⑧情報量が多いのです
「う、ん……?」
眩しい……?
おかしいな、私、あの光の中では眩しいだなんて、思わなかった。
そうしたら、今の、これは……この、状況、は……。
「ルクレツィア……?」
「……おうひ、さま……?」
駄目だ、声がかすれている。うまくしゃべれ、ない。
王妃様が、私のことを呼んでくれている、のに。
「ルクレツィア、無理はいけないわ。まだ、もう少し眠っていていいのよ」
「……ほんと……?」
「えぇ、本当。目が覚めたのは喜ばしいことだけれど、今は絶対に無理しちゃいけないわ」
……そっかぁ、無理しちゃ、いけないんだ。
こんなこと、誰にも言われたこと、なかった。
自然と目尻から涙が流れる。
あれ、わたし、こんなに泣き虫だった……?
泣いちゃいけない、って思えば思うほど、ぽろぽろ溢れてくる。止まらない、これは止めなきゃいけないのに。
「っ、ひ、………っく、………ぁ…………あぁ………」
「よく頑張りました。もう、いいの……我慢なんかしなくていいの……!」
「うぁ…………」
うまく声が出ない。うめき声のような、みっともない泣き声と、きっとぐしゃぐしゃであろう私の顔。
もしもあの家で今のような状態を晒してしまえば、皆から指をさされて笑いものにされていたに違いない。
もういい、もう我慢しなくていい。
王妃様、私は、頑張れたんでしょうか。
「大丈夫よ……もう何も怖いことも、痛いこともないわ……」
「ぁ、う……」
「なぁんにも、心配いらないのよ……可愛いルクレツィア……」
慈しむような柔らかい眼差し、ウットリするような程の綺麗な微笑み。
そういえば……王妃様のお顔を……こうしてじっくり見るのは初めて、で……。……あれ?
「………あ」
「なぁに?」
「目、が……」
色が、違う。
王妃様の、目の色は……深い青だったのに。どうして今は、翡翠色なんだろう……。
「貴女を助けたいがために、ちょっとだけ……色々解放しているから、かしら。元々のわたくしの目は、こちらの色なのよ」
「ぇ……?」
だって、そんな。その翡翠色は、王太子妃教育で習った……でも、そんなわけない。王妃様は……ファリエル様は。
どくん、どくん、と鼓動がやけに響くような感覚が襲ってくる。
翡翠色が発現するのは、『血』の持ち主だけ。
そもそも、王家に嫁ぐことができる資格を持っているのは、少なからず『生み出す』力を有している人だけ。
私が使える魔法の属性は、『水』。
全ての命の根源にして、人の体の半分以上を占めるといわれているもの。水がなければ植物は育たない。人だって死んでしまうし、動物も言わずもがな。
王太子妃候補に選ばれていた他の令嬢だって、大地を育む『地』属性だったり、『風』属性だったりしたからこそ、選ばれている。
王妃様は人のはずよ……。けれど、元々の目が、翡翠色……?
だとしたら、私は何かとんでもない勘違いを……?ううん、今までの99回で、王妃様の目の色は間違いなく深い青だった。
「どう、して」
「それも含めて、全部話してあげる。ルクレツィア、貴女は聡い子だからわたくしの目の色の話とこれまでの王太子妃教育で得た知識で、少しずつ想像ができてきているのではないかしら」
あくまで、想像。けれどもし、もしもこれが……合っていたならば、ロザリアが王太子妃に選ばれない理由も、私や他のご令嬢が選ばれた理由も分かる。
その可能性がある人を王太子妃候補にして、恐らく一番安全であろうこの王宮に留めた。
選ばれた人がハズレであったとしても、王宮に留まりそのまま働く人が多いと、勉強の合間に私も聞かされた。
例えば、側妃として残る。もしくは王妃付きの女官となり、良き縁を得て後に退職なさる。
もし実家に戻れなくとも、実家に関しては『王太子妃候補を輩出した家』として、評価がはね上がる。
本人だって、『王太子妃候補であった令嬢』として、色々なところで引く手数多という存在になるけれど……じゃあ、所謂『当たり』だった人は……ええと、あれ……。
目が覚めて、現実世界で色々一気に考えすぎたのかしら。
ベッドに横たわっているけれど、ぐっと背中の方からベッドの中へと沈み込むような、気持ち悪い感覚がやってくる。
あ、駄目だ。これはまずい。
続いて、視界がじわじわと白く、明るくなってくる。
眩しいから目を閉じないと……そう思いながら、耳鳴なりのようなものが耳の奥からずん、と響いてきてしまう。
「ルクレツィア!」
王妃様は、とっても大きなお声を出したに違いない。
ごめんなさい、水の中にいるような感覚で、王妃様のお声が……うまく聞こえない……?
うん……駄目だ……周りの音が、きぃん、という耳鳴りにかき消されていく。
「……め、……なさ、……」
目を閉じた方がすごく楽な感じがしたから、私の体が望むまま、ゆっくりと目を閉じた。
途端に暗闇へと引きずり込まれていく。
きっと、私はまた眠るのだろう。
……ヒントは僅かだけれど……ほんのちょっとだけだとしても、自分の持っている知識からやってくる情報量、……多かったなぁ……。いや、多すぎたなぁ……。王妃様……一応私、怪我人ですのでその辺りはご配慮くだされば……嬉しかったなぁ……なーんて。
でも、一つだけ嬉しいこともあったわ。
これは私の性格が悪いだけかもしれないけれど、ロザリアと殿下の勝ち誇った顔が真実を知った途端に絶望へと変わっていくのが、確定しているのだから。
ねぇ、殿下。貴方は私のことがさぞかしお嫌いなのでしょう。私もです。
どんなに私が努力しても、貴方は何一つ受け入れてくれませんでしたね。いいえ、受け入れようとすらしてくれなかった。
最初から、私は、ロザリアの引き立て役として生きていたようなものなのでしょうか。
でも、家にとって『王太子妃候補を輩出したから』という理由だけで、とりあえず生かされていたけれど、ロザリアと殿下の馬鹿げた恋物語の成就のために、パフォーマンスとして、私は殺され続けたのでしょうか。
…………………ちょっとまって。
だんだんムカついてきたわ。
死にたい、これは変わっていない。繰り返されることそのものが、もう嫌なの。
これで終わりなのは変わらない。もう繰り返しなんて真っ平ごめんよ!
繰り返す理由が、『殿下とロザリアが結ばれて、二人が将来的に即位する』だとか、そういう理由だったらどうしましょう。
もう最後と私は勝手に決めているのだから、死ぬ方向に持っていっていたやる気を、別方向に向けるとか……?
…………駄目だわ、とてつもなくムカつく。
今はそれを考えるより、このまま一気に沈んでいきたい。
この暗い場所でもいい、また、あの穏やかな光の中で微睡むのだって、きっとすごく落ち着ける。
今はお休みしていい、って王妃様が仰ってくださった。
うん、そうしよう。お休みしましょう。
王妃様からの情報、嬉しいけれど何せ情報量が多すぎるの。(二回目)
今の私の精神状態であれこれ整理して、考えて、まとめて……だなんてやってらんないわ。無理よ、無理。
今回、色々と諦めていて本当に良かった。今までみたいな頑張る精神を出していたら、私は今よりも遥かにキャパオーバーしていたに違いない。
繰り返してまた目を覚ました瞬間の絶望は果てしなかったけれど、今回で終わりと決めたあの朝。
きっとあそこで、私の思考回路のスイッチは切り替わった。
殿下、ロザリアとなれるものならば、どうぞお幸せに。
きっと殿下もロザリアも、分かっていない。侯爵夫人だって、分かっていないんだ。
王家の婚約者として選出される人の、『条件』。
王太子の婚約者、王太女の婚約者。
例外無く、どれだけ高名な家だとしても『条件』に当てはまらないと、選出すらされない。
その『条件』について、高位貴族ならば当たり前のように教育されるから知っている。
けれど、侯爵夫人は知らない。あの人はお父様……いいえ、侯爵閣下と熱烈な恋物語で結ばれた人だけど、出身は男爵家。
それを悪いとは言わないけど、せめて侯爵家に嫁ぐならば勉強は必須だったのではないかしら。
……まぁ、私がいくら言ったところで夫人が聞くわけもない。
ロザリアは幸か不幸か、夫人にとってもそっくりだから、王太子妃になるための条件なんか興味を持たないままここまで育った。
私の婚約者だから、という理由で殿下に目をつけ、殿下もそれに乗っかってしまった。
何がどうなろうと、私にはもうどうだっていいこと。
王妃様が休んでもいいと仰ってくださったから、私はもう何を言われても『お好きにどうぞ』しか返さないわ。
ちょっとまって私、さっさと寝ましょう。そうしないと体力だって気力……は、回復しなくていいわ、しばらくやる気は家出しておいて。考えるの嫌なんだから。面倒なんだから!
と、ここまで長いような短い時間で一気に考え、もう良いと思った瞬間。
私の意識はまた闇の中へと落ちていきました。……無理は、本当にしちゃいけないわね。反省します。多分。