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⑩私は、『何』?

 王妃様の迫力が凄くて、私は何度も首を縦に振っていた。ノーマン侯爵家の本当の娘って……。なら、私は何だったの……?


 そうよ。ねぇ、私は『何』?


 怖い。

 99回、わけも分からずただひたすらにやり直し続けて、希望も何もかも無くして死にたいと思って。

 ようやく死ねると思えば、次は『私』がノーマン侯爵家の娘ではない……らしい。


 ならば、一体これを仕組んだとされる人か何か、よく分からない存在は、私に何を、どうさせたいのだろう。

 疲れたのだからと諦めて、全てをあるべきところに落ち着けさせようとしてみたら、こうなった。それが良くなかったのかしら。


「……わたし、は……」


 ぽつ、と呟いた言葉の続きを、王妃様も陛下も待っていてくださっている。


「私は……『何』なのですか……」


 ぽたり、ぽたり、と涙が流れ、顎から落ちていく。

 これまで繰り返した年月を考えれば、『今』が最後なのならば……もう終わりにしたいと、願って良いのではないのだろうか。

 終わりは、早々に訪れてほしかったからこそ、『死』を選びにかかったのに、こんなのは。


「あんまり、です……っ」


 子供のようだと言われてもいい。

 私の目から溢れだした涙は、我慢なんかできるわけもなく、しばらく止まってくれそうになんかなかった。

 次から次に溢れる涙。視界は滲んで、ぼとぼとと落ち続ける。拭ったところでまた溢れてくるのだから、私は幼子のように何もしないままただ、そのままにしていた。


「もう、終わりに、した、かっ……た」

「えぇ、そうね」

「いやだ……」


 もう、嫌。


 絞り出すような私の声に、お二人とも困っていらっしゃるのが分かる。

 心から嫌だと思ってしまったから、終わりにしたかっただけよ。

 今までずっと耐えてきて、味方らしい味方もまともにいない、狂った世界の中をさ迷うようにして。

 死んだと思ったらまた十五歳の自分になっていて、五年間をひたすらに繰り返してきたのよ。ねぇ、『終わり』を迎えたいという私の願いはそんなにも我儘で、独りよがりなものなの?


「ルクレツィア、貴女は」


 王妃様が、嫌だ、と繰り返し呟きながら泣く私に、そっと語りかける。


「魂が、入れ替えられていたの」

「っ、……?」


 どういう、こと?

 王妃様が言っていることが理解出来ず、でも涙は止まってくれない。ぼろぼろと泣きながら、そして時折りしゃくりあげてしまいながら、私は王妃様へと視線を移した。


「な、ん」

「貴女の魂はね、本来その体に入るべきものなんかではないの」


 回りくどい言い方を避けたんだろうな、というくらいにストレートな物言い。


「ルクレツィア、貴女、これまでを思い返してみてわたくしや陛下に対しても少しだけ疑問を抱いたことがあるのではなくて?」


 ……指摘される通り、だった。

 王妃様が味方であると思っていたけれど、これまでを振り返ったあの時に違和感があったのは事実だもの。

 私の目の前にいる王妃様である時は、間違いなく私の味方だった。

 けれどそれは……数える程しか、……ない……?


()()()()は、必死に貴女を探したわ。見つけた時には陛下とともに貴女の一番の味方であろうとした。でも、味方でい続けられなかったの」

「……な、なん、で」


 ひく、としゃくりあげながら王妃様に私は問いかける。

 おかしいじゃない。王妃様はそれなら、最初から知っていたことに……?


 いいや、違う。


 最初からこの王妃様では……なかったわ。

 この雰囲気を持つ王妃様は……そんなに、いなくて……。


──情報量が多すぎるのよ、本当に……っ!


 頭の中がぐるぐると回る。巡る。思考がごちゃ混ぜになる。

 あぁもう何なの……?!


「意味が、分からないです」


 絞り出すように、私にはそれしか言えなかった。

 だってそうじゃない?

 いきなり『魂が入れ替えられていた』とか聞かされて、今さらあれこれ聞かされて、じゃあどうしろって言うの?


 端的に私に起こったことを教えてくれるのは良いけれど、じゃあ、私は何をどうしろというの。そもそも入れ替えられていたとか言うけれど、『私』は何?

 私のやってきたことは、何だったの?


「貴女に嫉妬したニンゲンのとある存在と、悪戯っこな妖精が手を組んだこと。これらが、貴女の『魂』を入れ替えた諸悪の根源です」


 また、王妃様は淡々と言う。


「ルクレツィア、怒るのは当たり前よ。けれど、今は話を聞いてちょうだい」


 耳を塞ぎたかった。誰よ、私に嫉妬したとかいう、その人は。

 そもそもまず!魂を入れ替えるとか禁呪でしょう?!

 叫びたいのを必死に我慢して、自分で自分の口を塞ぐ。

 水の入ったグラスを手放して、中身がばしゃりと零れたけれど、そんなことどうでも良かった。

 今までのやる気のなさがひっくり返る程の怒りが、悲しみが私の中で膨れ上がる。


「……貴女という存在に嫉妬したのは、ロザリア嬢よ」

「……………………は?」


 そんなことをして、何になるの?

 ロザリアが、私に嫉妬?ううん、私の存在に、嫉妬……?


「貴女の容姿と、本来の『ルクレツィア』の容姿は、全く違うわ。ロザリア嬢の本来の双子の片方の『ルクレツィア』はね、似ていなかったの。二卵性双生児なのだから当たり前なのだけれど、彼女はこう思ったそうよ」


 私とロザリアは、一卵性双生児では、ない。

 どうしてだかわからないけれど、その事実はすとん、と私の中に降ってきた。


「育つにつれ、お互いの見た目が異なってくる。当たり前よね、二卵性双生児なのだから。でも、アリソン夫人がこう言ったわ。『一卵性双生児なら、ロザリアと同じようにとぉっても可愛らしかったのにね』と」


 …………いや待って。やったのはロザリアだとしても元凶はあの夫人じゃないの!

 引き金を引かせる種を自分で撒いたってことでしょう?!

 …………馬鹿なの?


「ルクレツィア、言いたいことはよーーーっく分かるわ」

「あ」


 怒りがさっきまで溢れんばかりだったのに、呆れも膨れ上がってきた。

 そしてどうやら、それは王妃様と陛下には筒抜けだったご様子。お二人とも苦笑いを浮かべている。


「すみ、ません」


 手で口を塞いだまま、もごもごと私は謝罪する。


「いいのよ。ちなみに、魂の入れ替えは禁呪の中の禁呪。バレたら極刑どころか存在そのものの消滅がなされる大罪よ」


 ん?待って。


「あのう……ロザリアと殿下は、結婚させられたのですよね?」

「ええ」

「でも、ロザリアに関しては更にその……存在そのものの消滅が待っている、と」

「そうだね」


 お二人は交互に頷く。


「じゃあ、殿下は……?」

「ロザリア嬢と結婚させられ、一代限りの爵位を与えられて、諸々が落ち着いた頃にロザリア嬢という『存在』を消されてしまう。ロザリア嬢の『存在』の記憶は持ったまま、本人がいきなりいなくなるわけだ」

「え……」

「アッシュ以外、誰もロザリア嬢を知らない状況になる、ということだよ」


 途方もない罰、だった。

 死んだ方が楽になるような、そんな状況に殿下はなるのだろう。でも、助けてあげたいとは到底思えない。

 自分で選んだことの始末は自分でつけるしか、ないのだから。


「そんな罰を、誰が望んだのですか……?」

「貴女の、本当のお母様よ」


 本当の、お母様。

 そんなことが望めるくらいに、途方もない存在ということ……?


「ロザリア嬢はね、小さい頃にノーマン侯爵に連れられてやってきた王宮の図書館で、たまたま見つけたそうだ。禁呪が書かれた本を。だが、そんなものをたまたま見つけるなんて、有り得ないことなんだ。恐らく、この段階で妖精がロザリア嬢の心の奥底にある欲望を察して、見つけられるように導いたんだろう」


 陛下の言葉に、これまで思っていた『可愛い妖精』という思いは全てひっくりかえった。

 妖精はとてもイタズラ好き、とは聞いていたけれどこれではまるで、恐ろしいだけの化け物じゃない……。


「実際、禁呪が記された本は図書館の奥底、何重にも鍵がかけられた所にあるんだが……そもそも物理的な鍵しか掛けていなかったんだよ。これは王家の落ち度だ」


 本当にね。

 魔法で鍵かけときなさいよ、と思わず心で陛下に恐れ多くもツッコミを入れてしまったけれど、私はきっと悪くないわ。陛下の隣で王妃様が物凄いお顔をされているもの。


「理解はしているんだ。だが、そんな途方もない考えを持つ人が出てくると、どうして思える?……いや、これは一旦置いておこう。そして、ロザリア嬢は方法を、見つけてしまったんだ」

「魂を変えることで、肉体が引っ張られて容姿も変わる。そして、貴女の存在を妖精が教えてしまった」

「わ、私ですか……?」

「ロザリア嬢と貴女は、たまたま見た目が同じだった。だから妖精は面白がって途方もないひと時の力を、ロザリア嬢に与えたわ」


 妖精、とんでもないわね……。そんなことを仕出かして、でも彼らにとっては単なる『面白いこと』だったんですものね……。


「ロザリア嬢に妖精はこう言ったわ。『遠くの国で、全てに愛されている貴女と同じ容姿の奴がいる。今のブサイクの容姿からそれに変えてしまえば、可愛いものが増えるよ!』とね」


 か、かわいい、もの……?

 待って、本当に情報量が、多い。多すぎる。


「ファリエル、ルクレツィア嬢が」


 陛下が、混乱真っ只中にいる私を気遣ってか、王妃様を一旦止めてくださった。……良かった。私の頭がパンクするところだった。


「……続きは、また明日でもいい?」

「……」


 明日に、してしまいたい。けれど、ロザリアが私に嫉妬した理由を、まだ聞いていない。

 なら、明日に先延ばしにするわけには、いかない。


「もう少しだけ、聞かせていただけませんか。ロザリアが……私に、どうして嫉妬なんか、したのか……」


 吐き気が凄まじい。やる気だってそんなものとっくに出ていっていたけれど、無理やりにでも引き戻すしかないじゃないの……。

 死んでいたらこんなにも面倒なことには……いや、まさかの101回目が待ち受けていた可能性があるわ。私の本当のお母様とやらが、また無理やり引きずり戻したに違いない!


「王妃様、話を、続けてください」


 吐き気を抑え込み、私は改めて真っ直ぐに向き直った。

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