⑪嫉妬された理由
どうして、ロザリアが私に嫉妬したんだろう。
ロザリアは、両親の愛情だって、地位だって、美貌だって、愛嬌だって、何だって持っているのに。
私なんかにどうして嫉妬する必要があるんだろう。
「ロザリア嬢はね、妖精にこう話したそうよ。……ルクレツィアは、ずるい。ヒトとは違う寿命の長さを持つくせに、老いることがなく綺麗なままだなんて。とんでもないものが母親にいて、皆から愛されて。努力もしていないのに、無条件でいつも皆の真ん中にいるだなんて、とってもずるい、と」
王妃様から告げられた内容に、我慢していた吐き気が更に込み上げてきてしまった。
ロザリアの思考回路の意味不明さが、とことん気持ち悪い。あの子は、幼い頃からそこまでの歪さを抱え込んでいただなんて。
そもそも立場が違えば環境も何もかも違っているのだから、ロザリアと色々違っていても何もおかしくないのに。
「っ、ぅ……」
「そしてロザリア嬢は、更にこう言ったんですって。うちの『ルクレツィア』は不細工で、誰からも愛されないハズレ。そんなハズレと愛されるべき存在を入れ替えてしまえば、みーんな私を讃えるわ。そして、全てを私が手に入れて、『ルクレツィア』なんか皆から蔑まれれば良いのよ!……何ともまぁ、頭の悪すぎる発言よね」
「……心の底から、意味がわかりません」
うぷ、と喉元まで出かかったものを必死に飲み込み、はー……と私は大きく息を吐いた。
落ち着け。
大丈夫。
けれど、たかが人が望んだくらいで妖精がそこまで親切丁寧に力を貸し与えてくれるものなのかしら。
妖精は御伽噺の中にだけ出てくると思っていたけれど、実際にいるのね。可愛らしい絵で描かれていたけど、本性はそうでもないということが、今嫌という程理解出来てしまったわ。
「そして、妖精は取り替えを行ったの。聞いたことあるでしょう?チェンジリング、って」
「はい。で、でもあれは、人間の子供を取り替えること、で……」
「そう、普通はね。けれど妖精には協力者がいた。そして、妖精はここぞとばかりに、普段ならば成し得ることはない『魂』の取り替えをやったのよ。ロザリア嬢という協力者と共にね」
「そん、な」
「そもそも種族が違うもの同士の魂の取り替えなんて上手くいくはずがない。だから、歪みが生じたの」
「歪み……?」
「魂は定着はせず、逃げようと何度も双方試みる。そうして歪みが発生し、何度も何度も繰り返しが行われ、二人の『ルクレツィア』はやり直しを強いられたのよ」
二人の、『ルクレツィア』。
人としての『ルクレツィア』と、私という存在の『ルクレツィア』。
名前がたまたま同じで、生まれた種族は異なっていて、けれど私はロザリアとたまたま同じ顔だったからここぞとばかりに入れ替えられた。
妖精の悪戯が加味されて、肉体ごとまるっと、ではなく『魂』が巧妙に入れ替え、られた……?
「じゃあ、十五歳から二十歳までの繰り返しは……。私が、何度も殺された、のは」
「ヒトの『ルクレツィア』が逃げようと試みたことによる歪みの発生と、本来の『ルクレツィア』を探し求める、貴女の本当のお母様が、密やかに貴女にかけていた護りの術が発動したことによる救済措置です」
「あれが、あんなものが……救済措置……?」
「一方だけが死んでしまうと、もう片方の魂の器が消えてしまうことと同義。そして、結果的には両方が消滅する。貴女のお母様は必死に本来のルクレツィアを探し求めていたわ。ただ……住む世界が違っているから、護りの術が発動してもあまりに気配が弱々しくて何処で発動したのかが分からなかったの。けれど、ようやく見つけた」
「あ……」
そうか、と思った。
あの時聞こえた声が、王妃様曰くの私の本当のお母様の、声なんだわ。
だから、あの人は私に生きることを願った。
でも……待って、元に戻ったら、こちらの『ルクレツィア』はどうなってしまうのだろう……。それを考えると少しだけ寒気もした。
自分の本来帰るべき場所がなくなってしまって、両親は罪人として牢にいる。双子の姉妹は大罪人として消滅する運命が確定している。
「あ、あの!元に戻ったら……こちら側の『ルクレツィア』はどうなるのですか!」
「わたくしが、保護いたします」
「王妃様……が」
「名前を変えてもらうことにはなるだろうけれど、その方が安全だとは思うの」
「そう、……ですよね」
は、と息を吐けばずしりと肩に何かがのしかかるような緊張感に襲われた。
『愛されて美しいということがずるいから』
『入れ替えしたら楽しそうだし、協力者がいるから普段なら出来ない入れ替えをやってしまえ』
こんな、得体の知れない願いのために、私と『ルクレツィア』は苦しめられたということなのね……。
「貴女たちに、辛い思いばかりさせてしまって、ごめんなさい」
「すまなかった、ルクレツィア嬢」
国王夫妻が揃って頭を下げるから、私は慌ててしまう。
国の最高権力者が頭を揃って下げるだなんて、そんなことあってはならないし、申し訳なさすぎ……は、ないか。
私は、ふとした疑問を口に出した。
「あの……すみません。向こうにいるルクレツィアは、割と最初から逃げようとしたのでしょうか……」
「ある程度は、向こうで穏やかに暮らしていたのだけれど……妖精がね、『こちらの姫様の場所を奪い去った不細工!身の程を知れ!』って怒鳴りつけたらしいの」
「え?ま、待ってください!入れ替えを企んだのも妖精でしょう?!」
「妖精にも色々いるのよ……」
はあぁぁぁ、と王妃様が極大の溜息を吐いた。それを見た陛下は、よしよしと王妃様の背中を撫でていらっしゃる。……どういうことなの。
妖精は恐ろしい、ということだけはしっかり分かるわ。悪戯(といえる生ぬるさではないけれど)がとても好きで、けれどものによっては主と認めたものに対しては忠誠心が強……い?
駄目だわ、理解できない。いや、理解したくない。
ロザリアの考えだって、理解できやしない。
いくら似ていなくても自分の姉妹を、しかも望んで入れ替えたら入れ替えたで私をここまで追い詰めることができるほど、あの人荒んでいたというの?!
それだけで済む話ではないし、何かもう……。
「救いようも何も無いわ……」
ぽろ、と私の口から零れた言葉を聞いて、王妃様と陛下は苦笑いを浮かべていた。
「当たり前ね。そして、ルクレツィア……改めてお願いをしても良いかしら」
「えー、と」
「死にたいのは、勿論理解している。でも、これを最後の一回としてカウントして、愛されてから……でも良くないかしら」
「……えぇ?」
愛される、とは。
果たして、『愛』とは何なのだろう。
多分、私が入れ替えられて、それなりに愛されてはいたと思う。
ただまぁ、繰り返し続けた年月の長さを考えてみてほしい。愛されたいとかいう思いは消え去ってしまうし、そもそも論として、よ。
私、誰に愛されるというの。
「……ルクレツィア、貴女からすれば『調子のいいことを言うな』と思って仕方のないことよ。けれど……どうか、お願いします」
王妃様が、深く頭を下げられた。
見ているこちらが、申し訳なくなるくらいの勢いで、深ーーく下げたものだから、思わず私は王妃様の元に少しでも近付こうとするが、ベッドに転がったままだったグラスがころころと転がり、そうして、ベッドから落ちた。
ぱりん、というグラスの割れる音に、陛下も私も、王妃様も、はっとした顔になる。
「……その、愛されるとか……そういうことは、少し……時間を、ください」
「…………っ」
「ファリエル」
何かを言おうとした王妃様の肩を陛下が掴んで、緩く止めた。
──ごめんなさい。
私は、分からなくなっているのです。
愛される、ということはきっと、幸せなんだろうと思う。けれど、あまりに多く、繰り返しすぎたんです。
だから、私の本当のお母様が私を愛したい、とかは……分からないんです。
きっと、私は愛されたいんだと……思う。確証はないけれど、『大好きだよ』って言って、ぎゅうっと抱き締めてもらいたいような、気もする。
けれど……想像ができない。
お父様、と呼んで侯爵に駆け寄れば『やかましい!』と突き飛ばされた。
お母様、と遠慮がちに呼んでみると睨まれてしまった。
殿下にだって、まともじゃない扱いしかされていない。
ロザリアにも、……あれ。そういえばお兄様とかいう人って、どうなるんだろう。
いけない、うっかりしていた。あの人の存在を綺麗さっぱり忘れてはいたけれど……まぁでも、知ったことではない。
私に対しての感情なんて、どうせ死体に湧いた蛆を見るかのごとく嫌悪感満載の目しか向けてこなかったんだもの。あら、例えが最悪かしら。
とはいえ、事実なのだから仕方ないわ。
ノーマン侯爵家が取り潰しとなるんだし、私はもうあの家とは関わりがなくなる。
『ルクレツィア』が、王妃様の保護下に入るのであれば……もう別に、どうだっていいや。
色々と、あっという間に考えてから、王妃様と陛下に改めて向き直った。
「大丈夫です、何日もお時間をいただこうだなんて、思っていません。……ただ、ほんの少し……気持ちをすっきりさせたくて」
「分かったわ」
ほんの少しだけ安堵したように、王妃様は頷いてくれた。
そして、微笑みを浮かべたままでこう、続けた。
「向こうにいる『ルクレツィア』が帰ってくる日、貴女も自動的にあちらへ帰るようになるけど、その心の準備もお願い出来る?」
色々考えていたけれど、結果的にこれに尽きてしまいます、王妃様。
本当に……心の底から……面倒くさい!




