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令嬢の母性

 詠奈と再会出来たのは嬉しいが、お陰様でさっき抱いていた筈の悲しさが吹き飛んでしまった。突然寂しがり屋になったお嬢様については後々構うとして、俺は『好きな人を失った男子生徒A』として何をすればいい?

 取り乱した人間はそのフリをした友里ヱさんによって個室に誘導されたらしい。よくもまあ全員を抑えつけられた物だと感心したが、ネガティブな情報に頭のやられた人間は更にネガティブな情報を押し付ければ身動きが取れなくなるのだとか。外は土砂降りの雨、土砂崩れで道が塞がっているかどうかはともかく携帯も消えて連絡が出来ない。この屋敷の中は映画だからまだ俺達で管理出来るが一度外に出たらもうどうにもならない。あの人は恐らくそれを嫌って―――願望はよそう。友里ヱさんはイジメという概念に並々ならぬ執着がある。いじめられっ子の方は親切心でもそうでない人間は―――ただ殺したいだけだ。

「…………」

 俺はこれでも傷心しているという状況だ。一人一人個室を訪れて慰めるような役割をするには精神状態が不適格だ。じゃあ自分も引き籠っているだけというのは、ちょっと映画的に弱い。詠奈はもう退場したから動かせるのは俺と……深紅君だけだ。

「あ、春」

「え。あ」

 すっかり困ってリビングの方へ行くと春と遭遇する事が出来た。詠奈の偽死体を撮影し終えて意気消沈の演技中かと思ったがカメラをまだ構えている。それに動きも、どちらかと言えば不審だ。

「何してるん……だ? 詠奈は死んで……雨が上がるまで待った方が賢明だ。もう犯人を捕まえるとか、そんな場合じゃないのに」

「つ、剱木さんを探してて……おんなじように居なくなったじゃないですか。死んだなんて……私は信じませんよ。まだ死体を、見てませんから」

「…………お、俺もそう思う。詠奈は………………死んでしまったけど、八束さんはまだ死んでない。死体を見るまではそう信じたいよ……なあ、駄目元で聞くけど、あの死体は本当に詠奈の」

「………………」

 春は唇を噛みながら俯いてそれ以上は何も言わなかった。静寂が場を支配する。打ち付ける雨だけが俺達の間で響いていた。お互い、何を言うべきか分からない。勿論映画的な意味で。

「……あのさ! 俺も手伝うよ。八束さん、探すの。だ、だけどさ。やっぱり人が急に消えるなんて変だと思わないかな。闇雲に探しても見つからないと思うし………………その。俺ともう一回、詠奈の死体があった場所に来てくれないか?」

「―――だ、大丈夫なんですか……?」

 ぎこちないのは演技力の問題だ。起きている事件はリアルなのに俺の精神状態がフィクションすぎる。でも仕方ない。ついさっきまでその詠奈と話していたのだから身体が嘘を吐けないのだ。死んでないのに死んだと思い込めるのは異常者だけ。少なくとも俺はまともとして扱われるくらいには区別もつく。

「…………一人じゃ多分無理だから、頼むよ」

「……」

 詠奈に買われた子は人が死んだくらいでは何も思わないが、思っているフリをするのはさぞ大変だろう。春のやり方は卑怯だ。多くを語らず、多くを示さず、表情だけでやり切ろうとする。

 嘘の涙を流しながら、彼女はカメラを持って立ち上がった。深紅君は近くに居ないようだ。再度梯子を下りて地下室を見回してもその姿はない。現場を保存するべきなのは警察の干渉が期待出来る時だけで、今は存分に触ってくれて構わないのに妙な所で素直だ。


 ―――まだ演技は続けるべきだよな。


 春のカメラが回っているなら、主役は俺だけだ。大根演技でも何でも、まずは貫き通す所から。

 一度カメラ目線になってから、代わり果てた姿となった詠奈と命琴の死体に近づく。死因は圧殺という事にしたいが、随分前に死んでいるから心の中は如何ともしがたい。ここに二人を攫った犯人は誰かなんてまだ先の話だ。今はこの二人がどうやってここに運び込まれたかを映画的に示さないといけない。

「春。周りを撮影して何か変わった物ってないかな? 俺はつい逃げたけど、君はずっとここに居ただろ。何か……何でもいいんだけど」

 実際は隠し通路があるそうだが、作中でばらしてしまってもいいのかどうか。言うなればそれは、俳優のアクションシーンでスタントマンを使っていると唐突に暴くような物なのでは?

 かといって作中における真実は?

 地下室は当たり前だがとても閉鎖的であり、吊り天井の建前もあって碌に物がない。気になるのは……壁にぽっかりと空いた空洞だ。四角く切り取られた空間は人間一人くらいならギリギリ通れる大きさである。手を伸ばして中を探ってみたが、伽藍洞だ。何もない。


 ―――


 映画と分かっていても、こういう狭い場所に顔を突っ込む事に抵抗があるのは俺だけだろうか。何も起きないと分かっているのに不思議と恐ろしい。上を見ると、少し明るいようにも見える。

「は、春! ちょっと上に昇って俺の声を聞いてくれないか? 全く聞こえないなら戻ってきていいからさ」

「わかり、ました」

 しかし屋敷の改造をしすぎだ。事情を知る演者なのにどうして手探りでこんな事をする意味があるのか。時間を置いて恐らく上に昇った事を信じて声を上げてみる。

「おーい! 聞こえるか―!」

「…………聞こえてます! あの、暖炉から!」

「うお!」

 思ったよりもハッキリと聞こえた。

「何かあるか!?」

「ちょっと…………待ってくださいね。あ、これ……エレベーターですかね! スイッチがあります! え、エレベーター!?」

 自分で言って驚いているのはどういう訳だろう。しかしこれで納得した。映画の中ではこれで二人を移動させた、という扱いに出来るのか。詠奈は女性が犯人と言っていた。

 全員の目がない状態で且つ、あの二人をだまし討ち出来た女性…………













 その後、俺はわざと狂ったようにエントランスで騒ぎ立てて全員を引きずり出した。狙いは英子ただ一人。どこか別の場所を調べていた深紅君も巻き込んでリビングで先程見つけた情報を明かすと、彼は目を丸くして英子の方を見た。

「成程。確かにあの時は景夜さんが騒ぎを起こして皆がそこへ向かっていました。遅れて来たのは英子さんと優子さんだけです。つまり二人を地下へ降ろせたのは二人の内どちらかもしくは両方という事……」

「はあ!? 私は違うわよ! 優子も違う! 気になって外に出たら急に内側から鍵がかかったのよ!?」


「じゃあ詠奈が自殺したって言うのかよ!」

「命琴だってお前等に虐められてなきゃ死ぬ理由がねえだろ!」

「こいつらが犯人かよ!」


 状況が犯人に近いと示している以上、違うというだけで無罪は証明されない。まして詠奈と命琴が死んだ以上、お気楽でいられる人間は居ないのだ。泣き落としも通用しない。殺されるかもという恐怖の前には慈悲なんて生まれないのだ。

「ふ…………ふざけやがってえええええ! 俺の詠奈を返せよおおおおおお!」

 男子の一人が英子に詰め寄ったのをきっかけに介斗を除いた他の男子も彼女へと殺到。詠奈が死ぬくらいだったらお前が死ねばよかった。そう言わんばかりの反感に英子はただ狼狽し、ヒステリックに「違う」と泣き叫ぶ。

「剱木もお前達が攫ったのか!? 場所を教えろ! 何処にやった!」

「知らない! 知らない知らない知らない知らない! 私知らないもん! うえええええええええ~ん!」

「ともかく、二人を拘束するべきですね。暫定的に犯人の可能性が高いですから」


















「詠奈様……これ」

「…………」

 屋敷を離れた場所で、王奉院詠奈は彩夏と共に命琴の身体を見ていた。服の下にはとても隠し切れないような数の痣と、切り傷。顔が無事でもそれ以外はまるで壊れかけ。

 気になって個人情報を取得してみたら、命琴は周囲からキュートアグレッションを抱かれる体質……そう言ってもいいくらいには虐げられていると判明した。

「ネットの方はどう?」

「危ないサイトに裸の写真が流出してますねー。うーん、虐められる理由なんて何処にもないと思うんですけどー」

「虐めるのに理由なんて要らないわ。そんなものは全て建前。弱い人を虐めるのは楽しいらしいわ。別に、単なるクラスメイトだから放っておいてもいいのだけど……」

 詠奈の脳裏に浮かぶのは、いつもお礼に命琴がしてくれた占いの結果。好きな人との恋愛は、最高に盛り上がって成就するという話。占いなんて信じていない。信じる余地もない程、現実的に己の欲は実現出来る。

 それでも。

『詠奈ちゃんが幸せになったら、私嬉しいなー! えへへー♪』




「…………デウス・エクス・マキナには程遠いけれど、少しだけ神様のフリをしてあげるわ命琴。そのチンケな占いに感謝する事ね」


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