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貴方の代わりは幾らでもいる

 長い長い夏休みが終わりを迎えて、それから暫くの間はギチギチに詰まったカリキュラムが生徒を苦しめた。何でこんな事にと言ったって、詠奈が勝手に増やしたから仕方ない。教育水準を維持する為にはどうしてもこうしなくてはいけないとの事。

 別にこれ以外の手段もあるのだが、主に宿題が増える方針は多数の生徒からの反発があった。だからこれは俺達も合意の上での……苦しみである。

「……お、おはよう景夜君。な、夏休み大変だったよね。撮影がさ……」

「…………?」

「あ、ご、ごめん。えっとね、私は……」

「命琴なのは知ってるよ。同じクラスだし……隙あらば詠奈の傍にって感じだったから―――や、誤魔化すのはやめよう。イジメられてたのに俺は助けようとしなかった。すまない」

 一応理由としては俺が関与すると事情を知らない彼女達は間違いなく俺をターゲットにするようになり、俺が選ばれると彼女達が詠奈に捕捉されるという理由があった。だから仕方ない……とは言うまい。命琴も命琴で無抵抗というよりは詠奈を頼って逃げようとしていたし、何事も起きないようにしたかったら介入しないのが正解だ。

 とはいえ見過ごしていたのは事実。助けようと思えば助けられたのも事実だから、あんまり本人と面と向かって話したくはない。間接的な加害者として非常に気まずいのだ。

「え、あ、ううん。別にいいんだよ。詠奈ちゃんと仲良くなれたし……えへへ。それに、それにね! もう虐めないって英子が言ったの!」

「……何?」

「だからいいんだ、もうどうでも! あ、そうそう。えっと、話しかけたのはね、試写会に出演者を呼びたいんだって十郎君が言ってたの。私がたまたま近くに居たから言いつけられたって感じ……い、言ったからね。昼休みに視聴覚室ね!」

「あ、ああ」

 

「おーっす!」


 みんな何事もないかのように登校してくる。詠奈なんかよりもその景色は異常だ。映画の撮影で、クラスメイトが死んだ。同級生が死んだ。後輩が死んだ。ニュースにならなくても現実問題として人間が死んでいる。夏休みが明けたらある日何人か死んでいたなんてシャレにならないのに、日常は至って何事もなく始まっている。

「…………???」

 死んだ人間が蘇ったなんて都合の良い話はないだろう。それが既に科学的手段で可能になっているなら世界的ニュースになっている所だ。HRまでまだ時間がある。席を立って、詠奈に声を掛けようとした……が。詠奈成分に飢えていた男子に阻まれて近づく事が出来ない。大声を上げれば反応はしてくれるだろうが、そんな公衆の面前でする話じゃないのは俺も分かっている。

「……」

 それならば確認しようかと思った。HRが近いと生徒は必然教室に戻るから覗くだけだ。長期的な休みの後にある登校程怠い物はないから、遅刻をする生徒もいるには居る。だが映画に出演した人間が都合よく遅刻しているとしたらおかしいだろう。


 とにかく、この日常を否定したくて仕方がない。


 何事もない日々が続けばそれで良いと思っていたが、問題が起きているのに何事もないようにするのは違うだろう。命琴本人が気にしなくなっても俺のような間接的加害者は忘れるべきではないように、少しは気にするべきだ。嫌味で悪質な彼彼女も、誰かから見れば大切な友人だろうに。

 席を立ち上がろうとするとHRが始まってしまった。生徒としての規範を逸脱してまで確認する気は起きない。他に幾らでも確認する時間はあるのと、何事も起きていないように見える世界で異常の第一人者にはなりたくなかった。


 ―――梧は、生きてるよな。


 生存者は梧ヴァネッサと命琴の二人だけだ。命琴は途中退場したから生きていて然るべきだがもう一人はどうだ。同じいじめられっ子だった。命琴が目立っていたから目立たなかっただけ。

 もしも死んでいたら、流石に聞く権利くらいはある筈だ。出演者として。

















 夏休み明けの授業の詰まり具合を舐めていた。

 長期休暇と言えども自習を忘れてはいけないというのはこういう地獄に備えての先人の言葉だったか。諸般の事情で勉強をしてこなかったので大変だ。先生もこんな状況には見舞われた事がないのだろう。授業する様子がもう慌ただしい。

 休み時間は所定の通り存在するのに学校全体がせかせかと焦っているせいで生徒も感化されてせっかちになっていく。俺も気の休まる時がなかった。視聴覚室に呼び出されたのはある意味貴重な休息だ。ようやく一息つけると言った感じで、呼ばれたのも出演者だけだから雑多な空気からもおさらばだ。


「いやあ参ったなあ。撮影で疲れたのによお」

「ほんとほんと。学校やだ~」

「疲れた…………何なのよもう」

 

「え? え? え?」

 席は勿論最前列。当たり前のように座るキャストの皆に俺は困惑の声を上げていた。詠奈は隣に座っているがもう片方には士条未吉が座っている。話しかけられない。

「詠奈。お前は機器を動かした方が良いと思うけど」

「あら、うっかりしていたわ。悪いけど十郎、貴方が近いからお願いするわね」

「うわ……はいはい」

 詠奈はそもそも教室で囲まれていた時から上機嫌であり、夏休みを過ぎただけで色気が増したと男子から評判だ。十郎が逆らわないのはそんな彼女の美貌に当てられた……からではなく、彼もまた買われた人間だからだ。

 それはいい。敢えて遠くに座って関連性を疑われないようにしている八束さんや友里ヱさんについてもこの際問題じゃない。

「どんな風になっているか楽しみですね。僕はあまり期待していませんが」

「…………深紅君」

「茶々は入れませんよ。出演者なりに全力を尽くしましたから」

 同じ顔、同じ声、同じ体格。


 だが、知らない人だ。


 俺の知る最上深紅ではない。

 俺の知る神木雄大ではない。

 映画撮影の一環で死亡した人間に例外なく、あの時俺が会話した人間ではなかった。ドッペルゲンガーなんて方面には考えない。俺はこれと同じ現象を知っている。詠奈の影武者だ。

 彼らは全て似た顔に整形させられた別人であり、恐らく違和感を抱かれない程度には本人の演技を仕込まれている。俺に通用しないのは死んだ瞬間をこの目で見たからだ。死んでいないのは知っている限り命琴と梧ヴァネッサだけだが……

「…………さ、左京?」

「おう?」

「う、ううん。何でも……ないわ」

 明らかに様子がおかしい。彼女だけは映画の時のままなのか、それとも別人なのか……見分けがつかない。確かなのは怯えている事だ。途中退場してしまった命琴と違って、この状況自体を恐れているように見える。

「…………え、詠奈。トラブル色々あったと思うんだけど……な、何とかなったんだな?」

「ん? そうね。多少のトラブルは想定済みよ。想定しかトラブルしか起きていないとも言うわね。映画にどれだけ影響があったかは未知数だけど問題ないでしょう。学生の自主製作なりに頑張ったわ。好評にしろ不評にしろ、文化祭で見られるレベルだったら素敵ね」

「…………ぐ、グロ注意とかくらいはしておけよな。苦手な人も居るんだからさ」

「それは当然の配慮ね。幾ら素人監督だからって馬鹿にし過ぎよ景夜君。後は何? この映画は実話に基づいたフィクションですとでも表記するとか?」

「あ、う、うう……うん」

「君が心配する事は何もないわ。強いて言えば映画のクオリティ? それは保証しかねるわね。好奇心から始まった撮影だし……それ以外は何も心配しなくていいわ。さ、撮影時と何がどれだけ変わってるのかを確認しましょうか。そういう見方もきっと楽しめるわよ」

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