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二人のしまい

 …………ショック死しなかったのは奇跡と呼ぶべきだろうか。


 詠奈と違って俺は死ぬ。まがりなりにも普通の人間だ。そして人間はほんの少しのきっかけで簡単に死んでしまう。壁や床に叩きつけられるのは当然として、ほんの少しの切り傷も感染症を引き起こして死亡……なんて事もある。笑い過ぎて死んでしまったという事件もケースとしてはあるし、とにかく人間は脆い。漫画みたいな耐久力は期待できない。

「…………う、く」

 腰が痛い。腰痛という意味ではなく、この鋭い痛みは刺し傷だ。記憶が飛んだなんて言わない。ちゃんと俺の中には直前の記憶がある。士条末吉に刺されたのだ。彼女は精神的に追い詰められたこの状況で自分の気に入らない人間を殺す為に俺を利用しようとした。それで俺は―――何処にいる?

 確認しようとしても下半身が動かない。腰を刺されて麻痺しているようだ。動こうとすると痛い。誰が処置してくれたか包帯が巻かれている。士条がやったのだろうか。

 部屋は暗くて良く分からない。携帯は元々ないとして……両腕を背中に縛られている。腰がまともであったなら立ち上がる事は出来ただろう。不幸中の幸いと言っていいかは微妙だが、士条の力が弱いせいで包丁はそこまで深く刺さらなかったように思う。深部の筋肉までやられていたら……本当に身動き一つ取れなかったかもしれない。

 勿論勘だ。俺は人体のスペシャリストじゃないから、身体の何処が壊れたらどういう挙動をするかなんて詳しくない。だけど身動きが取れないくらいで済んだのは幸運だと思う。

「誰か………ううう! ぐ!」

 包帯での応急措置は気休めだ。痛みは根が広がったように張り付いて持続する、無理に足を動かそうとするとその内千切れそうな強い痛みが俺を引き止める。

「…………」

 気温は普通だから幾らでも耐えられはする。痛みにさえ気をつければこの状態の維持だけは出来る。問題はこんな部屋を俺が知らず、近くに人が居ないから現状維持は体調の悪化でしかないという事だ。


 ―――誰か、助けに来るよな?


 部屋については分からないがここにもちゃんと隠しカメラがある筈だ。俺は脚本になく刺されたのだ。救出を期待しても……いいだろう。人として。

「どうか動かないで下さい」

「……え?」

 気配なんて概念はまやかしだ。声を聞くまで俺は、この暗室に誰の存在も感じなかった。

「八束……さん?」

「失礼。本来私は近くの納屋で意識を失った所から合流する形でしたが少々筋書きが変わりました。景夜さんが身をもって知った通り、その怪我です。ここは納屋の床下に作った監禁部屋……という建前です。雨の音が館に比べれば近いと思います」

「…………処置は、貴方が?」

「詠奈様は撮影を止めてでも報復を計画しましたが、それでは夏休みの予定が狂ってしまいます。今まで仕込んできた手間暇も、このために通した法案も、貴方の身の安全に比べれば大した問題ではないとお考えのようですが……現実問題、ここで撮影を無かった事にしようともまた撮影を始める際の手間は生じます。故に私が保護、処置させてもらいました。一先ず大事には至らないでしょう」

 プラシーボでも何でも構わない。そう言われると少し痛みが引いたような気もしている。           

「……映画は、どうなってるんですか?」

「こちらが仕込んだキャストには全員、士条末吉の抹殺命令が下っています。どうも彼女は郡代雅志に対する復讐を目指しているようなので、現在その男の身柄は詠奈様によって拘束されています。映画の解釈では、死神が詠奈様の姿になっているという物に代わっている筈です」

「………深紅君とか梧とか、事情を知らないキャストにはどう見えてるんですか」

「そのための友里ヱですから」

「は、はあ……?」

「そう言えば景夜さんは過去をご存じないのでしたね」

 暗闇の中で八束さんの手が脚に触れる。誰かが傍にいるというだけで、この痛みはほんの少しでも和らぐようだ。病は気からではないが、そういう思い込みも耐える為には必要だと思う。

「彼女はかつてこの国を破壊しかけたカルト宗教において当世最後の巫女と謳われた者です。景夜さんは目に見えない存在を信じますか?」

「うーん……あんまり」

「そのような意見が殆どだと思います。カルトもまた、彼女を祭り上げたとて信じていた訳ではありません。しかし彼女だけは本当に視えている世界が違っていました」

「言い切りますね、随分と」

「樹海で明かした夜の度、私の耳元で囁く死者の声を友里ヱもまた聞こえていたようですから」

 そうだ、うっかりしていた。お化けと八束さんの事情をどちらが信じられるかと言われたら、お化けの方が現実的というくらいにはこの人の過去はおかしい。

「能力だけではないです。カルトの神輿として知識を求められた友里ヱはこの場の誰よりも神秘的な現象に精通しています。コックが詠奈様に買われる前に有名であったように、彼女もまたかつての名を明かせば有名人。これらは全て詠奈様の受け売り、私が知る由もありませんが……まともな生活を送ってきたキャストの皆々様なら分かる筈です。そんな彼女に士条未吉の印象を操ってもらえれば、それで話は終わりです」

「…………つまり、全員で末吉を殺しに行かせるって事ですか?」

「映画の上ではそれで退場してもらいます。その後は……口出し無用。詠奈様次第です」













 その後、俺と八束さんが改めて屋敷に戻るまで一時間程度かかった。いの一番に救出に来たのは介斗と十郎であり、どうしてここに来たかと問われたら、深紅君の指示との事。

 まるで繋がりのない答えに俺は首を傾げてしまったが、仲慧友里ヱ―――またの名を大御門友里ヱ(おみかどゆりえ)が末吉から得た情報らしい。分かっている。そういう体で単に位置を教えてくれただけだと。だがあんなに疑い深い深紅君が信じるなんて、友里ヱさんの過去が気になってしまう。

 カルトに担がれていたとは言うが、それならむしろ信用はされない方なのではないか。仮に一般的には信じられていたとしても『死神』の話を鼻で笑った彼が直ぐに信じ込むなんて……余程追い詰められているようだ。

「八束! 良かったぁ……無事で、良かった。う。うぅ」

「有難う……ございます?」

「もう俺の傍を離れるなよ! 命に代えても守るから!」

「…………はい」

「十郎。末吉はどうなったんだ?」

「…………屋敷の外に逃げちまったよ。そうそう、郡代が何処かに居なくなっちまったんだ。それを凄い気にしてて、それで外に行った。てっきり沙桐と同じ場所に行ってると思ったんだが当てが外れたな」

「…………」

 屋敷の外。



 つまり、詠奈が干渉出来る。



 映画によって守られてきたキャストとしての価値はとうに終わった。国家権力を容易く動かせる彼女から逃げ切るのは不可能だ。何処に居ても必ず見つけ出される。


 ―――アイツが自分で手を下すのかな?


 そういうイメージはない。詠奈は嫌いな奴の血なんて浴びたくもないだろう。誰かに命じてやらせるのが性に合っている。だがそれを無理なく遂行出来る八束さんを映画に戻したという事は……他のメイドを使うのだろうか。

 しかし、これはもしもの話だが、俺と詠奈の立場が逆だったとしよう。そうであったのなら。俺なら自分の手で末吉を殺すと思う。好きな人を危うく殺しかけた奴の存在なんて一分一秒我慢ならない。

「あーそうだ! 俺、部屋からタオル持ってくるよ! 剱木びしょびしょだろ! 待っててくれ!」

「お気遣いなく……」

「沙桐は一先ずリビングにでも行ってろよ。梧がタオル持って待ってるぞ」

「なんかやだな、それ。さっきそれで酷い目に遭ったばかりなのに」

「俺もついてくから今度は安心しな。アイツはお礼を言いたいだけだと。仲慧も春も同席してるし、それなら怖くないだろ?」

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