⑨そろそろ起きます……
出来ることなら目を閉じたままでいたかったルクレツィアさん
やっぱり、もうちょっと眠っていたいと思うのは、私が今回で何もかも終わりにしようと決めているからでしょうか。それとも、私が目を開くと、私の顔をじいっと覗き込んでいる国王陛下の、満面の笑顔を見てしまったからでしょうか。
「…………(たすけて!!)」
陛下が苦手というわけではないのです。多分。
でも、私はどちらかといえば王妃様との交流が多くてですね……あの、今、とてつもなく居心地が悪いのです。話したことがないわけではないけれど、何を話したら良いのか分からない上に、私多分、喋らなさすぎて声が……出ないの……。
「すまないね、ルクレツィア嬢。あぁ、無理に話さなくても……いや、しばらく眠っていたから声がうまく出せないかな?」
……私の心を読まないでいただきたいです……っ!
どうしようかと思っていると、さらに陛下はお言葉を続けます。……話せるには多分話せるけれど……声はカスカスに違いないし……そんな無様な姿を晒したくない!
「安心してくれ、ここには王妃の許可を得た上で入っているんだ。アッシュも何故か君に会いたいらしくて」
殿下を呼ぶですって?!そんなの嫌に決まってるじゃない!
いくら陛下といえど、そんなことはしないでいただきたいです!
殿下の顔を見たら、私、何をどうやってでもここから飛び出して、どうにかして死ぬ気で脱走します!!
思わず嫌悪感丸出しの表情で、ぶんぶんと首を横に振ってしまったけれど、落ち着きなさいと言わんばかりに、陛下はお布団をぽんぽん、と優しく叩いた。
「ルクレツィア嬢、落ち着きなさい。大丈夫だから」
「…………ぁ、い」
ようやく出てきた声はかすれていて、返事もすごく失礼なものだったかもしれないけれど、陛下は笑ってくれていた。
私は、これまでどうやって陛下とお話ししていたのか……正直、よく分からない。
今、うまく話せないのは、緊張があまりに大きいのが原因だと思っているけれど、陛下とは直接的に何かを話した記憶が、ほとんどない。大体は王妃様とばかり話していた。
あれこれ考えていると、陛下がすっと立ち上がった。
「とりあえず、一度体を起こそうか。ルクレツィア嬢はかれこれ一ヶ月こうしているから、体も辛いだろう」
そう提案してくれたのは、凄く嬉しい。
でも……一ヶ月、ですって?
目をぱちくりさせつつ何回も瞬きしてしまったのは、許してほしい。
一ヶ月もの間、私は眠っていたの?
その心の声に応えるかのように、陛下は頷いてもう一度繰り返した。
「時々起きて、一言二言ファリエルと話していたけど……うん。ルクレツィア嬢、君が、ほぼ一ヶ月寝たきりなのは間違いない。その間、ファリエルは回復魔法を維持したままだったんだ」
そんなに、傷が深かったの……?
……何だ、うまいことやれてたら出血死出来ていたのに……と思っていると、陛下が苦笑いを浮かべていらっしゃる。
けれど、待ってよ。王妃様はそんなにも魔力があったの?
私が考えていることが当たりなら、出来なくもないかもしれないけれど、そんな途方もないことをどうして私なんかに……。
いいえ、いくらなんでも一ヶ月維持というのは人でないとしても無理がある。
ならば、王妃様は魔法を維持し続けるために、魔力回復ポーションを使い続けた、ということかしら。
この前起きた時、王妃様から投げられた情報から推測するに、もしも私の予想が当たっていれば、王妃様はとてつもないお方ということ。魔力回復ポーションを飲みながらだと、普通の人間なら無理だけれど、王妃様なら出来てしまうのかもしれない。
……あぁ駄目だ……まだ頭がふわふわしている。考えが散らばってしまう。
どこから纏めようか、そう考えていると陛下は苦笑いを浮かべて私を見ていた。
どうしてそんなお顔をなさっているのかしら。
「ルクレツィア嬢、死にたい気持ちは理解できるのだが……そう急いてくれるな。君は、どうして繰り返し続けたのかも分かっていないまま、死にたいのかい?」
「……ぇ……?」
声を発したけれど、思うような音ではなかった。喉に何か張り付いたような、嫌な感覚があるからどうにかしたいけれど……水ってあるのかしら。
……いや、私が生み出せば良いだけの話……?
でも私、今横たわってるから出せないし、出したとしても零れてしまう!
「ぁ、の……」
ダメだわ、声がうまく出てくれない。
どうしようか悩んでいたら、陛下はそっと背中に手を差し入れてから、慎重に私の体を起こしてくれる。
「すまないね、わたしなんかが君に触れてはいけないのかもしれないけれど、何かやりたいことがあるんだろう?」
こくこく、と何度か首を縦に振る。
きっと陛下はこれで察してくれるに違いない。
「良いよ、何かあった時のためにわたしはここにいるけれど、君の行動を規制したいわけではない。死ぬ以外なら、何をしても問題ない、ルクレツィア嬢」
「……ぁ、ぃ……が、と……、ご、ざ……ぁ、す」
「うん」
ありがとうございます。その言葉すらろくに発音できず、とてつもなく恥ずかしい。
でも、今は喉を潤したい。
「(水よ!)」
心の中で唱え、すくうように手のひらをお皿にしているところに、水がじわりと溢れてくる。
私はそれをこくこくと飲み、何度か繰り返す。
……水って……美味しい……!
繰り返し水を飲んで、はふ、とひと息ついたところで、改めて陛下へと向き直る。
「……先程は、お見苦しいところを、誠に申し訳、ありません」
喉は潤されたけれど、あまりに喋っていなくてつっかえてしまう。
でもそれを陛下は咎めることもなく、うんうん、と優しく微笑んで聞いてくれた。
「仕方ないよ。それに君はずっと寝たきりだったんだ。定期的に口の中を潤してあげていたとはいえ、こうして水を自らの意思で飲む、という行動はほぼ出来ていなかったのだからね」
「……はい」
陛下の言葉に、その通りだと理解はしているけれど、悔しさが込み上げてきて、ぐっとシーツを掴んでしまう。
「どうかな、少し落ち着いたかい?」
「……え、と……」
「ん?」
「今は……何が、どうなって、おりますか」
とても端的な質問だったと思う。
でも陛下は、察してくれたらしい。ふ、と微笑んだ目の奥に、密やかに怒りが見えたのはきっと見間違いなどではない。
「……陛下」
私は、深呼吸をしてから、もう一度陛下を呼ぶ。
「陛下、教えて、ください」
つっかえそうになりながら、それでも必死に訴えかける。
そんな私を見て、陛下は少しだけ物騒な笑顔のままに口を開いた。
「良いよ、教えてあげよう」
そうして陛下は、ベッドサイドの椅子に座り直して、グラスに注いだ水を私に差し出してくれた。
「後で、薬草茶を持ってこさせようか。一ヶ月飲まず食わずだったんだから、ルクレツィア嬢はわたしの話を肴に、ご家族の話を聞くといい」
「……え」
「王妃がね、とても怒ったんだ」
にっこり、と擬音がつきそうなほど満面の笑みを浮かべた陛下。
何となく、あの人たちの話をされるのだろうと予想は出来ていた。でも、王妃様がそこまでお怒りになるような出来事が起こってしまって、多分、取り返しがつかないほどのことが発生していたのだろう、ということ。
グラスを両手で持ち、ちびちびと水を飲んでいく。
あれ、さっき私が生み出した水と味が違う……?気のせいかしら……?
そんなことを考える私をよそに、陛下はゆっくりと話し始めた。
「少し、長くなるからね。……結果的に君が王妃から与えられた情報のことにも関係してくるから、ほんの少し心の準備をしていてくれ」
「……はい」
頷いて、陛下の言葉を待つ。
「さて、まずはロザリア嬢と馬鹿息子の話から、といこうか」
とっても愉しそうに陛下は話し始めた。