婚約を嫌がって逃げるための嘘だ、と長老たちは間違いなく決めつけたはずだ。俺の年齢が年齢だったからな、多感な時期だから、で終わらされたはずだろうよ。長老共、子供の言うことには耳を貸さないことで有名だ」
「長老…?」
……そういえば居たわね。私がこちらに帰ってきたとき、やたらと挨拶をしたがったおじい様たち。アレが長老、という人たちかしら。
本物、本物とまるで崇拝するかのごとくこちらに擦り寄ってくるかのような人たちだったから、こっそり避けていたけれど…話を聞いている感じだと、恐らく国の重要な役割を担っている人たちなんでしょうね。
「そして、ようやくダイアナ様がようやく気付いて知らせを出した途端、手のひらを返したようにルクレツィアだったアイツを追い出しにかかろうとしたジジイどものことは、何があろうと信頼したくない、というのが本音でもある」
「はぁ…」
「何だ、その気の抜けた返事は」
少しだけ拗ねているような、不思議な、…いいえ、何ともいえない表情でルーカス様はこちらを見ている。
「結果的に、こちらにいた『ルクレツィア』はどうやって戻ることになったのです?」
「ほぼ長老たちによる追い出しだ。とはいえ、表向きはダイアナ様が『ルクレツィア』を連れて、正しき王女であるお前を迎えに行った、ということになっているんだよ。その方が見栄えがいいからな」
「あぁ…」
なるほどね、と思う。
あの子が急いで戻りたがった理由は、そういうことだったのかしら。偽者だと罵られることに慣れていなかったから、慌てて逃げたようなものね。
そして、私という本物を早く連れ帰らなければ、というダイアナ様の焦りと、長老たちから力づくで追い出されるくらいならば早く元の世界に戻りたい、という二つの思い。
色々混ざりあって、そうして、あのとんでもなく早い帰還劇だった……というわけね。
色々なものが、ようやく繋がり始める。
それならそうと言ってくれれば…いいや、説明できる時間なんて無かったけど、だからといってはいそうですか、なんて簡単に納得できるわけないし…。
……ダメだわ、頭がクラクラしてきた。
「おい、ルクレツィア大丈夫か?」
「大丈夫だと思います?」
「…悪い」
「いいえ」
一人になりたい、という思いがあふれてくる。
この人には感情を出してもいいのだと本能的に理解していても、駄目だ。
今は、一人が良い。放っておいてほしい。
「ルーカス様」
「駄目だ」
「隣にいないようにするから」
何が言いたいのか、分かっているみたいだった。
家族だった人たちも、こちらに戻ったときから世話を放棄した使用人たちも、こんなに私が思うことや言いたいことを理解してくれる人なんていなかった。
ダイアナ様は本能的に理解しようとしてくれていて、ルーカス様はもうとっくに理解してくれて、いる。
「……じゃあ、ちょっとだけ……一緒にいてください」
ぽつ、と呟いた私の言葉にルーカス様は頷いてくれて、そしてまた一緒に歩き出す。
死にたい思いはもちろん変わらないけれど、でも。
今だけは、少しだけ頼りにしたかった。




