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①令嬢は別方向にやる気を出した

「もう、疲れてしまったわ」


 何度も何度も繰り返し、同じ終わり方しかない己の人生。


「希望を捨てたくはなかったけど、もう良いの」


 九十九回、ひたすらに足掻いた。もがいた。


「だって、どうせ私は捨てられるんだから」


 王太子妃教育も、その後に続いた王妃教育も、教育の次にある『公務』まで、しっかりやっていた。

 けれど、王太子が愛したのは私の双子の片割れ。


 同じ顔、同じ声、同じ体つき。


 同じような人生を歩んでいるにも関わらず、どうして私だけこんなふうに扱われなければいけないのだろう。

 誰に聞いても答えが返ってくるわけなんか、ない。


「もう……良いの」


 私、ルクレツィア゠ノーマンは呟く。誰に聞かせるでもなく、ただ一人で。


 記念すべき百回目のやり直しの朝、私は決めた。


『もう、諦めよう』と。


 良い子で成績優秀な王太子妃候補は、もう良い子なんかではなくなるの。その判断をしたのは王妃様。

 あぁ、でも少しだけ寂しいかもしれない。

 王妃様は、私とあの子の見分けが何故だかついた、とってもかけがえのないお人だから。


「惨めな、生活だったな」


 殿下は、私の双子の妹のロザリア゠ノーマンを一目見て好きになったらしい。

 いつもいつも、殿下が来訪した日の応接室には、私ではなくロザリアがいた。私が行くとロザリアは鬱陶しそうに、殿下は『あれ?何だ、やけに楽しいと思ったらロザリアだったのか』と悪気なく言う。


「……慣れてくると、いつしか嫌味に変わったっけ」


 呟きながら溢れてくる涙は、そのままに思い返していく。

 私、ルクレツィアの記憶の中にあるのは、王太子妃候補になったのだからと厳しく接してくる母と、ロザリアと母を大切にして私のことは政治的道具としか見ていない父。そして、私にだけは無関心を貫くお兄様と弟。

 私の家族と言える人はこれくらい。でも、これって家族なのかしら?

 繋がりなんか血しかない。私はどうでもいい、そこにいてもいなくても何も変わりはしないのだから。


 考えても自分が望む答えなんか出やしないのは分かりきっているけれど、どうしても考えずにはいられない。だから、私はこれまでひと握りの希望にかけて、頑張ってきた。


 私だって、家族に愛されたい。婚約者にほんの少しでもいい、関心をもってもらいたい。

『ロザリアじゃない方』なんて、呼ばれたくない。

 ロザリアは名前で呼ばれるのに、お前、とか、おい、とか。私は、玩具でもなんでもないのに、どうして?


 疑問ばかりが膨れ上がり、繰り返す人生にも、もう疲れ果ててしまった。


 何度も何度も願い、想い描いたことで、神様が力を貸してくれていたのかもしれない。

 あれはいつだったのだろうか。

 巻き戻る直前に『次こそは、大丈夫だから』という女性の声が聞こえたような気がした。気のせいかもしれないけど、たった一度のその言葉を信じて、私は無駄かもしれないやり直しを幾度も繰り返し続けた。


 その結果として、私はどう足掻いても二十歳で死ぬということだけは分かった。


 理由は、殿下による婚約破棄のせい。

 準王族として生きていた時間、得た知識を外に漏らすわけにはいかないから。

 だが、代わりの存在はいるから、もう不要であると声高らかにいつもいつも宣言されてしまって、毒杯を賜る。どうやってルート変更しようとしても、こうなる。

 やり直し始めるのがいつもいつも十五歳なのだから、これがどうにかならないかと思って足掻いてみたけれど、足掻き方が分からなくて、どうしようもなくなってしまった。

 運命に逆らおうなんて考えたから、神様に見放されてしまったのだろうか。こんなことを思うことすら、バカだと言われているようで、とてつもなく虚しくなってしまう。


 ──本当に、バカなんだ、『私』は。


 叶いもしない、有り得もしない奇跡になんか、やって来るはずもない未来になんか、縋るんじゃなかった。一縷の望みになんか、賭けるんじゃなかった。

 大損しかしなかったけれど、でも、これで最後。


 私は、何もかも要らないから、代わりにロザリアに全部あげよう。

 殿下も、お父様もお母様も、兄も。

 お付の侍女も、もういらない。

 婚約破棄が整うまで幽閉されていた間、自分のことは自分でやった。

 食事の支度はしたことはないけれど、あまりにも繰り返すものだから、身の回りは悲しいことにある程度出来るようになってしまった。だからこそ、決意できてしまった。


「終わりにするために、死のう」


 声に出すと、実感する。そして、嬉しくなる。

 婚約破棄でも何でもいい。死ぬ運命の日を変えてやるくらいの悪足掻きは、させてもらう。


 それに今日は、殿下が我が家にやってくる日だ。

 ちょうどいい。そう思うだけでじわりと心が熱くなる。


「まずは婚約破棄をお願いしましょう」


 屋敷の中が、少しずつ慌ただしくなってくる。

 殿下がやってきても、ロザリアが出迎える。そして、私の侍女は悪いと思いながらもロザリアと殿下の方がお似合いだからと、私を呼びに来るのは少し遅い。

 二人の仲を見せつけるように、ロザリアと殿下が笑い合っているところへと、私を案内するのだ。


 ──コンコン


 ほら、これもいつも通り。


 屋敷の慌ただしさがいっそう膨れ上がり、そしてほんの少し落ち着き、いつもの空気を取り戻してからしばらく経過して、ようやく私の部屋の扉はノックされる。


「どうぞ」

「お嬢様、失礼いたしま「いつもそうね」」

「え?」


 やってきた侍女は、私が彼女の言葉を遮ったことを不思議に思い、目を丸くした。


「殿下がいらしたのでしょう」

「……!」


 何故それを、と顔に書いている。いやだわ、この子にとってはいつも通りじゃない反応だけれど、結果としていつものことになることじゃない。


「いつもそう。ロザリアが出迎えて、二人の話が盛り上がったところで私は呼ばれる。おかしいわ……まるで皆、ロザリアが殿下の婚約者だという認識のようね」

「……?!?!」


 侍女は青くなったり赤くなったり、とても忙しいらしい。

 ……まぁ、そうよね。今までの私なら、きっとこんなにも言わない。『あら、殿下がいらしたの?』と期待に満ちた目で、彼女に案内されるがまま、応接室に向かって、勝手に失望する。それがルーティンだから。


「でも困ったわ、お父様にそれならそうと言わなければいけないわね。皆の願いを叶えて差しあげて、って。ロザリアもきっとそう思っているだろうから」

「あ、あのっ」

「さ、案内してちょうだいな。いつもの応接室だろうけど」

「……あ」

「聞こえなかった? 案内して?」

「は、い」


 可哀想だけど、でも、自分たちが撒いた種だものね……。

 真っ青な侍女に案内され、応接室へと歩いていく。


 聞こえてくる、楽しそうな笑い声。


 すれ違う侍女や使用人たちは、いつものように私を嘲笑う気満々だったのだろう。

 けれど、それはすぐになくなった。


 私が、無表情で、胸を張って、背筋もきちんと伸ばして歩いているのだから。


「(何で……?)」

「(知らないわよ……)」


 聞こえているけれど、無視だ、無視。


 きゃっきゃっ、と楽しそうに、扉越しにすら聞こえてくる笑い声。なんてはしたない。

 でも、良いの。私はもう、関わらないって決めたから。


「………っ、ど、どうぞ」

「どうも」


 コンコン、とノックをしてから室内に入る。

 私が入室したことにより、静寂が広がった。


「……やだ、ルクレツィアったら……そんなに殿下にお会いしたかったの?」


 ぷ、とロザリアは笑ってから殿下へと視線を向ける。その殿下はやれやれ、といった様子で肩をわざとらしく竦めてみせた。


「俺はお前になんか会いたくなかったけどな」

「やだもう、殿下ったら!」


 あっははは!と、お付の者まで嗤う。

 だが、どうやらようやく私の様子が違うことに気づいてくれたようだ。あれ?とその場にいる人たちが、様々に顔を見合わせている。


「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ」

「そうだぞ、ルクレツィア。さっさと何か言え!」


 やれやれ、といった様子で殿下は苛立ちを隠しもせずに言う。あぁ、やっと口を開いてもいいのか。


「殿下に申し上げます。婚約を早々に破棄して、そちらのロザリアと婚約の結び直しをどうぞ」


 淡々と、何の感情も込めずに言った言葉に、殿下……おっと失礼いたしました。

 アッシュ゠フェザリウス゠フルヴィア様は、ぽかんとされている。まぁそうよね、この前まで私はあなたに大層惚れ込んでいたのだから。


「な、に?」

「それだけです、失礼いたしました。私はお父様に申し上げてまいりますので、さようなら」

「ちょ、ちょっとルクレツィア!」


 回れ右をして、サヨウナラ。

 すたすたと歩き出し、振り返ることもなく扉を開いて次はお父様の執務室へ。

 今日は家で仕事をしていると知っている。だって、殿下の来られる日は大体、いいえ、間違いなくいる。


「失礼いたします」


 ノックをしてから声をかけると、『何だ』と不機嫌を隠さない、この家の家長であるシド゠ノーマンからの入室の許可がいただけた。

 ロザリアに対してそんな口調で話したことないくせに、私なら良いのか。まぁ、そんなものか。そう思って室内に遠慮なく入る。


「忙しい時だというのにわざわざ……!」

「それでは単刀直入に申し上げます。婚約者の交代をどうぞ、よろしくお願いいたします。ロザリアの方が殿下に相応しき令嬢ですわ」

「は?」

「私のことは、早々に追い出すなり殺すなり、何でもどうぞ」

「は?!」

「あぁ、王太子妃候補として教育されておりましたので、行き着く先は『死』ですわね。さぁ、ノーマン侯爵閣下、どうぞ早々にこの役立たずを殺してから、後は家族の皆様で健やかに末永く幸せにお暮らしくださいませ」

「な、なにを、いって」

「何を、って」


 はて、と私は首を傾げた。

 何でこの人、ショックを受けているのかしら。おかしいわ。


「私、この家の異物でしょう? 不要なものは居なくなりますし、ロザリアの方が殿下とも友好な関係を築けておりますし、何よりも……まぁ、お似合いではありませんか」

「いや、あの。は?!」


 あら嫌だ、執事長まですっとぼけた顔になっているじゃないの。しっかり引き締めてもらわないと困るわ。


「では、婚約者変更に関しては早々に、いいえ、早急にご対応願います。私は結果を聞くまで皆様に会わないように、部屋から出ないようにして過ごします。気が向いたら食事を運んでくださると助かるわ。別に餓死でも困りませんし……あぁ、何なら食事に毒を盛ってくださいな」


 それでは、と言ってから部屋を出る。

 あぁ……スッキリした!ここまで言ったら確実に死ねるわ!!


 スキップしたいのを堪えながら私は部屋に戻り、意気揚々と読書を始める。


 何故か、夕食へのご招待があったけれど、謹んでお断り申し上げました。

 夕食は、『家族』で楽しむものだと侯爵ご夫妻が申しておりましたしね。


 さぁ、私はいつになったら死ねるのかしら。

唐突に初めてしまった新連載。

書きたい設定だったんです!のんびりですが、よろしくお願いいたします!

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