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浄罪の権力

 詠奈が手遊びに動き出した事で世界は大きく変わっていく事となった。それは普段テレビを見ない(詠奈との寝室にテレビがない)俺にも分かる。

 ニュースで次々と発表されるNPO法人の闇。その資料がどれだけ杜撰か、そしてそれを支援していた人間にどんな経歴があったのかまで。マスコミが権力に靡くというならこれ以上はない総動員ぶりだ。十年以上続く悪行をまるで自分達が明らかにしたかのような物言いだが、これは全て詠奈による強制捜査によって発覚した事でもある。 

 資料請求に一切の妥協はなく、少しでも遅延行為を確認すれば獅遠と聖を使って強引に回収する。その際に起きるトラブルは警察全面協力の元握り潰される為、死人が居てもニュースから知る由はない。

 また、当初彼らの後ろ盾となっていた政治団体も詠奈の機嫌を損ねれば一発で道連れが決まってしまう。そこには規模や権力など関係なく、単に今まで詠奈を頼って来たツケが回ってきただけだ。あまり貸しを作るとこういう時に強く出れないのだろう。俺でも良く分かった。

「こ、こんな紙ぺら一枚で良く通ったな……?」

「行政の方にも問題があるみたいね。杜撰な審査しか出来ないようなら潰してもいいけど……」



「何卒! 何卒ご容赦くださいませ!」



 彼らから見ればあまりに突拍子もなく始まった詠奈の掃除は対応のしようがなく、権力で以てそれを糾弾する事も出来ない。何故なら彼女の権力はそれ以上に強大だから。互いに腹の弱味を握りあうのが政治であるなら詠奈には握れるような弱味が存在しない。

 それくらい彼女には個人情報が存在しない。人間とは思えないくらいに。

 急遽訪れて許しを請う人間も絶えないが、詠奈の答えはいつも同じ。

「お金とは国にとって血液よ。こんないい加減な会計をしておいて懐に収めるなんて随分自分に都合が良い論理をお持ちなのね。でもせっかくここまで頑張ったのだから処分か警察に逮捕してもらうか選ばせてあげる」

 大抵逮捕を選ぶから、テレビで報道が止まない訳だ。死ぬよりはマシと思っているのだろうが、逮捕から起訴まで逃れようがなく、判決が妥当でないと感じた場合詠奈の方から判決を変更させる事が出来る。




「こ、こんなに社会が混乱するのか……」




「え? 今更?」




 朝食室で獅遠と聖を伴って、俺達は詠奈の仕事ぶりを遠目から眺めていた。来客は全て八束さんと春が対応している。出入りを見るだけでも十分だった。

「警察好きに動かせたり勝手に倒産させられたりする時点で今更でしょ。景夜さん何を見てきたの?」

「そも、ここは民主主義の国です。美徳とされる行為は皆で話し合って納得出来る結論を探す事。その中でたった一人の権力が自由に探れるとなればこうもなるでしょう」

「そうなんだけど……こ、ここまでかあって」

 何処のニュースもこれしか扱っていない。大衆の目から見てもおかしいだろう。SNSを調べてもらうと、明らかにこの突然明るみに出た膿の数々を疑問に思う人間が多く居た。連鎖的に明らかになる政治家の不祥事と反社会的な組織の繋がりも、誰も何も守ろうとしなかったのかというくらい浮き上がってきて、純粋な人は社会の汚さに絶望しているかもしれない。

「だから詠奈様は動かなかったんだよ。自分が少し真面目に動くだけでこうなるって分かってたから」

「今は詠奈様個人の都合ですが、これが誰かの接触によって意図的に肩入れが起きたらどうなるか……想像に難くないでしょう」

 詠奈を通せば何でも通る。

 詠奈で阻めば何でも阻める。

 これが許されるなら民主主義ではない。どれだけ詠奈の機嫌を窺うかが上手いか。それが文字通り国の手綱を握る事に直結する。目で見て実感するとこれだけの恐ろしさがあるか。

「ニュースは黙らせないんだな」

「黙らせた方が都合が悪い事が起きているように見えるからでしょう。裏で起きるゴタゴタを処理したかったら表沙汰にするのが有効です。国を動かすのは政治家ですが、国自体は国民の意識の集合体ですからね。表ざたになった不正を咎めない国民は居ません……それがどんな秘密であれ、公になった以上は抹消されなければいけませんから」

「でも詠奈なら裏でも処理できそうだけど」

「景夜さん。それをしたら全面戦争だよ。詠奈様が負ける事は無くても事が大がかりになりすぎる。世の不祥事なんて所詮幾らでもあるんですから公開すればいいんだよ。不正を暴かれるのが嫌だからって国中の人の口を塞ぐのは無理だからね」

 寝る前は黙らせればいいと言っていたのに実際は塞がなかった……どちらをしても良かったという時点で詠奈の優位は揺らがない。権力に肩入れする事もせず誰よりも権力を持っている個人。

 それは明らかに社会を逸脱していた。

「新聞等でも号外として扱われている様ですね。一斉に明るみに出た事でネタとして取り扱いやすいのでしょうか」

「今日だけで政党が二つも消えて、都庁は機能停止に陥るんじゃないかってくらい人が居なくなりましたね。確かに大ニュースです。普通じゃあり得ない手段を辿って蔓延っていた不正が浄化されました」

 大規模な改革には犠牲は付き物だ。幾ら詠奈でもここまでやってタダで済むとは思えない。アフターケアは果たして大丈夫なのだろうか。大丈夫だからこんな真似をしているのだとは思うが……

「今日だけで五人以上来てるよな。アイツ、疲れてるんじゃないか?」

「様子、見に行く?」

「ああ。行くべきだ」
















「退屈」

 詠奈は俺を見るなり机の上に倒れ伏すと、両手を伸ばして俺の手を握った。

「みんな同じような言い訳ばかりでうんざりしてきたわ。そんなにお金が欲しいならもっと偽装をちゃんとすればいいのに見逃せなんて何を考えているのかしら。景夜。何か面白い事を教えて」

「お、お前がやたらめったら処罰するから外は大変な事になってる……ってのは駄目か?」

「改革に痛みを伴うのは仕方ない……けどそれ以前に不正に手を染めたのは彼らよ。そんな組織居ても仕方がないわ。今までは放置してあげたけど、仕事の為にはお金の流れを改善しないといけないの。誰か一人でもいいから私に仕返しを狙う人が居てくれたら面白いのだけど、誰も居ないなんて期待外れね。もっと暴君として振舞うべきかしら」

 今でも十分暴君だ、という発言はしない方がいいか。詠奈は仕事において妥協を許さなければ誰かと組む事もない。誰にも制御出来ない王様を暴君と言わずしてどういおうか。

「詠奈様。帳簿上には記載されていても実際存在しない金額については対処済みなのでしょうか?」

「勿論。天候を変えるよりは遥かに安上がりよ。仕事の日までずっと私が管理するのも良いけど、それじゃあ私に依存し過ぎてしまうでしょうから後任は探さないとね。獅遠。聖。悪いけど面会は一時間程断っておいてね。私は今から庭で景夜とピクニックするから」

「え?」

 突然の誘いに困惑を隠しきれない。二人は流石詠奈の侍女というだけあって理由は突っ込まず、執務室を出て行った。

「え? あ? ピクニック? じゅ、準備は?」

「彩夏に頼んでおいたから大丈夫。こんな暑苦しい部屋で醜いお爺さんお婆さんと何度も顔を合わせていたら今度は目が腐りそう。たまには外の空気も吸わないと私にまで醜さが移ってしまうわ。ね? 付き合って?」

「断る権利なんてないけど……準備が出来てるなら行こうか」

「有難う景夜。大好きよ」

 頬にキスを受けて、俺達は共に執務室を出る。サンルームを通って庭に出るだけでいいのだが、詠奈は途中で寝室に戻った。

「せっかくだから着替えてくるわ。君は先に行っててくれる?」

「お、おう。なあ詠奈。俺の気のせいじゃなかったらお前も―――」

「ん?」

「………………」

 言わない方が、いいのか。

 判断が早計という可能性もある。

「や、何でもない。先に待ってるよ」

 



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 いや、或いは全くの逆で。



 



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