絶命監獄を上らねば
仕込まれた人間について今更紹介が必要とは思わない。詠奈、友里ヱさん、八束さん、春、十郎。その他下働きの子数名。飽くまで無関係を装っているだけなので、自己紹介は聞き流していい。
「僕は最上深紅と言います。先程はどうもご迷惑をおかけしました。まだ一年生ですが、こんな性格なもので友達はそれほど居ないんですよ。今回来たのは友達作りって所ですかね。ははは」
詠奈を疑ってかかった一年生は自らの失敗を嘲りつつこの張りつめた空気(寒いだけ)を和らげようとしている。長々喋って寒がらせないのも好印象だ。詠奈に対して突っかかった事で彼が恋のライバルとして居なくなったのも男子にとっては追い風。ならその男子にとって俺は風というより奈落なので諦めた方が良いと思う。
「み、命琴です……詠奈ちゃんと遊びたくて、来ました」
「え」
「え」
そんな理由?
俺も詠奈も彼女の発言を疑った訳ではない。聞き直した訳でもないが声が出ていた。イジメから回避する為なんて言えないだろうからでっち上げた……とも言い難い。命琴が虐められているのは周知の事実というか、見て見ぬフリをされる風潮がある。分かるだろう、誰も巻き込まれたくないから友達が居ないのだ。
―――俺も見てみないフリをしている理由?
そんなの、俺が介入したら詠奈も真面目に対応するようになるからに決まっているだろう。誰かが死ぬのは仕方のない事で俺には止められないけど、介入して殺してしまったらそれはもう俺の責任だ。
「私は栄下英子でーす。大親友の命琴ちゃんが来たいって言うから来ちゃいました! きゃあ~!」
「ひっ……」
詠奈も友達は居ないが彼女がそれを気にする素振りはないし、巻き込むにしても権力が違い過ぎる。英子とその取り巻きもそれを本能で感じ取ったか何なのか、どうあっても詠奈だけは巻き込もうとしないからこんな事になってしまった。
「士条未吉……です」
「郡代雅志だ。そこのみきちゃんとはカレカノって感じ。な?」
「梧=ヴァネッサ=翼よッ。映画撮影ってのが面白そうだから来ちゃったの!」
「湊谷左京です。よろしくお願いします」
自称カレカノ組は肩を組んでいるが未吉の方は目線を逸らして地面を向いている。恥ずかしがっているのではなく嫌がっているのは腕を取っ払おうとしている事からも明らかだ。梧と湊谷は見た所先輩と後輩の関係にある様子。だが力関係までもが順当とはいっていないと俺には分かる。あれは気丈に振舞っているだけだ。湊谷を怖がっている。その証拠に、絶対に目を離そうとしていない。自己紹介なら提案した俺の方を向いてするのが一般的だろうに、背中を見せる事を嫌がるように彼女だけは湊谷の方を見ていた。
―――これが友里エさんが集めたいじめっ子いじめられっ子か。
それぞれグループは違うが主犯格は郡代と湊谷。後はその取り巻きがちらほらと。詠奈の関与しないグループがどんな悲惨な事になっているかは想像もつかない。見た目瀕死の重傷とはいかないが、この異常な状況で何が起きるのか……見当もつかない。
残りの自己紹介も済んだ所で詠奈が口を開いた。
「全員の自己紹介が済んだ所で、早速だけどここから脱出する手立てを考えましょうか。体感で申し訳ないけど、どんどん温度が下がっているような気がするの。このままじゃ全員低体温症になるわよ」
「低体温症って、もっと雪国とかで起きるものじゃないのか?」
「本当に寒い環境である必要はないわね。15度とかそのくらいでもなる時はなるわ。いずれにせよこんな場所にいつまでも居られない。だから入り口の扉は試してみたの?」
「僕が試しましたよ」
深紅は仕込みではない筈だがこの積極性は何だろう。寒がってはいるから八束さんみたいな異常者ではないのだけど。
「でも鍵がかかってて開きませんでしたね。無理やり壊そうにも地下室には道具が全然なくて。王奉院さんは鍵を持っている筈では?」
「鍵束は外にあるのよ。まさか誰かが住み着いてるなんて想像もしてなかったし。でも、鍵を使わなくても扉は開けられる筈よ。傍にキーパッドがあったでしょう? あそこに四ケタの番号を入力すればそれでも開くわ。ただ悪いけど私は番号を知らないの。元々使ってなかったのを犯人が設定したのだと思うけど……」
要するに当てずっぽうでやるしかないと言う事だ。
そして詠奈の言わんとしている事は、打つ手がないこの状況を打開出来たらそいつは英雄になれるという事でもある。春は早速カメラを取り出して撮影を始めた。
「じゃあ私、キーパッドを撮影してるね! 当てずっぽうなら一回出た番号を覚えておかないと損でしょ!」
「……確かに携帯は奪われました。仮に持っていたとしても誰がどの数字を持っているかという要らない神経衰弱が始まりますね。それでは心音さん、よろしくお願いします」
「じゃあまず俺がやる! みみみみててくれよ八束! 俺がばしっと一発で決めてやるからな!」
「…………応援していますね」
織馬介斗は情けなくも身体を震わせながら春を連れて地下室の階段を上っていく。春の視点が気になるが、俺が無理やり映りに行くのは不自然か。
「十郎は寒くないのか?」
「寒いけど、当てもないからな。いやあしっかし、やっぱ現実だとこうだよな」
「何の話だ?」
「映画とかゲームは謎を解けば脱出出来るみたいになってるけど、普通閉じ込めたいならヒントもクソもないって事だよ。因みに根拠がなくていいんだけど、お前は番号何だと思う?」
「…………同じ数字と連番はないと思うから、『9527』とか」
「うーん。悪くないな」
本当に答えを知らない。詠奈はプランを考えているのだろうかと向こうを見遣ると、寒さから英子とその取り巻きが苛立っていた。
「早くしてよ馬鹿! そんなだから童貞なんだよ!」
「うっせえ! 当てずっぽうだから期待すんな!」
「詠奈ちゃん、本当に知らないの?」
「ええ、知らないのよ。ごめんなさいね命琴。外に出たら温かい飲み物でも飲みましょうか。夏だけど、こういう事ならいいでしょう」
裏で試行錯誤される事十分。手応えのなかった男は八束の元へ戻って来た。
「ごめん!」
それから深紅、春、俺、詠奈、梧、郡代と続いたが手応えはなくて。友里ヱさんの番。
「仲慧さん。録画みなくていいの?」
「こういうの当てずっぽうでしょ? ちょっと試したら見させてもらうわ……いい加減寒くてさあ」
「ずっと毛布占領してた……」
ピッ。
ガチャン。
「あ、開いた! ラッキー!」
「ようやくだ! おい詠奈外に出ようぜ! まず家から出て警察を呼ぶべきだ!」
「そうね」
「もう、マジ最悪! あー、暑いのがこんなに嬉しいなんて!」
降って湧いた幸運に有難がる一同。なんだ、少し考えれば分かった事じゃないか。友里ヱさんは下見にあたってただ一人取り残された人だ。あの人が全部準備したと考えれば番号が分かるのも当然。
そしてノーマークだった人物が扉を開けたので深紅の方も文句はないだろう。何やら釈然としない様子ではあるが。
「俺達も行こうぜ」
「―――これ、まだ続くのかな?」
「あ?」
「いや、何でもないけどさ」
「何じゃこりゃ…………」
外は土砂降りの雨と気づけば霧が立っていた。また、俺達が眠らされた大分時間が経っていた事もあり外は暗くなりつつある。冷気から逃れたかと思えば、今度は脱出も困難な悪天候。俺達は望んでここをクローズドサークルにしなければいけない。家に居れば雨に打たれる事もないのだから。
「電話繋がらないんだけど! ねえ詠奈、どうなってんのよ!」
「電話線が切られているんじゃないかしら。携帯はみんな没収されているようだから、連絡の線は無し……か」
「何で~!? 出られると思ったのに……」
落胆しながらもカメラを構える春はどうしても不自然になるが、今は目の前の状況が詰んでいる為に誰も気にしていない様子。不意に郡代が口を開いた。
「ってかさ。じゃあさ、あれじゃね。みんなで犯人ぶちのめしゃいいんじゃね? この家の何処かにいんだろ? そいつ縛り上げて部屋に閉じ込めりゃ平和じゃねえかよ」
「それ、名案! これだけ居たら勝てるね!」
郡代と梧に乗せられて次々とその気になるキャスト達。調整は多分、俺がした方が良い。
「でも素手ってのはまずいと思う。捕まえるにしても武器とか居るだろ。まずはリビングの方に行って最低限見つけてくるべきじゃないかな。包丁とか誰か一人持ってるだけでもさ、あっちは襲いにくいと思うし」
「景夜君もたまにはいい事を言うわね。それじゃあ一度みんなリビングの方へ集まりましょうか。ああ……それと、トイレとかはちゃんと使えるみたいだから、行きたい人は言ってね。ただ誰かを傍につける事。その人は犯人を見つけたら大声を出すの。いい?」
みんなが詠奈の指示に従っていく。極度の寒さから解放された影響か、思考能力も多少落ちているような。
「心音春。貴方は撮影し続けておいてね。ほら、もしかしたら……共犯者がこの中に居るかもしれないから」
「は、はーい……」
春を最後尾に、俺と詠奈を置き去りにして全員がリビングの方へと移動する。詠奈は万が一にも盗み聞かれないように無言で隠しカメラに向かって合図を送ると、隠し部屋から出て来た彩夏さんが上から縄梯子を張って俺達を上らせてくれた。階段は軋むから、避けたかったのだろう。
「さて。トイレは私が使いたいから景夜君はここに居てね」
「あ、ああ! 分かった……」
隠し部屋の中に入ると、聖と獅遠が食膳を用意して待っていた。
「侵入ルートに問題はございませんでした。こちらはお二人への……」
「さあ、お腹が空いたでしょう景夜。手早く済ませましょうね。食後のえっちな運動は……時間がないからお預けね?」
「いや、しないよ流石に。ていうかこんな所に来て大丈夫か? 様子見に来る人が居たら……」
「トイレの扉は遠隔で操作出来るし、今は私の影武者を表に立たせてるから大丈夫よ。後は君がマイクでトイレの中から声を出すだけ。私が出た後君が入ったという事になるから」
カメラの中では空調を切ってまで暑さを堪能するみんなの姿が。どうにも最初に来た時はあれだけあった食材が全部片づけられている事に驚きを隠せていないらしい。あるのは、大量の肉だけ。
「あれ、人肉ですか?」
「その通りですよ~。他にご飯があったら食べちゃいますからね~」
俺は獅遠にお茶を淹れてもらいながら至って普通の味噌汁に手をつける。温かい物が、今はなんて美味しいのだろう。
「詠奈様も身体を張られたのですね」
「そうしないと不自然でしょう」
詠奈は聖の胸に手を突っ込んで末端の神経を温めている所だ。いかがわしくはない。熱が密閉した空間に籠るというなら谷間なんてその最たる場所だろうし。友里ヱさん、彩夏さん、千癒、詠奈、聖のを拭いていたから分かる。
「詠奈。お前はどの辺りで退場するんだ?」
「まだしないわ……あの深紅って子がちょっと、遊び相手として面白そうだから」