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金錮刑

「詠奈は俺が護るぞ!」

 停学者こと金木雄大の空しい気合いは真っ当に空振る。詠奈は命琴を慰めるのにかかりきりで話を聞いていないようだ。仕込みの女子もそれとなく詠奈を囲んでいるので物理的にも神木が近づける道理はない。

 撮影が始まるまでに随分時間が空いたお陰で今更痛哭の声を聞く事はなかった。それだけはある意味幸運だ。閉所で泣き声を聞くのは精神的に辛いものがある。これが撮影だと知っていてもだ。

「何でこんな事になったんだろ。最悪……」

「まさか犯罪に巻き込まれるなんて……みんなは大丈夫? ごめんなさいね。まさかこんな事になるなんて」

「詠奈が謝る事なんかねえよ! 俺等はマジで気にしてない! ってか誰も怪我とかしてないし?」

「そうそう、つーか不法侵入なら犯人捕まえちまおう! で、これを元に映画を作ればいいのとか出来んだろ!」

「みんな…………有難う」

 多くの男子は詠奈への好感度稼ぎに必死で、特に怒った素振りを見せない。女子は女子で詠奈を責めたいが、責める程の接点もないというか、詠奈はクラスメイト以上の関わりを避けている。そんな相手に詰め寄った所で分が悪い。詠奈はきちんと全面的に非を認めているし、無愛想な彼女を泣かせるビジョンはまるで沸かないだろう。だからか、仕込みの春に詰め寄っていた。女性の嘘なきは同じ女性には通用しない様だ。

「いやあ、軽い気持ちで参加したけどこんな事になるなんてね。夏休みはゆっくりしたかったのにな」

「…………君は」

 馴れ馴れしくも話しかけて来た男子には見覚えがある。学帽を被っていないだけで特別棟の屋上で出会ったあの男子だ。しかし名前は知らない……いや?

圀松十郎くにまつじゅうろうか?」

 知らない名前を、知っている。

 顔を合わせて署名を貰っていたはずなのにいつの間にか増えていた名前。それが圀松十郎だ。顔を合わせていないのに参加している、参加しているのに顔を知らない。ならば間違いない。

「あれ、自己紹介したっけか。まあいいか。親しみを込めて沙桐と呼ばせてもらうよ。おはよう沙桐」

「苗字で呼ぶのは割と他人行儀な気もするけど、まあそれでいいか。その…………あれなのか?」

「あれって?」

 仕込みなのか、とは言い辛い。全てを買われた訳じゃないから違う可能性も勿論あるけど、買われた存在は詠奈の本性を知っているから、違わない事だってある。この場では凄く、言いにくい。うっかり誰かに聞こえたは撮影の存続が危ぶまれる程にシャレにならないのだ。

 十郎は見慣れた学帽を被ると、近くの毛布を手繰ってマントのように翻した。

「この撮影に参加した深い意味は無いぜ。風の向くまま気の向くまま、津々浦々を行く旅人のように気まぐれさ。好奇心旺盛なもんで」

「お前、さっきゆっくりしてたいって言ってたよな? 羇旅の道すがらに寄ったみたいに言うなよ」

 余裕がある。

 春や八束さんと同じように他の被害者たるクラスメイトは彼について詳しく知らないだろう。ならば彼も仕込みという事か。何を任されているかは聞かされていない。さっきカメラを見ていた時に発見できれば良かったが、学帽を被ってくれないと認識し辛かった。

 男友達、という程の距離もないが、俺と詠奈の関係性を知った上で付き合ってくれる同世代は初めてだ。こんな閉鎖空間ではどうしてもグループのように固まりたくなる。


「…………王奉院詠奈さん。一つ聞きたい事があります」


 暫くは他のキャストの動きを見ているべきかと考えていたら、恐らくは後輩の男子が詠奈に向かって話しかけた。俺の中で顔が思い当たらないので聖か友里ヱさんか、いずれにせよ他の誰かに署名したのだろう。

「祖父が死んでから放置していた、というのは事実ですか? それにしては随分と手入れがされていたように思いました。冷蔵庫の中身も沢山ありました」

「言葉の綾……という程でもないか。今まで放置していたけど撮影場所として使うに当たって手を入れたという意味で言ったの。冷蔵庫だってこれから沢山人を呼ぶのに中身が空では寂しいでしょう? 買い出しなんて非効率的だし」

「成程……心音春さんとは知り合いですか?」

「知り合いなら、こういう時に固まるものではないかしら。そこで問い詰められているようだけど、助ける義理はないわね。私は眠らされた訳ではないけど、不意を突かれたのはみんなが何処かへ消えたからよ。故意でないにしても彼女が何かしたというなら、助け舟は出せないわ」



「それにしては、春さんはまるでこの家を知っていたようにスムーズに移動していましたが」


 

 それは詠奈にこの家の案内をされていた時に先んじて単独行動をしていた件について言っているのだろう。この家を知らなければあんなことは出来ない? その通りと言いたいが、合理的であっても論理的じゃない。

「貴方が誰かは分からないけど、おりこうさんなのね。だから人を型に嵌めすぎてしまう。郷に入っては郷に従えって言葉があるように、他人様の領域に踏み込んだなら大人しく従うべきなのは違いないわ。だけど世の中にはそれが出来ない人もいる。彼女がそれだったというだけよ」

「強引な反論です」

「強引なのはどっち? 人とは斯くあるべしという物差しは現実では通用しないわよ。見ての通りだけど、あの子は泣けば全て丸く収まると思ってる子供と一緒。貴方は分別のない子供に同じ事を言うの?」

「そ、そんなあ! 詠奈ちゃんひどーい! うわああああん!」

「詠奈にも言われてるとか、やっぱ犯人こいつでーす!」

「違うもおおおおおん! 私何もしてないもおおおおん!」

「人との距離感はそれぞれよ。合う合わないがあるから親近感という言葉が存在するの。探偵ぶるのは結構だけど、自分の常識を使って人を疑うのはナンセンスね。私だって捕まってるんだから」

「…………」

 春との連携は強固で、感情論が多く混じった説得には論理性があった。彼女はそれとなく唆されて正に子供っぽく、『違う』『私じゃない』の一点張りで泣いてやり過ごそうとしている。実演だ。事実は小説よりも奇なりではないが、現実に起こった事を嘘と言う訳にはいかない。春は正に子供のようにぎゃぴーと泣いているのだ。

「…………失礼しました。少し不自然だと思ったもので」

「閉じ込められて気が立っているのね。気持ちは分かるわ。誰かを犯人にして安心したい気持ちもね。だけどここで仮に犯人が見つかった所で閉じ込められている事に変わりはないわ。もっと他にするべき事があるんじゃない?」

「じ、自己紹介なんてどうかな!」

 詠奈は途中で退場することが決定している。それからは俺が話を回さないといけない。その感覚を少しでも掴む為には、この流れに乗じる寄り他はないだろう。チュートリアルみたいなものだ。

 詠奈はきょとんと首を傾げて、俺の方を見つめる。

「景夜君の事は知っているけど」

「そうじゃなくて。署名を集めたのは俺だけど、顔と名前は正直一致してない。だって落選とか当選とか色々あったし。だから一旦全員で自己紹介してさ、仲間意識を作るべきだ。元々映画で繋がった仲間みたいなもんだし、それからまず地下を脱出しよう。こんな寒い所にずっと居たら凍死するぞ!」

 これが分かっていてワンピース姿になっている辺り、春はかなり身体を張っている……詠奈でさえミニ丈のショーツに厚手の黒タイツを履いて最低限の防御はしているのに。八束さんは論外。どっちかというと彼女と友達になったあの男子の方が寒がっている。

 心頭滅却すれば火もまた涼し? 火が涼しくなったら今は大問題だが、あの人は寒いと言うどころか壁によりかかっているので何も感じていないまである。

「景く~ん……流石に寒いよ~」

「はいはい。友里ヱさんは毛布に包まってましょうね」

 論外はここにも居た。意味は違うが。


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