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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅦ お悔み

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同じ顔をした知らない人間

「……ねえ、教えてよ。一体全体何が起きてるのか分からないの」

「…………まず確認したいんだけど、梧=ヴァネッサ=翼でいいんだよな?」

「言いたい事は分かるわ。みんな死んだ筈なのに……でしょ。そういう貴方は沙桐景夜よね」

 映画鑑賞の後、俺は数少ない生存者である梧ヴァネッサに連れられて階段の踊り場で問い詰められていた。

「俺は死んでないし―――どっちかって言うと向こう側だ。確認なんて要らないだろ」

「そ、そうよね…………」

 春のペットとかいうのは詠奈が無関心すぎて雑に指示を下した結果だろうから考慮はしない。詠奈に買われたからには指示に従うのがメイドの皆だが、抽象的にペットと言われても良く分からないだろう。

 見た所、梧の身体に特別妙な様子はない。怪我を負っている訳でもなし、それなりに丁重な扱いは受けていたと思える。ただ精神的にはおよそ健全とは言い難く、とにかく挙動不審な様子が目についてしまう。


 ―――状況を説明した方がいいんだよな?


 誤解も何もないが、こんなに混乱している様子の同級生を放置するのはどうかと思う。イジメに対する贖罪ではないけど、気づけなかったお詫びとしても教えるのが筋な気がする。きっとまともに尋ねても良いと思えたのが俺だけなのだから。

「何処から話したもんかな……えーと」

 映画に沿って話せば分かりやすいだろうか。しかし俺達が見せられた映像は実際のそれとは大きく違った。次の撮影とは撮り直しの事だったか。概ね流れは同じなものの、死亡キャストである彼彼女達の動きが大きく変わっていたのだ。やはり合意の上で行われるフィクションは円滑であり、想定外の動きなど微塵もない。作中でそう見えているだけであり、全ては脚本の中だ。

 勿論俺達が参加した方の映像も使われており、繋ぎ方が不自然になりそうな場所は暗闇やらアングルやらで誤魔化されている。主役は強いて言えば殆どカメラを持っていた春になるのだろうか。俺は脇役だ。途中から声だけの出演があったり上半身を暗闇で隠したりと別人がやっても問題ないような配慮がされている。声真似をしているのは誰だろう。

「まず……あの後、どうしたんだ? 俺は参加してないんだ」

「その前に、詠奈との関係を教えなさいよ! な、何なのよアンタは……」

「俺は…………詠奈に買われたんだ。好きな人として。話すと長くなるんだけど、俺達はどうやら両想いだったみたいで……」

 こうなった経緯を完璧に話そうとすると順序がおかしくなりそうだ。まず俺がたまたま道に迷っていた詠奈を助ける所から話が始まる訳だが、そこから話されても彼女は困るだろう。

「うーんと……まあ分かりやすく言うと俺は詠奈の奴隷だけど比較的自由にさせてもらってるんだよ」

「私が撮影してる時は何してたの? 裏方?」

「…………ど、どれくらい撮影してたか知らないけど……ま、まあその、一応恋人だからさ。彼氏彼女がするような事をしてたって事だけ」

 まさか口が裂けても子作りをしていたとは言えない。一般的に考えれば不純異性交遊なのは分かっている。俺も詠奈も高校生だ。相手方が只者ではないとしてもこの状況で余計なノイズは入れるべきじゃない。梧の混乱が更に極まってしまう。

「そういうお前は何をさせられてたんだ? 映画からは何も感じ取れなかったけど」

「……ふ、普通に映画の撮影よ。ただ撮影に時間がかかりすぎるようなら殺すって脅されながらね! 詠奈って何なの、偉いの!? みんな詠奈様詠奈様って言ってたけど……」

「―――お前って、春のペットのままか?」

「え、あ……ええ」

 自己申告だけでも信じるつもりだったが、梧ヴァネッサは袖を捲って手首に取り付けられた黒い腕輪を恥ずかしそうに見せる。

「首輪はやめてもらったの。その代わり、太腿と足首にもついてるけど……それがどうしたのよ」

「無罪放免のままだったら事情を教える訳にはいかなかったんだよ。命に関わる。冗談じゃないのは分かるだろ。俺も詳しくは知らないんだけど、詠奈はこの国で一番偉いんだ。総理大臣よりも偉い。警察よりも偉い。法律なんて関係ないんだ」

「何それ? そんな事あり得るの?」

「体育祭の時天候が勝手に変わったのもアイツがやった。映画撮影の時に雨を降らせたのもアイツ。誇張なんてしてない。世界一のお金持ちだ。文字通り何でもできるレベルのな」

「……」

 信じられないとは言うまい。証拠はあまりにも揃っている。平然とクラスメイトを殺した挙句、誰かを整形して代わりに仕立て上げた上で平然と登校している。それだけでも悪質な犯罪者に見えるのは間違いないだろうが、警察は詠奈を逮捕出来ない。

「アンタはそれを知ってて、何もしない訳?」

「じゃあお前は何か出来るのか? 俺は正しい人が好きなんて言わない。酷い生活から助け出してくれたあの子が、詠奈が好きなんだよ。そりゃ、誰も死なない方がいいのは当たり前だ。でも止められないんだから仕方ない。俺は特別扱いされてるけど……所有物な事には違いないからな。あんまり都合悪い事したら殺されるよ。お前だって死ぬのは嫌だろ」

「それは……そうだけど」

「お前の言う通り、俺は酷い奴だと思うよ。でもそれなら詠奈だってろくでなしなんだからお似合いだ。言う事を聞くだけだった人生に華を与えてくれたのはアイツで、俺は感謝してる。お前になんて言われようと、アイツの我儘に水を差す気はないよ」

 詠奈に出会わなければ、酷い人生のままだった。きっと誰とも出会えない人生が続いて、母親の傀儡として一生を過ごしていただろう。それが俺にとって一番の不幸だった。いや、あのままの人生ならそれを不幸と認識すら出来なかっただろう。詠奈は俺に価値観を与えてくれたのだ。

 まだ少し意識しないと、主体的に動くという事は出来ないけど。

「……そう言えば、不安にする訳じゃないんだけど。映画の撮影が終わったらもうお前は用済みにされるんじゃないのか?」

「え?」

 梧はぎょっと目を見開いて少しのけぞった。考えてもなかったと身体が言っている。

「お前はたまたま死ななかったから協力させられたんだ。これ以上は用済みになる気がする。具体的には文化祭が終わったら……」

「や、やめなさいよ! 脅して何の得があるの!?」

「脅してるんじゃなくて、不安なんだよ。誰も死なないならその方がいいって言っただろ。死んだはずの人間が隣に居たの……正直俺もぞっとしたよ。同じ顔の知らない奴が、本人を装ってるんだ。ドッペルゲンガーみたいにな。せっかく生き残ったんだし、お前にはそうなってほしくない」

 出来る範囲なら助けてやりたい。可能な限りは手を貸してみる。梧が助けを求めた訳じゃないけど、求められた時にはきっと手遅れだと思った。主体的になれて、俺も少しは成長しただろうか。




「梧。一緒に詠奈について調べてみないか? それなら多分、まだ延命出来る」





 

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