表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/175

探偵全滅

 優子が偽物であるなら完璧でなくても筋道がつく。無理に穴を下りた事と雨が染みてきた事、そもそも水没した事など、数多の理由と至極当然の道理によって腰の痛みが疼くようになってきたので、相変わらず八束さんに背負われたまま、俺達は館への帰路を踏みしめる。

 ただ、不思議な事に喋れないほどの痛みはない。傷は思ったよりも深くなかったのだろうか。深紅君さえ納得させれば今は他の皆も指示に従う状況。そろそろ全滅を狙うべきかと思い俺は最後の推理を始める。

「優子が犯人ならある程度納得は行くと思うんだ。英子は同じ部屋に居たから殺せたって分かる。密室でも何でもない!」

「湊谷さんについては!?」

「暗闇で全員じっとしてた訳じゃないだろ。みんなパニックになって動き回ってた。よく考えてみて欲しい。俺達は優子をほったらかしにしただろ。暗闇だった時間は少しだけど、もし優子がリビングの傍に隠れてたら不可能じゃない芸当だ。刃物だって、英子を殺せたなら何処かに隠し持ってても不思議じゃない!」

「景君。それは無理があるよ!」

 友里ヱさんがカメラを向けて(八束さんは普通に水没させたので別で用意した予備だろう)俺に話しかけてくる。傘は春に持たせているようで、肝心の春は身体がはみ出て濡れていた。

「あの包丁はリビングにあった物で間違いないよ。最初から一本無くなってたなら深紅君が気づいてるよね? だって詠奈さんをあんなに疑ってたんだよ!?」

「それはそうだけど! 友里ヱさんなら分かる筈! 優子だったら命琴と詠奈を殺す理由がある!」

 証拠はなくても状況的には一番怪しいという事が出来る。命琴はイジメていたから、詠奈はそんな命琴を守る邪魔者だったから。

 

 俺達は警察でもなければ探偵でもない。深紅君はそれっぽい仕草を見せているが素人だ。証拠が物を言うのが科学捜査であるなら、素人同士の疑心暗鬼の押し付けは状況こそが物を言う。今までは一貫性がないように見えたから共犯者がいるという体で話が進んでいたが、優子なら単独犯でやれる状況が……

 いや、言ってて無理はあるけど。こじつける事は可能だ。


 みんな犯人を早く捕まえたがっている。それは最初の時から変わらないし、死人が加速度的に見つかる今こそ、我慢の限界を迎える時だ。

 今度は誰も欠けずに屋敷に帰って来た。友里ヱさんはカメラを春に返すと、壊れた階段の前に立って上を見上げた。

「…………あーこりゃ優子ちゃんが死神に魅入られたかもねー。本人が無罪でもそういう事なら危ないなー」

「大御門さん、どういう事ですか?」

「ざっくり分かりやすく言うと、憑りつかれたら魅入るとか関係なく殺しに来るよー。殺すなら早く殺さないとね……ただ、飽くまで状況的に怪しいってだけの人を殺せるならだけどー」

「わ、私は……やれないわ。殺されるとしても……多分出来ない」

「俺はやるぞ! 詠奈を殺されたんだ…………アイツ殺して全部終わるなら、それでいい!」

「…………深紅君は~?」

「……オカルトに詳しいのは僕よりも貴方です。優子さんを殺して死神が無害化するなら……覚悟を決めます」

 梧と俺を除いた全員が誰かを殺す事を肯定した。あんなに怯えて、逃げまどっていた常識人からは信じられない意識の変化だ。何かおかしい。俺が居なくなっている間に友里ヱさんが頑張ったらしいが、その時何があった?

「よーし、それじゃあ殺す手順を教えましょう~。その前に、まずは梯子を使って二階に上ろっか。私が納屋から持ってくるから、みんなはここで待ってて~」

「あ、友里ヱさん。俺も」

「景君は自分の怪我忘れる人? さっき無理して今にも死にそうなんだから大人しくしときなよ~」

 情けなく八束さんに背負われている男に来られても迷惑なのだろう。俺は、当人が居なくなったのを良い事に深紅君へと尋ねた。友里ヱさんについては少しだけ八束さんに聞いたが、詳細は知らない。コックは知っていても友里ヱさんについて知らないのは子供の感性―――ニュースはつまらないから見ない―――によるものだ。

「友里ヱさんって、あんな苗字でしたっけ」

「ん……景夜さんは知らないんですか? あの人は当世最後の巫女と言われた凄い人なんですよ」

「君は…………オカルトを信じないんじゃなかったのか? いや、信じざるを得ない状況に追い込まれた今はまだしも、友里ヱさんの存在を前から知ってたならそこを信じるのも変だ」

「信じたくないですけど、でも実際、あの人は偉大な事をしたんです。僕らが生まれる少し前から自殺の増加や職場不適当の顕在化など、様々な事情からうつという概念を見かけるようになりましたね。ニュースを見れば、誰かしらが心を病んで自殺をしています。そして一口に心の病と言っても症状も原因も様々で、強弱さえ個々人次第です。原因さえなくなればすぐに治る人間も居れば、原因がなくなったとしても後遺症のように引きずる人もいる」

「俺だな。詠奈が死んでから、すげえどうでもいいわ」

「神木さん、茶々を入れないで」

「何だと! これが茶々に見えるのか!」

「ね、ねえ神木。やめなさいよ……」

 話が不本意に逸れたので深紅君は咳払いで切って、改めて繋ぐ。

「僕達にはそこまで馴染みがないかもしれませんが、かつて銀行の破綻により世界に金融危機が起きた事があります。その発端は海外にあっても影響は免れず、この国を支える人々の多くが精神的に不安定になったそうです。そんな時だったそうですね、大御門友里ヱを巫女とする宗教『極楽の旗印』が立ち上がったのは」

「……何だろう。話を聞いてるのに全然オカルトっぽい感じがしない」

「データが実際に出ていますからね。友里ヱさんは『多くの人間の気が落ち込む事で悪霊に付け入る隙が生まれている』などと言って―――実際に関わった人間の殆どを鬱から立ち直らせたんです。千人以上」

「……ほ、本当に? サクラとかじゃなくて?」

「病院で長い事治療を続けていたという人でさえ治した事がきっかけとなって大きく知名度が広がりましたからね。数を取ったのはテレビの企画故、信憑性はいささか落ちますが、彼女に救われた人間は計り知れません。バッシングの嵐に心が限界だった当時の官僚も彼女からの施しを受けて立ち直りました」

「…………」

 また凄い経歴の人を買ったものだ。

 それともその官僚から話を聞いていたのだろうか。八束さんよりは全然買う流れがハッキリしている経歴とも言える。

「それだけ聞いてたらカルトって言われる意味が分からない様な。元々はともかく、今は反社会的なタイプの宗教に使うじゃないか」

「…………それは」



「持ってきたよ~」



 本人の帰還により話は打ち切られる。これから人を殺さないといけないかと思うと誰しも気が重い。世間話をしている余裕はない。

「景君は怪我人として、男手が三人も居るならとりま捕まえるの頑張って? 春ちゃんは一応現場を押さえて。深紅君は鍵を頂戴。鍵がかかってて入れなかった所あるでしょ? あそこ使うから」

 友里ヱさんを誰も疑わないのは不自然だと言ったが、あの経歴があっても尚、不自然さは抜けない。言葉には出来ないのだが―――感覚としては、怪しい勧誘を受けている人間を隣で見ている人間に近い。どう考えても怪しいのに乗ってしまう人間が愚かに見えて仕方ないあれだ。

 そしてそういうのは大抵、自分がターゲットじゃないからあからさまに見える。普段は詐欺の手口を嘲っていてもいざ自分が狙われると慌てる人が居るように、当事者じゃないから好き勝手言えるだけ。俺は当事者にはならないし、きっとなれない。


 王奉院詠奈が、俺の主人だから。
















「いや! 何! 何!? やめてえええええ!」

 本物の優子が処刑される場所は、下見の時に俺が怪我をしたあの怪しすぎる部屋だ。随分と改築が進んで硝子張りは消えた。ただし部屋にあった方陣が拡大しており、床全体を覆うように広がっている。今まで誰も足を運ばなかったのは、単純に行く理由がなかっただけらしいが……

「その陣の中心で、私の言った通りに解体してね~」

「わ、私外に居るわ! 見てるの……無理……」

 梧ヴァネッサが外に出て、作業は男手だけで行われる。映像を収めるのは勿論春だ。流石の深紅君も作業自体には気が進まないらしいが、そこは詠奈を失って正気を失いつつある神木が優秀だった。


「ああがが! ぎゃああああああああああ!」

「ひぐ、いだあだだだだだだああああああああああああ!」

「いびいいいいいいいあいあああああああああああ!」


 目の前で処刑を見守る事になるのはこれで二回目だ。俺に止める方法はなかったし、詠奈が楽しめるならこれも仕方のない事だって思う。目を逸らしたりはしない。共犯というなら俺もそうだから、せめてその結末は見届けないと。

「あーそうだ。景君。最後に聞いておきたいんだけど、犯人分かった?」

「え?」

「一応こういう映画ってオチが必要だからさー。分かったならそれをオチにしたいんだよね。表向きとかじゃなくてガチの」

「…………」

 密室での英子の死。

 暗闇における湊谷の死。

 映画という事情を除けば、犯人が不明な事件はこの二件のみ。複数人いるのでなければ、犯人は。



「多分……ていうかこれ、作中で当てさせる気ないでしょ。確かに館の中には居るかもしれませんけど」



「いいのいいの。フィクションっぽくする為に全部死神のせいにするから。それじゃあ八束ちゃん、後はよろしく」

「はい」

 優子の身体を解体する作業を横目に、彼女は部屋の壁に取り付けられた電気を消した。

 その刹那。

 八束さんは身を翻すように部屋を出て、背中で扉を抑え込んだ。

「な。何!?」

 梧ヴァネッサの困惑は、八束さんの奇行を見たからではない。





 部屋の中で幾つも重なる悲鳴に怯えていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新が早くて嬉しい、 [気になる点] これからの展開
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ