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⑭知らないものは知らないし、堪忍袋の緒はとっても短い

 とりあえず、何か胃に入れたかった。もう目の前がぐわんぐわんと揺れている。

 固形物を入れるのは、多分……いいや、間違いなく無理。お腹が痛くなってしまいそうだから。

 私って……一応、普通に食事をしても、良いのよね?種族が違えど、食事は何らかの形で必要なはずだもの。


「ルクレツィア、食べたいものはある?わたくしたちの食事は、ほとんど人のものと似ているわ。えぇと……でも、スープとかの方が良いわよね……」

「そうしてもらえると、助かります」


 きっとダイアナ様は、お母様と呼んでほしいのだと思う。でも、今はごめんなさい。

 私にはあの夫人しか、母だという存在の記憶しか、今はありません。

 だから、何がどうなるのか分からない今の状態で、ダイアナ様を母だとは呼べない。


「誰か、来てちょうだい」


 ダイアナ様が手をぱんぱん、と鳴らすと呼応するようにふわりと使用人の服に身を包んだ女性が現れた。


「女王陛下、こちらが姫様でいらっしゃいますか」

「そうよ。色々あったけれどようやくこちらに戻せたわ。何か、胃に優しいものを」

「はい」


 ちらりと私の方を見て、ほんの少しだけ忌々しげに睨んでから去っていくその人。

 名前は知らないし、しばらくあの人を呼ぶつもりもないけれど、多分私のことが嫌なんだろうなぁ……と簡単に予想はできる。

 人間界にいた私は恐らく『異物』扱い。

 ここはそれほどまでに魔力が濃い。私はここで生きていけるのかもしれないけど、他の人からすれば『今までいた姫様がいなくなって、得体の知れない奴がここにやってきた』ということだもの。

 それくらい、理解しているわ。

 ……どこまでいっても、私は『邪魔』なのだと思い知らされてしまう。


「……死んでおけばよかった」

「……っ」


 呟いた声は、思ったより響いてダイアナ様の顔を曇らせてしまった。

 あの時、死んでいたら何がどうなっていたんだろう。

 私は、私のまま……いいや、恐らくこちらにいた、入れ替えられたルクレツィアにも何らかの影響が出てしまっていたかもしれない。それは、いけないわよね。


「……すみません。……ちょっと、いいえ……あまりにとんでもない展開過ぎて、頭が追いついていないんですよ……私も」

「……そう、よね」


 よろよろと私は立ち上がり、目に付いたソファーへと腰を下ろした。

 そういえば、今更ながらここはどこなのだろう。向こうからやってきて、繋がった部屋がここだったけど……。


「何度謝っても、わたくしの不注意故の結果が消える訳ではないけれど、謝らせてちょうだい。本当に、ごめんなさい……ルクレツィア」


 深深と頭を下げるダイアナ様。

 そんなに謝り続けられると、まるで私の方が。


「お前、女王陛下に何を強要している!」


 がしゃん、と食器が落ちる音がした。

 そちらに目をやれば、どうやらスープを持ってきてくれたらしい、先程の人。


「陛下、やはりこんな薄汚いものを元に戻すだなんて良くなかったのではありませんか?!」

「やめなさい」

「ですが陛下!」

「やめなさいと言っているでしょう!」


 …………。いや、その人の感覚が普通ですよ、と心の中でツッコミを入れてしまった。

 えぇそうですとも、すばらしい種族のあなた方からすれば、私なんて取るに足らないちっぽけな存在でしょうとも。


「大体、こちらにいたルクレツィア姫様はどうされたのですか!」

「あの子はあの子のいるべき場所に帰ったわ。そう望んでいたのは知っているでしょう?」

「わたしたちは!あの姫様が良かった!高貴な魂の色を持っていらっしゃって、尊敬しかできなかったというのに、この濁りきった薄汚い魂のゴミをどうしてこの神聖な場所に!」


 そこまで言わなくても、と思う。

 でも、もう何かどうだっていいや。罵りたければ罵ればいい。慣れているから。お好きなように罵るがいいわ。

 何を言われてもぼんやりとしている私を見て、先程から騒いでいた人がぎくりと体を強ばらせた。


「っ、な、なによお前のその目!」


 どうやら、私のあまりにやる気のない目が、その人を睨んでいるように思えたらしい。

 えぇもう好きに解釈して。私はね、人にイチャモンつけるだけの喧しい奴と喋るつもりはないんですよ……だって面倒くさいもの。

 私が何か言えばここぞとばかりにあれこれまた文句を付けるんでしょう?この人が喜ぶ正解なんて、『私』が何かを発しようとする限り何一つ存在しない。


 ──ああ、本当に面倒だ。


 死ぬ前に感じた無気力が、またとんでもない勢いで襲ってくる。


「お前がいなければ、そもそもあのルクレツィア姫様だって、ずっとここに居たのに!」


 この言葉には、さすがのダイアナ様も、怒りが爆発したらしい。

 目を釣りあげ、暴言ばかりを吐き捨てるその従者に、ダイアナ様が手を伸ばす。何をするんだろう、とぼんやり観察していたが、それがふと止まった。


「喧しい、こっちにいたルクレツィアこそ異物だろうが。ソレが、本物のルクレツィアだ」


 男の人の、声。

 低くて落ち着くけれど、声に乗っている温度は限りなく低い。


「……何をしに来たの、ルーカス」

「本来の花嫁が戻ったと聞いて、一応挨拶に?」

「ルーカス様、コレはルクレツィア姫様などではありません!」

「お前は黙りなさい!」


 ……五月蝿い。


「五月蝿い」

「あ?」


 ルーカスと呼ばれた人が、じろりと私を睨んだけれど、ぎょっとしていた。

 ダイアナ様も、私を罵っていた従者も、動きを止めている。


「入れ替えられたのにも気付かないで理由ばっかり並べて謝るだけ!私は戻ってきたくて戻ってきたんじゃない!」


 お腹がすいた。目眩もする。こんなこと叫んでる暇があるなら、あの従者が零したスープをもう一度運び直してきてほしい。

 でも駄目だ、止まらない。


「良いわよね、こっちにいた『ルクレツィア』は!色んな人から甘やかされて良い暮らしをして、皆から味方をされて!私は最悪でしか無かったわ!死んでは繰り返し、絶望しか無かったから死のうとしたのにその人は私を生き永らえさせた!それこそ余計なお世話だったわよ!」

「……ルクレツィア……」


 呆然とする従者と、ルーカスとかいう人。私の声はさほど大きくないはずだけど、じわじわと人が増えてきている。


「どうして死なせてくれなかったの!どうして生き永らえさせたの?!こんな惨めな思いをさせるため?!何よ花嫁とか!知るわけないじゃない、アンタなんかとは初対面なんだから!」

「は?!」

「知らないわよアンタなんて!その人が母親だっていうのも、本能では理解しているけれど、分かりたくなんかないわ!私が薄汚い魂のゴミ?!えぇそうでしょうね!だったらゴミはゴミらしく、ゴミ捨て場で野垂れ死んでやるわよ!場所を言いなさい!」


 言い切って、ぜぇはぁと肩で息を繰り返しながらその場にいる全員をぐるりと見渡す。

 そして、ルーカスとかいう人に手を出した。


「あなた、剣とか持っていないの」

「いや、何を……剣を貸したら何をするつもりだ」

「死ぬから、私の遺体を捨てればいい。それだけよ」

「ば、っ」

「馬鹿?えぇ、馬鹿で結構ですとも。アンタ、私みたいなゴミが花嫁でいいわけ?つい最近までこっちにいたルクレツィアを元に戻せば何もかも解決するわよ。そこのソイツもそう言ってるじゃない」

「あ、あのっ」

「何、死ぬならここじゃない所でってこと?どこよ」


 ガタガタと青ざめて震えている。

 自分の首を自分で切った私に怖いものなんかあるわけないでしょうが。

 ここの人たちはそれを知らないだろうけど、ダイアナ様が余計なことをしたから私はここに来てもなお罵られているんですからね。責任取れ責任。


 えぇ、私盛大にやさぐれおりますとも。それが何か?


 やさぐれずにいられるなら、その人にコツを伺いたいわ。

 口を開いたら暴言。あっちでもこっちでも、飽きないことですわね、本当に!


「ルクレツィア……お前、オレを覚えてないのか?」

「覚えるも何も初対面よ」

「おい……嘘、だろう」

「嘘をついたところで、私は何も得をしない」


 迷うことなく言い切った私を見て、ルーカスは呆然としている。会ったこと?ないわよ。会ってたら覚えているはずだわ。


 私の目から見て、ルーカスは所謂イケメンと呼ばれる部類に入る。

 少しつり上がった切れ長の目、瞳の色はとても綺麗な空色。髪の色はゴールドで、王子様と言われてもおかしくない。

 少しクルクルとしたくせっ毛だけど、つり目だから髪の毛が雰囲気を和らげてくれている。


「どうして……」

「……ふん」


 ふい、とルーカスから目を逸らせば次に視界に入るのはおろおろとしている従者。


「わ、わたし、は」

「貴方でもいいわ、さっさと刃物を持ってきなさい」

「そ、そんなつもりは、なかったんです!死んでなんか、そんな!」


 ……何ですって?

 ぶち、と何かが切れたような音が、私にだけは聞こえた。そんなつもりはない、とか続けようとしたんでしょうかねぇ、あの人は……。


「散々ゴミだのなんだのと人を罵っておいて、今更何?」

「あ、あの」

「吐いた言葉が元に戻るなら戻してみなさいよ!」

「ひっ!」


 この程度の恫喝で怯えるとか、どれだけ叱られ慣れてないのかしら。


「……ルクレツィア」

「……何でしょうか」

「部下の不出来はわたくしのせいよ。だから、少しだけ落ち着いてちょうだい。身勝手だといくら罵ってもいい、お願いします」

「……どうして、ですか」


 心の底から、分からない。

 愛情なんて、絵本の中でしかない夢物語でしょう。それを信じろと言うの。母親の愛は無償だとか言っていたけど、そんなの嘘だってノーマン家そのものが体現してくれていたのに。


「身勝手だとしても、わたくしは本当に貴女をただ、取り戻したかっただけよ」


 けれど、ダイアナ様の声に嘘は感じられなかった。

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