正しくお友達
吊り天井が落ちて圧殺される二人の姿を、カメラ越しに全員が目撃してしまった。それが鍵の開錠されるタイミングだったのだろうか、それともたまたま本当に鍵が当たらなかったのか。真偽は傍から見たら不明のまま扉が開いた。
「………………」
「………………そ、んな」
それが嘘ならどれだけ良かっただろう。天井には肉片のこびりついた赤いシミが恐らく二人分。押しつぶされて引き延ばされたそれを正確に数えるのは難しいが、衣服には無関係な話だ。肉塊が装う服装を見て誰もがその死体を二人の物だと確信した。
「う、うぉえ…………!」
全員が吐いた。
少なくともキャストはフリではなく確実に吐いている。そこにイジメているとかイジメていないとかは関係ない。子供のやった事だからとか、未来があるだとか、そういう言い訳が蔓延る影には軽率さが絡んでいる。簡単に言えば「そんなつもりじゃなかった」し、「軽い気持ちだった」「遊んでるだけだった」。やった程度はどうあれ本人達の気持ちなんてそんなもので、心の底から憎くて憎くて仕方なくて死んでほしいと思ったからイジメたというのは存外少なかったりする。
だから英子だけが平気という事もない。むしろ詠奈に守られてばかりで死にそうもなかった相手がこんな惨たらしく死んで、一番取り乱しているくらいだ。
「うそ、うそ、うそ、うそ」
「うわあああああああああああん!」
詠奈の仕切りである種安心感を得ていた皆が、失ったとたんにこの狼狽。映画と言えども狙ったリアル。ここからは全く収拾をつけられそうもない。春は気分の悪いフリをしながらも死体に近づいてカメラに収めている。友里ヱさんも涙を流しながらも発狂して外に逃げる人を追って外へ。詠奈を好きだった男子は漏れなく正気を保てなくなって気絶、失禁、或いは同じ様に発狂。
―――八束さんが居ない理由が分かったよ。
あの人はこういう時に演技が出来ないと思う。そうしたら今度は一気に犯人として疑われる可能性が高い。死体を見ても何ともないというのは、それだけで異常者だから。
現実を受け入れられずその場で蹲りながらも―――フリだが―――何とかその場に居られているのは俺、深紅君、春、士条未吉の四名。とてもじゃないが、この状況をどう動かせばいいかは見当もつかない。別に取り乱していないのにそういうフリをしないといけないのは窮屈だ。そう思うのは俺の演技が酷いからであって、つまる所余計な事はするべきじゃない。流れに身を任せよう。
「え、え、え、え、え、え、詠奈さん…………」
「――――――春! 何をカメラ向けてるんだあ! 死体だぞ!」
「え、え、え! だ、だって信じられないもん! 死んだなんて……嘘! 嘘だよ!」
「………………最悪」
冷たく吐き捨てられたような言葉だが、誰も噛みつく気力などない。士条未吉もまた泣いている。泣いて、泣いて、悲しさでしゃがれた声が頑張って紡いだ言葉がそれだった。
「……そ、そうだ。死体が嘘の可能性も………ある筈」
死体を見た事もない人に真偽の判別がつくかどうかはさておき、詠奈は念入りだ。死体は本物で、その身体は整形させて生前が酷似するように準備してある。警察を呼んで更に鑑識まで出動させれば別人と分かるだろうが、結局それも相手が詠奈じゃ結果が偽装されてお終いだ。
最上深紅にその死体を見破る方法は存在しない。
「ど、どう!? 偽物だった! 詠奈ちゃん生きてるの!?」
「…………………いや、これは。ほん、もの。そ、そうだ警察! 警察を呼べば!」
「電話線が切れてるってさっき分かったばっかりだろ!」
あんまり介入しないと何故ここに残ったのか分からなくなりそうだから、精一杯声を張ってまともじゃない様子を演出する。
「携帯も没収されて電話も繋がんない外は雨! 閉じ込められてるようなもんだ! 詠奈は…………何で死ななきゃいけなかったんだよお…………」
「………………あ、貴方は命琴さんの方はどうでもよかったと」
「そうやって揚げ足ばっか! てめえはさっきからずっとそうだな!? 俺は詠奈が好きだったんだよ! 大好きだったんだ! 詠奈の事ばっかり気にしてるからって命琴の方がどうでもいいって、どんな頭してたらそんな解釈になんだ!? 探偵の真似事ばっかしてねえで少しは人の気持ち考えろよ!」
「………………僕はただ!」
「士条、外に出よう。こんな奴の傍に居たら俺の方が殺したくなってくる。立てるか?」
「…………沙桐」
「最初みんなに当てられた個室まで連れてく…………俺も、一人になりたい」
「…………うん」
「ご苦労様、十分よ」
クラスメイトとして割り当てられた個室に戻ると、死んだ筈の詠奈が椅子に座って俺の事を待っていた。
「え…………お、おまえ。死んだ筈じゃ……」
「あら、言わせたいの? 大丈夫、私は君以外に殺されないから」
既に扉は閉めてあるし、俺の個室だけが音を通しにくいように改造されているらしい。完全防音とは行かないから大きな音は立てられないが、普通に会話するくらいなら問題はない。
隣の部屋は、詠奈が使う予定だったという建前で空き部屋だし。
「あれ、どうやったんだ? 隠し通路があったとか?」
「脱出手段はそうだけど、君達に見せた映像は予め用意した私の死体と命琴に似せた人で撮った映像よ。大体こんな錆びついた屋敷の地下で吊り天井なんて大がかりな仕掛けを動かしたら地上フロアにも影響が出てしまうわ。真実は暗闇と足音に囲まれていたの。それで命琴が怯えてた」
「天井が落ちてくるって、命琴が言ってた気がするけど」
「暗闇の中に幻覚を見たのよ。ちゃんと上から地響きがしたし、壁を擦るような音も聞こえたでしょう? 不安定な人間を暗闇に閉じ込めるとありもしない現象を感じ取るのよ。実際に天井を落とさなくてもこれくらいはね」
詠奈は大きく息を吸い込むと、俺の胸に顔を埋めて力一杯抱きしめた。
「映画の中じゃ出来なくて、頭がおかしくなりそうだったわ。景夜、君の感触がなくて寂しい。死んじゃったからこれ以上出番もないし、やっぱり死ぬ前に濡れ場を用意しておくべきだったと後悔しているの」
「きゅ、急に甘えてどうしたんだよ」
「たまには私も甘えたいのよ。ぬいぐるみを抱きしめるように……それとも景夜は、甘えられるのは嫌かしら」
「そ、そうじゃないけど……」
詠奈の背中に手を回して抱きしめる。普段はいつも俺がやってもらっているような事を、今度は詠奈に。映画とは無関係に、ただその体温を感じ続ける。
「命琴はどうした?」
「今はキャンピングカーの中ですやすや眠っているわ。余程怖い目に遭わせてみたいね。映画が終わるまでは一先ず客人として残った子にもてなしてもらう予定よ。起きたら映画の撮影って事も話すつもりだから、時間が空いたら君にも来て欲しいわね。それで多分納得するから」
「………………?」
その流れには、納得がいかない部分がある。分からない。分からない内に唇を重ねて、舌を絡め合う。
「れろ…………君のベッドの下から隠し通路に入ると彩夏が居る所に抜けられるわ。映画を進めるのに困った事があったらいつでも頼ってね……んっちゅ」
「こ、このキスは何か……ろ、ちゅぶ…………意味が?」
「ん? NGシーンとして採用でもしようかしら。フィクションという事を強調する為にも必要よね」
「ふぃ、フィクションも何も映画と関係ないんだけどお前がしたいだけなんじゃ」
「映画は本来、監督の撮りたいモノを撮るべきよ。所詮は学生の自主製作映画だし、いいじゃない。脈絡がなくたってキスしたいのよ―――私が居ないからって、撮影中に他の子に目移りしちゃ駄目よ景夜。したら殺すから」
左目を瞑って無表情でウィンクする詠奈があんまり愛おしくて、俺は彼女の首筋に噛む様なキスを交わした。
「しないよ。絶対あり得ない。分かった。もしこんな状況でうっかり興奮するような変態だったらお前を頼るよ。だからお前は監督に集中しててくれ。深紅君とか、気づきそうだし」
「どんなに鋭くても周りに聞いてもらえないのでは意味がないわね。ねえそれより……今のキス、凄く良かったわ。もう一回して? 契りを咬わすように強く、濃く、もう一回だけでいいの。それで私も帰るから。ね? お願い、景夜……………………」
詠奈は珍しく上目遣いになって、主人としての威厳など欠片もなく、甘えた声を出す。
「……ね」