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寝ていた間の出来事

 離縁は出来ず、生き地獄とはどういうことなのだろうか。ルクレツィアはぽかんとしていたが、ファリエルとレイナード、交互に視線をやる。


「どういう、ことですか?」

「まず、ノーマン侯爵家全体で行われていた貴女への虐待行為が明るみに出たの」


 ファリエルの端的な答え。

 けれど、それはロザリアたちの生き地獄に関係があるような無いような、曖昧なものだった。


 しかし!今まで、一度たりともこんなことはなかった。

 虐待されていようが、世話の放棄をされていようが、婚約者が浮気をしていて家族公認だったとしても巧妙に隠され、誰に何を訴えたところでどうにも変わらず、ルクレツィアは最後に殺されて、また巻き戻る。

 それの繰り返しばかりで、もう嫌気が差したからこそ今回で『終わり』にしようとしていたのに、どうして今回に限ってあちらこちらから助けの手が差し伸べられるのか分からない。


「何で……」


 ルクレツィアへの虐めというか虐待の主導者は、母であるアリソン。それに続いたのは双子のロザリア、そして使用人たち。更には婚約者のアッシュまで加わっていたし、アッシュの側近までもがルクレツィアを嘲笑っていたほど。

 いやむしろ、どうして今までこれが隠され続けられたのか。


「順番に、話しましょうか」


 ファリエルは、ルクレツィアを落ち着かせるために優しく頭を撫でてくれ、背中を擦りながら語り始めた。


「ノーマン侯爵家の一部の使用人が、逃げ出したの。このままだとお嬢様のように殺されかねない。助けてくれ、と」

「…………あ」


 そういえば、とルクレツィアは思い出した。


「当たり前といえば当たり前なのよ。人が殺されかけた現場を近くで目の当たりにしたんだもの」

「それは、まぁ……はい」

「結果として、国から調査が入りました。ルクレツィア、貴女はまだ、あの時点でアッシュとの婚約解消はされていない。つまりは、王太子妃候補だったということ。そんな貴女を殺しかけた人のいる家を……いいえ、罪人を、野放しになどしておけないわ」


 逃げ出した使用人たちは泣きながらこう言ったそうだ。

『ルクレツィアお嬢様のことは、奥様や旦那様、ロザリアお嬢様だって散々馬鹿にしていた。だからといって自分たちまでもが馬鹿にしていい人ではなかったし、命を軽く扱うなどあってはならないことなのだ』と。

 ルクレツィアからすれば今更。だが、今回に限って全く違う行動をとっていた。これこそがルクレツィアを生かそうとしたのでは?とも考えたが、ルクレツィアはそれだけではないような気がしていた。


「罪人……」


 そうか、自分の母だった人や父だった人、ロザリアまでもが罪人となるのか、とルクレツィアはどこか他人事のように考える。


「そう、罪人」


 ファリエルはルクレツィアが呟いた言葉を拾い、繰り返すことで実感を持たせようとする。

 実際、罪人だ。ルクレツィアが王太子妃候補でないにせよ、人を殺めかけたのであれば立派な殺人容疑が成り立つ上に、アリソンは実力行使に出ていたのだから。


「ノーマン侯爵、侯爵夫人は今、牢に入れております。そして、貴女が気になっているのはロザリア嬢とアッシュのことかしら」

「は、はい」


 離縁ができないとは、これ如何に。ルクレツィアの頭の中には『?』マークが大量に浮かんでいる。


「この国の王族の伴侶の条件は、理解しているかしら。ルクレツィア?」

「え、ええと……『生み出すものを伴侶とせよ』……ですよね?そして、昔、聖域に火属性の方が入ったことで、女神様が苦しんで大火事になりかけたから、火属性は駄目になって……けほっ」

「ルクレツィア、ゆっくりで良いのよ」

「すみま、せん」


 目が覚めたとはいえ、ルクレツィアはほんのさっきまで眠り続けていた。

 喉に何かがつっかえたような感覚があり、小さく咳き込んでしまっていた。手にしていたグラスの水をゆっくり飲んで、喉を湿してからルクレツィアは言葉を続ける。


「ロザリアが、火属性だから……不適合、だったというわけ、ですか?」

「そう。まずはそれが何よりダメだったけれど、ロザリア嬢は『王家がルクレツィアを贔屓しているからだ』と抗議をしてきたの」


 何ということを、とルクレツィアの顔色はみるみるうちに真っ青になる。


「贔屓だけで婚約者になんか選ばれるわけがないのに……!?」

「そうよ。贔屓だけで可能なら、アッシュを早々に王家から叩き出してルクレツィアを養女に迎え入れるわよ」

「へ」


 思いもよらないファリエルの言葉に、ルクレツィアは目を丸くしたり顔色も青から普通に戻ったりと忙しい。

 しかし、ロザリアは一体どうして『贔屓しているからルクレツィアが王太子妃候補になっている』だなんて馬鹿げた思考回路を持ってしまったんだろう……と悩むルクレツィア。本人では無いから、いくら考えても理解できない。いいや、むしろ理解なんかしたくないのかもしれない。


「養女云々は置いておいても、ロザリア嬢の発言はあまりに…─ねぇ」

「あぁ。自分が選ばれることこそが正解なのだと言わんばかりで、聞く耳も持たなかったんだ」

「……す、すみま、せん……」

「ルクレツィアが謝ることではないわよ?」

「そうだ。それに、ロザリア嬢はどうやってもアッシュと結ばれるようにしてある。……先程も伝えたと思うが、結ばれても離縁できないようにしてから、ね」

「あの、それは一体どうして……」


 ファリエルとレイナードは一度顔を見合せ、またルクレツィアを見て、こう告げた。


「婚約者を代えろ、というアッシュの意思を尊重しただけだよ」

「ロザリア嬢も喜んでいたし、本望でしょう」

「ただし、」


 にこ、とレイナードは何かを企んでいるような顔で笑って、更に続けた。


「諸々説明して色んなことを改めて理解したアッシュが、『やっぱりルクレツィアが婚約者がいい!』と駄々を捏ねてしまったんだ」

「え」


 ルクレツィアの顔に、ぶわりと嫌悪が広がる。何なら全身で嫌だ、と叫んでいるような雰囲気すら、あった。


「大丈夫だよ。アッシュにはこう伝えたら大人しくなったから」

「え、えぇと……」

「王族たるものが自分の意見を変えて、振り回されるのは国民なんだ。お前は、そんな不義理な王族としてあり続けるのか、とね」


 もうどこからどう突っ込んでいいのか分からなくなっていたルクレツィアは、今までを振り返ってみた。

 確かアッシュはもう少し頭がいいはず……と思っていたけれど、そうではない。勉強はできた。だが、立場ある人としては失格としか言えない言動や対応の悪さ。

 ある意味ロザリアとはとってもお似合いだなぁ……と思っていたが、でも何がどうなって離縁禁止、とまでなるのだろうか。


「あの……」


 こくり、ともう一口水を飲んでからルクレツィアは思わず挙手をした。


「はいルクレツィア、どうぞ」

「離縁できない、というのは……」


 えぇとね、とファリエルは前置きをしてから、ゆっくりと話し始めた。


「ロザリア嬢とアッシュの結婚は認めました。その場で婚姻届も提出させました。二人は喜んでたけれど、ロザリア嬢は王族の伴侶としては不適格……何をやっても、天地がひっくり返ろうとも、ね。そんな人を伴侶として迎えるのであれば、王太子としての地位も剥奪、一代限りの爵位をあげるから早急にここから出ていって、と追い出すところなの」


 うふ、とファリエルは可愛らしく笑って、そこそことんでもないことを当たり前のようの言う。

 とんでもないが、アッシュとロザリアが選んだのは『愛』。王族の結婚はそれだけでは成り立たないことを理解した上での行動だろう、と判断された。

 貴族議会の場でもそれは議題として上げられ、『結婚を認める代わりに王族としての全てを剥奪せよ』という結論に至ったのだそうだ。


 それを告げられた二人は慌て、結婚は取り消し!ルクレツィアを王太子妃に!アッシュを王太子に!と叫びまくったそうだが、時既に遅し。

 書類はあれよあれよと承認され、アッシュには一代限りの男爵位が与えられることとなった。ロザリアは最後まで喚き散らしていたそうだが、そんなものが受け入れられるわけもない。


 ──事実上、ノーマン侯爵家は取り潰しとなったのだ。


 寝ている間にそんなことに……!とルクレツィアはぽかんとする。

 せめて自分も多少は何か言ってやりたかったような、そんな気がしなくもないが、もういいか、と早々に諦めた。だって面倒くさいから。


「……ノーマン侯爵夫妻は、どうなるのですか?」

「そうだなぁ、実の娘を引き渡してから王都からは追放、かな」

「ん……?」


 今、『実の娘』と言わなかっただろうか。否、言った。

 その娘はここに居ますよー、とレイナードに言いたかったが、ファリエルが一足先にルクレツィアの手を握って、こう言った。


「ルクレツィア、貴女がやり直していた理由も説明させてくれるわよね?」


 本命を逃がさない、と言わんばかりとファリエルの迫力に、思わずルクレツィアはこくこくと勢いよく首を縦に振り続けたのだった。

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