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②放っといて

 あぁ……何て快適な睡眠だったんでしょう……。こんなに長く、しっかりと、そして静かに眠れたことは今までほとんど無かったわ!

 誰も起こしにこないところを見ると、私に対しての世話の放棄も開始したみたい。


 そして、昨日はいくら時間が経とうと夜食も何も、私に持ってきてくれるなんていうことはなかった。


 泣きわめくほどお腹も空いていないし、王太子妃教育が上手くいかない、もしくは、確認テストで悪い結果を取ってしまうと結果が侯爵夫人に早々に伝えられ、激怒した夫人が食事抜きを命じることもあった。

 一食や二食、何なら丸一日の食事抜きは当たり前。なので、これくらいは慣れているし、何の問題もないの。


 でもね、メイドの皆様方。世話放棄をするとしても、せめて水くらいは持ってきてほしいものよ?最低限の生命維持には必要なんだから。

 あと、生活にも困ってしまうじゃない。

 私の魔術属性が水だったのが幸いしたかしら。水には困らないし……さすがに喉が渇いてしまったわね。はしたないけれど、喉の渇きはどうにかしないと。


「『命を育む母たる水よ、ここに』」


 ぱぁっ、と眩い光が溢れ、手のひらの上に水が現れる。零れないように、とゆっくり飲んでひと息つくけれど、全然足りない。

 食事抜きには慣れているけど、水だけはちゃんとあったんだから!


「うっかりしていたわ……」


 交換されていない水差しがサイドテーブルにあるのだから、これに水を貯めておきましょう。

 グラス……も、交換されていないところをみると、本格的に私への何もかもが放棄され始めたことが分かる。

 ……って、私、そうじゃないのよ。冷静に考えなければ。


 何もされないまま一日経過しているんだから、雑菌でも溢れていたらお腹を壊してしまうわ。お風呂にも入りたいし、あぁ……思ったよりやることも考えることも多い。


 けれど、今から死ぬまでは自分の自由に、やりたいことを何でも出来てしまうのよ!


 侯爵閣下は早々に王宮へと向かってくれているはずだし、私はもう用済みの存在ということが、夕飯も用意されていない、メイドも誰も来ていない、更にはお部屋の掃除もされていないことからも明白。

 私、昨日はあれからずーっと部屋にいたけれど、誰も様子伺いに来なかったんだもの。


 と、いうことはもう何も気にしなくても良いということね、と……考えていたら、激しくドアをノックされた。

 一体誰が?と思いつつ、ドアを開けることなく問いかけた。


「どなたでしょうか」

「ルクレツィア!開けなさいよ!」

「開ける理由がないわ。どうぞ、お引取りを」

「は?!」


 言いながら、私はそおっと手を伸ばして、なるべく音を立てないように気を付けながら、内鍵を閉めた。外鍵はあるけれど、それは私が王太子妃教育から脱走しないように両親が勝手につけたもの。

 ちなみに内鍵は、内側からしか開かないので外からはどうにもできない。

 ドアを壊されたらどうしようもないけど、そんなことをしようものなら修理業者を呼ばなければいけない。体面しか気にしないここの皆さんは、ぜーーったいにそこまでやらないわね。ふっふっふ。……あら嫌だ、私ったらはしたない。


「ちょっとー!!もう、お兄様ぁ!!ルクレツィアが!!」


 あぁ、あの子はお兄様を頼るのね。

 頼ったところでお兄様は私には無関心、なーんにも解決なんかしないだろうけど……どうするつもりかしら。


 私は割と能天気に考えていた。そうしたら、あらびっくり。

 ロザリアが離れてから一時間もしないうちに、ロザリアのノックとは比にならないくらいの激しいノックが。

 ……せっかくの読書時間を邪魔するだなんて……。


「どちら様でしょうか」

「開けろ!役たたずの愚妹!」

「嫌です」

「お前に拒否権なんかないんだよ!ロザリアにも、殿下にも迷惑をかけた役たたずで厄介者の分際で、この俺に口ごたえをするのか!」

「はぁ……」


 あ、そうだ。


「ではどうぞ」


 名案が思いついて、私は迷うことなくドアを開く。そして、お兄様であるエリオ゠ノーマンが憤怒の形相で立っている。……ごめんなさいお兄様、何一つ迫力がないわ。


「やっと出てきたのか!」

「はい。では、迷惑をかけた役たたずで厄介者は死にますので、どうぞ攻撃魔法でこの身を焼き尽くすか、切り刻むかしてくださいませんか?」

「…………え?」

「さ、どうぞ。何なら首を切断していただくのでも構いませんし」


 深々と頭を下げ、首を切りやすいようにと項を見せた。


「え、あの、ルクレツィア?」


 あら、ロザリアもいたのね。お兄様が無駄に大きいから見えなかったわ。私は今下を向いているから尚更見えていないのよ、ごめんなさいね。悪いとか思ってないけど、私。


「ま、待ってよルクレツィア!私、貴女に死んでほしくなんか!」

「そうだ!それに、どうしてそんなことを!」

「え?今仰ったではありませんか」

「何を!」


 ……いやだ、お兄様ったらお若いのに痴呆かしら……お可哀想……。


「私は、迷惑をかけた役たたずで厄介者なのでしょう?」

「………………………あ」


 今、思い出したらしい。

 お兄様、ご自分の言ったことくらい覚えていていただかなければ困ります……。

 はぁ、とため息を吐いてから、ゆっくりと顔を上げて、私はお兄様を見上げた。


「それに、私は一応……王太子殿下の婚約者ですし。王家の諸々を知った私など、生かす意味はありましょうか?」

「……え……?」

「ささ、お早く」


 そう言って、私はもう一度頭を下げて項を見せた。


「お兄様、首を切るならひと思いにお願いしますわ。無駄に苦しみたくはありません」

「ま、待て、何でそこまで……」

「……えぇ……殺していただけないんですか……?」


 どうやら私が本気だと知ったお兄様は、怖気付いてしまったご様子。

 嫌だわ……………………私、物凄く本気なのに。

 だって、死んだ方が色々楽なんだもの。どうせ今回だって二十歳でやってもいないことを断罪されて死ぬのでしょう?

 なら、十五歳ではあるけれどもう死にたい。死ぬのが今か五年後か、ただそれだけの違いというだけ。


「……殺せないなら、もう放っておいていただけませんか?」

「何でだよ……」

「殿下もロザリアも、お互い想いあっているならば、その二人が結ばれればいい。そうしたら後は私が要らないから殺せばいい、それだけのお話でございましょう?」

「そんな……こと」


 ない、とでも言いたいのかしら。……変な人。

 あなただって、私を不要だとずっと言い続けていたのに。私が死にたい、って言ったらこうして狼狽えるだなんて。

 この人が私を殺してくれないなら、お父様にお願いして、早々に食事に毒でも混ぜていただいた方がもっともっと早いのかしら。


「あなたが私を殺せないなら、お父様や執事長にお伝えくださいな。ルクレツィアの食事に即効性の毒を入れて、早く消せ、と」

「や、やめてよルクレツィア!そん、そんなこと、そんなことしなくても!」

「ロザリアも何を言っているの?私が居なくなれば殿下と過ごせるのよ?」

「…………っ!」


 どうして、この子まで傷ついた顔をするのだろう。

 昨日はあんなにも私を嘲笑ったのに。


「……とにかく、殺すなら早くしてください。そう、侯爵閣下にもお伝え願います。さよなら」


 そう言い残して、私はするりと自室へと逃げ込んだ。

 内鍵をかけることは勿論忘れない。


 何回も何回も繰り返して私が学んだことだもの。

 この家族は、私が必要ない。

 だから、私はもう死にたい。いなくなりたい。


 必要な人が、必要に愛されて、幸せに暮らしたら良い。

 不要な存在は、あなた達が望んだように消えて、いなくなる。ただ、それだけのお話なの。


 後で現れて、未練がましく縋りつかれるくらいなら……死んで何もかもが残らない方が、皆が幸せでしょう?


「ルクレツィア!」

「お願い、ルクレツィア!お話をしましょう!」


 あぁ、鬱陶しい。


「……面倒だなぁ、もう……」


 は、と知らず知らずにため息が出てくる。

 もう一度、言わなきゃいけないのね。


「放っておいてください」


 扉に近付いて、ゆっくりと、聞き取りやすいように言う。

 聞こえたらしく、ロザリアもお兄様も、ぴたりと静かになる。


「不要な人間なのだから、どうせ死んだところで悲しむわけもありませんわ、あなた方は。だからどうぞ、先程のことを侯爵閣下にお伝えしてくださいませ」


 さようなら、と付け加えてあげたら、ドタバタという足音と共に二人は去ってくれたらしい。


 いつかなぁ……私が死ぬのは。

 早く死んであげないと、殿下とロザリアの婚約の時期が遅れてしまうじゃない。


 そう思ってから、本棚にあったお気に入りの本を取り、また読み始めた。直後、はっと思う。


「まさか昨日誰も来なかったのは私が無意識に内鍵をかけたから……!」


 声に出してはみたけれど、違うわね。昨日は私、鍵に何もしてないんだもの。……さ、時間はたっぷりあるんだから読書をしなければ。今はたっぷり時間があるけど、死んでしまったら読書できるかどうか分からないんだものね!

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