表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/175

秘密の誓い

「はーいカット。お疲れ様でした~」

 呑気な声を上げながら彩夏さんがやってきた。隠し部屋の存在はついぞ明らかにならなかったからよく分からない場所から誰かが急に現れたように見えるだろう。その声を皮切りに隠れていた裏方の人間が続々と屋敷の中へと入ってくる。その中には勿論詠奈もおり、八束さんは身投げでもするように二階から飛び降りると丁度俺を見せるように主人の目前に着地。彩夏さんが素早くストレッチャーを持ってきて俺は乗せられた。

 視界に蓋をする詠奈の瞳は震えている。

「ごめんなさい」

「……え?」

「君に怪我をさせるつもりはなかったの。でも……ああ、休んでばかりも良くないのね。脳が腐って、想定出来た筈の事も想定出来なくなる。台本があるのは何の為か、それは不測の事態が起きないようにする為。リアルを求めて好奇心でこういう試みをしてみたけど、その結果がこのザマ……認めるわ。私は愚かだった」

「詠奈様……」

「君は何でこんなに早く撮影が終わったのか不思議で仕方ないでしょうけど、予定を変更させてもらったわ。これ以上無理はして欲しくないから、残りはまた別の役者で撮影するつもり」

「詠奈…………」

 手を握って、俺の顔を見つめる彼女の顔は無表情。けどそれは、感情が籠っていないのではなくてその表情自体を久しくしていなかったから忘れた……そんな感じがする。

「―――いいよ、別に。お前が傍に居なきゃ俺の価値なんて……怒ってない。怪我も別に悪化してないし」

 怪我をしようが泣こうが喚こうが、母親は俺の相手なんてしなかった。手を煩わせる事に苛ついてばかりだ。こんな言い方は少し幼稚にも思うが、心配してくれただけで嬉しい。欲を抑えるなら、それだけで十分だ。


「ちょっと~詠奈様~! まだオチを撮影してませんよ?」

 

 二階から返り血を浴びた友里ヱさんが姿を現した。春と十郎もまた傷一つなく。ただ十郎に関しては目を瞬かせて友里ヱさんの方を化け物でも見る様な目で怯えていた。

「犯人が誰か分かったらしいから、せめてそこまで待っても……!」

「不測の事態なりに貴方の知りたい事は分かったからもう十分でしょ友里ヱ」

「…………」

「抑圧され過ぎた弱者はまた別の誰かに同じ真似をするし、抑圧に順応してしまった愚者は抑圧を感じ取れない為に振る舞いは変わらない。貴方がかつて所属した教団は前者の集まりだったという事よ。貴方は多くの人を救えたかもしれないけど、彼らだけは救えなかった。灯台下暗しとはまた違うけど……光の届かない場所に居たのよ」

「詠奈……何か苛ついてるのか?」

「好きな人に怪我させられて苛つかない人間なんて居ないわ。それも私の落ち度だから、落ち込んでもいるわね。もうこんな事は起こさせない。約束するわ。補償もする。雨は止んだみたいだから一先ず車に戻りま―――」



「ちょ、ちょっと。何が起きてるのよ!?」



 詠奈の指示で撤収作業に入るメイドを掻き分けるように梧ヴァネッサが声を荒げた。彼女からすれば何もかも訳が分かるまい。死んだと思っていた詠奈が生きていて、それどころかクローズドサークルになっていたのに続々と人が入ってきて、全員が『詠奈様』と呼んでいる事なんて。

「ああ。生き残ったの。私は清算しろと指示した筈だけど」

「あんな直前じゃ無理ですよ~。八束さんは景君背負ってたし」

「そう。まあいいわ。次の撮影に協力してもらう。一先ず春のペットにでもしておいて」

「え!?」

 詠奈は極めて無関心。俺以外の事などどうでもいいような塩対応で撮影地を後にする。しかしストレッチャーに寝転がったままどうやって車に乗せるつもりだろうと思ったら、乗って来た車が救急車だった。


 ―――本来はこれで生存者を運び出す予定だったのだろうか。


「好奇心も程々にしないとね。脳みそが腐っていた事に気づけたのが不幸中の幸い―――夏休みが終わったら少し働く事にするわ。景夜、重ねて今回はごめんなさい」

 救急車は彩夏さんと八束さんを乗せて発進する。直前までの豪雨が嘘のように空は晴れており、土も乾いていた。詠奈の財力を知らないなら夢でも見ていたのかと思っていただろう。

「―――いいって。俺も色々ミスったし。やっぱり俺みたいな大根にはアドリブなんて無理があった。映画撮ってるのとは違うけど、深紅君みたいな人が居たお陰で緊張感あって楽しかった。アイツ、何であんな詠奈を疑ってたんだろ」

「私を邪魔だと思う人は沢山居るのよ。身分を偽らせて高校生として接近させて調べさせる……最上深紅なんて男は存在しないわ。所謂探偵くずれの工作員って所ね。尤も、調査結果を得られるどころか大本は掴んだから後で消すつもり」

「…………それは、残念だな」

 しかしそう考えたら納得は行く。最初から詠奈についてある程度の正体を把握していたのだから何かにつけて疑っていたのだ。どう考えても疑う所じゃないだろうという瞬間でさえ、推理の片隅には詠奈が居た。


 救急車に運ばれる経験は初めてだ。


 それがよりにもよって全くの私用とは誰も思うまい。昨今は緊急性のない通報は拒否するというし。

「詠奈。悪いと思ってるなら俺のお願いを聞いてくれないか? 補償って言われても、俺は全部をお前にあげてるからさ」

「ええ、そのつもり。何を望んでも叶えてあげる。何を望むの?」

 俺はストレッチャーから体を起こすと、詠奈の両手を優しく握って、その瞳に訴えかけた。




「デートがしたい。二人きりで」




「…………」

「映画がこんな風に一時中断されたら夏休みの予定も歪むよな。だからデートさせて欲しい。お前の思い出の場所とか、行ってみたい。知りたいんだ詠奈。お前とは、気持ちを通じ合わせながら子作りしたいからさ」

「こんな私で良いの……?」

「不安になるなよ。お前はいつも自信たっぷりだろ。そこもまた好きだ。お前で良いか悪いかじゃなくて、お前以外にいないんだよ詠奈」

 慰めるように、唇を交わす。精一杯笑いかけてみると、詠奈はバツが悪そうに眼を逸らした。

「……優しいのね」

「好きな人に優しいのは当たり前だ。だってお前に嫌われたくないし」

 両手を組むように握って、手を合わせる。こんなに落ち込んだ姿は初めて見る。いつも慰められているのは俺の方だった。だからやり方は分からないけど。

「こんな事で嫌ったりしない。俺だって自分から参加したんだ。大好きだよ詠奈。だからデートしたいんだ。普通の、恋人っぽく」

「詠奈様。いつまでも傷ついたままじゃ沙桐君が可哀想ですよー」

「彩夏黙って………でも、そうね」

 逸らしていた瞳が戻って、交錯する。口元は微かに綻び、瞳はやっぱり少しだけ申し訳なく細めながら。


「デートしましょうか。君の怪我が治ったらだけど」


「やった! 有難う!」
















「はーいじゃあスタート。これ特典映像になるんだからあんまり騒がないでねー」

「ちょ、やだ! 離して! 何でこんな奴と……」

「おおお俺だってやだよこんな状態で! ふざけ……! クソ! くそお!」

 ここは納屋の地下室。主人の去った跡にて、侍女達は別な撮影を始めていた。目の前には壁に張り付けられた士条未吉と郡代雅志。共に一糸纏わぬ姿で面と向かい合っており、二人を繋いでいるのは沙桐景夜にも備わる男の本能。

「あんたらのせいで詠奈様カンカンに怒って撮影中断になったんだからツケくらい払いなよ。景夜様傷つけちゃって、私達の仕事がまた増えたんだから」

「沙桐君を殺しかけた奴なんて殺せばいいのに」

「駄目ですよ彩夏。これも後日の撮影に使います。詠奈様の指示に従ってください」

 これから二人には無理やりにでもまぐわってもらう。それが末吉を最も苦しめる行為だと詠奈に思われたからだ。事実顔を殴られようと髪をバリカンで全て削ぎ落されようと暴れなかった末吉は、こうなった途端に暴れ始めた。

 郡代雅志が興奮している理由は、真っ当ではない。本能は本能でも生理的な機能だ。そうと思わなくとも機能させる方法は幾らでもあった。

「景夜さんって、おっきかったんだ」

「姉さんそういうのは…………友里ヱさんが一番触ってたから?」

「ちょっと~? 私は確かに聖人様だったけど、そんな奇蹟みたいな能力はございませんよ~」

 友里ヱは二人の間に建つと、限りなく隆起した男性の本能を踏みつけて軽蔑の目線を末吉に送る。




「アンタ、馬鹿だね。何もしなきゃ私が守ってあげたのに、復讐なんか計画しちゃって」




「うるさい! あんたに何が分かる! 何が巫女だふざけやがって! テロリストのリーダーめ!」

「……やっぱり、人類全員救うなんて無理だなあ。救いようのない人間ってこんな身近にも居るんだ。いや、救いたい形をしてないのかな。元々私には過ぎた目標だったんだよね。はぁ…………本当に最悪。景君に私の正体知られたくなかったよ。犯罪者に子供なんか生んで欲しくなさそう……ううん。まあでも……私に『か弱い』って言ってくれた景君なら受け入れてくれるのかな」

「な、何の話!? ていうか景君って! アイツは何なの! 景夜は何者なのよ!」

「んー。将来私達の旦那様になる人で―――」






()()()()()()()()()()()~」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 前々から知ってる感じだったものなぁ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ