子供は国の宝
「詠奈様。お疲れ様でした。これにて本日のお仕事は終了でございます」
「これ以上は世の中が耐えきれないのね」
「そうですね。大した国益を産まなくとも今まで当たり前のように存在していた事業や法人です。詠奈様が暴くように仕向けたお陰で世間は腐敗を正す声に満ちています。後は流れでどうにかなるでしょう。下手な小細工は詠奈様の機嫌を損ねると分かっていますから」
王奉院詠奈は誰よりも偉く、またその影響力が多岐に渡る為に誰も逆らう事が出来ない。彼女に付き従う事その物が一番の利権だ。従ってさえいれば損はしない。民主主義を語る国だからこそ、ありとあらゆる人材に言う事を聞かせやすい彼女に勝つ事は出来ない。
そして個人情報の存在しない彼女の弱味は存在せず、それを無理に掘ればダメージを受けるのは彼女の権力で利権を通してきた政治家やそれに連なる企業だけだ。利害の一致で手を出さない間柄というのも存在する都合上、それすら反故にする可能性があるなら猶更、王奉院詠奈には手を出せない。
執務室のカーテンを閉めて、机の上に溜まった書類を片付ける。詠奈は大きく伸びをして、机と腰の距離を遠ざけた。
「夏休みに仕事なんて学生らしくないわ。宿題とかしたかったのに……景夜との時間も奪われて最悪」
「後は私にお任せを。夏休みも残り少ないですから、詠奈様は景夜様との時間を大切にお過ごしくださいませ」
「そう? それなら後は任せるわ。問題があっても私は関知しない。貴方には昔から世話になっているわね。そろそろ私も真面目に……貴方の願いを叶えるべきかしら」
ネガイ。願害。
人には誰しも自由はあるが、その自由が誰かを侵害する事は決してあってはならない。そんな常識すらなかった私に、王奉院詠奈は現実の枷をくれた。その首輪は―――奴隷の鎖自慢と呼ばれようとも、私に社会性を与えてくれた。
「復讐は終わり、私の人生は意味を見失いました。とうに死んだ人間の願いをわざわざ叶える必要はございません。時代錯誤も承知の上。生きる時代を間違えたのだとしても、願わずにはいられません」
手出し無用、口出し無用。純粋に二人の合意が交わされた真剣勝負の死合がしたい。勝つか負けるかは大した問題ではなく、ただこの剣を受け入れてくれる相手が欲しい。
悲しいかな、私が好きになった人は決まってその時代を生きている。勝負をしたとて欲求は満たされない。ただ斬るだけで満たされたならどれだけ良かっただろう。それなら十分生きる道はあっただろうに。
「……貴方が死ぬのは困るけど、死に場所を与えるのは私の役目よ。悔いの無い死をいつかあげる。きっと私が死ぬまでに用意するわ。それまでは犬で居て頂戴」
「……言われなくとも。ただ、まだ俗世を知り尽くしたつもりはございません。誰かが私を殺すまでにはもう少し知りたい所ですね」
「以前作ったお友達はお気に召さなかった?」
「……このような事を主人の前で言うのは気が引けますが、私には人の善悪が分かりません」
誰が良い人で誰が悪い人なのか。私には見分けがついていない。ついているように見えたならそれは近くに判断基準が存在しているだけで、何処か知らない場所に取り残されてしまったらきっと、誰を殺していいか分からなくなって全員殺してしまうだろう。
「景夜様が危なかったので見捨てました。ですがそれは善悪で判断したつもりはなく、飽くまで詠奈様からのご命令を受けての行動です。召すも召さぬも私にとっては良く分かりません。だから……その質問にお答えするのは難しいですね」
「世間知らずもここまで来たら物珍しいわ。でもそれが貴方なのよね八束。大丈夫、変わる必要なんてない。私が善悪の物差しになってあげる。貴方は言われた事をすればいいだけ。とっても簡単なお話。それとも自分の考えで善悪をはかりたい欲があるのかしら」
詠奈は席を立つと、私の顔を見上げて推し量るように目を細めた。
「………………一番の悪は、好きな人を斬りたいこの性根でしょう。確かな事はそれだけです」
「……私が買わなくても他の子は生きていたでしょうけど、貴方という人は本当に、生きるのが下手なのね。景夜との子供が出来れば少しは変わるかしら。ああでも、貴方が最初に妊娠するとは思えないわね。何となくだけど」
「…………私が、妊娠」
「現実味がないなんて言わないでね。私と景夜の快適な夫婦生活の為には円滑な出産が必要なんだから。経験者になってもらわないと困るわ」
「私は子供を斬りたいと思うでしょうか」
「………………さあ、それは分からないけど。実行するのはやめて頂戴。思うまでは禁止しないわ」
「仰せのままに」
「―――素直なのは良い事だけど、ここまで来ると少し馬鹿っぽいわね。でも私は嗤わない。いつも悶々としている貴方の苦労を知っているから。禁欲生活本当にご苦労様。いつか死に場所は見つけてあげるけど、景夜だけは斬らせないからそれは諦めてね」
「……………………」
「お、お待たせ」
「お、おう」
寝室は二人の部屋だ。ここで出会う事に今更恥ずかしさなど感じる筈がないのだが……
「―――私が言い出した事の筈だけど、恥ずかしいわね」
「き、気持ちは分かる。改めてこう、意識するっていうか……な、何でだろうな。身体を重ねるのって初めてじゃないのに……!」
前々から分かっていた筈だ。
夏休みの終わりには子作りをすると。
詠奈はその時の為にと予め用意されていたドレスを着て、ベッドの上に座り込んでいる。とにかく透けていて、丈も短く、隠そうとしても彼女のグラマラスなスタイルではどう隠そうとしても何処かが出てしまうようなドレスだ。制服姿の時はノーパンもノーブラも躊躇なく行うくせに、今日という日に限っては恥ずかしさからからドレスの下は下着姿のままである。
「で、でもしないってのも違うし……す、するよな!?」
「え、ええ。でも少し待って。心の準備が、流石に必要だと」
「詠奈!」
「きゃっ」
両手を抑え込むように押し倒して、天蓋に備え付けられたカーテンを足で閉じる。荒ぶる息を抑えきれない。なんで、この瞬間から一線を超える訳でもないのに、どうしてお互い緊張しているのか。詠奈は小動物のように震えて、俺を恐れているように見えるのか。
「景夜……目が怖いわ」
「きょ、今日から暫く……ずっと、俺の物だと思ったら……が、が、我慢が…………」
スク水とかビキニとかメイド服とかテニスウェアとか中学の頃の制服とか。本来の用途ではない衣装も大量に用意してある。幾ら破損してもいいように何十着も準備があるのが詠奈らしいというか何というか。
互いにその気が薄れないように持ち込まれたPCにはいつでもナイトプールでの痴態が再生されるようになっている。あの時、殆どのメイドと関係を持ってしまって腰が大変な事になったのに、身体を重ねる人数が違うだけで大体同じ事をやろうとしているのは何というか、俺自身に学習能力がない。
「い、いいんだよな? 保健体育でこういうの駄目って習った気もするけど、い、いいんだよな」
「責任を取れないのが駄目なのであって、取れるなら問題はない筈よ。後は君次第。私を孕ませる覚悟はある? 私の小さな体を物の様に扱って、ぐちゃぐちゃにする自信は? 雌の本能を捻じ伏せて、私を言いなりにさせる準備は出来た?」
がしっと詠奈の身体を掴んで、抱きしめる。何処にも逃げられない。逃がしたくない。唇を重ねて、約束を腹に括る。
「んちゅ……………………ん。んっ、ふ。いいわ。景夜。あの時公園で約束したみたいに私をお嫁さんにして。君に人生を捧げるわ」
「そ、それは……も、勿論。俺は最初から、お前に人生あげてるし…………貰うよ」
「………………せっかくだし、また言う?」
「え。あ、ああ」
それは夫婦の合言葉。
そして俺達の気持ちを象徴する月並みな、けれど真実の一言。
「「愛してる」わ」