皓月千里に陰る鬼
「考えてみたらみんなを買う前からこの家が存在すると不自然なんですよ。こんな広いのに一人で暮らしてたら部屋の管理が大変です。別館もある事が不自然っていうか、今も大して使ってないのに誰も居なかったらもっと埃を被っててもいい筈。ていうかそう、ランドリーですよ。みんなが買われる前からもっと大勢の人間が居なきゃあの施設の存在意義が見出せません」
「ふむふむ」
「詠奈が物臭だとは思いません。アイツはみんなに仕事を与えてるだけで、自分一人だけならそれはそれでうまくやると思います。ただもし一人で暮らしてたとしたなら防犯上こんな場所には済まないんじゃないかなって。もっとこう、システムでガチガチに守られた所に居ると思いました」
「成程ですねー」
「ていうかよく考えたら一人暮らしって考えにくいから、ここにみんなが済む前にはアイツの家族が住んでいたって思うんですけど……どうですか?」
「凄いですね!」
「彩夏さん、真面目に聞いてないでしょ!」
「あはは! ごめんなさい、実はちゃんと聞いてますー。でもどうって言われても分からないんですよねー。私が買われた頃には既にこんな状況だったんですよ。だから家族が居たかどうかとかはちょっと……詠奈様に聞くのも何だか気が引けたと言いますか、見ず知らずの人間に買われた翌日に口を出せますか?」
「まあ……」
友達という過程を経たのは俺だけで、話を聞いている限り誰も彼も突然やってきた詠奈に購入されてきている。お金の魔力に惹かれたのだ。そんな浅い関係性を考慮すると確かに一々気にするのは失礼というか、余程無神経じゃないと尋ねられない。
そして聞く機会を失ったまま今に至ると。
「そんな事よりもケーキの味はどうですか? 美味しい?」
「はい、とても。彩夏さんが普通の人だったら良いお嫁さんになれる的な事言うべきなんですかね? 美味しいです!」
「やだ~沙桐君ってば、詠奈様に買われてる現状で誰かと結婚なんて出来ませんよ! それとも沙桐君が貰ってくれますかー? ふふふ♪」
「ただいま戻りました」
時刻は十八時を回る頃。季節も季節だからようやく日没という頃合いで、夜とは言い難い。サンルームで彩夏さんとじゃれあっていると制服姿の八束さんがまるで学生の面持ちのまま帰宅した。
「八束さん。お帰りなさい。学生生活はどうですか? 授業受けてないですけど」
「…………何とも、言葉にするのは難しいですね。悪い気分ではないですが」
「詠奈呼んだ方がいいかな。すみません彩夏さん。俺はそろそろ行きます。御馳走様でした」
「はいはい~あ、お皿はそのままでいいですよ。今、厨房に入ると絶対に後悔しますからね! 行ってらっしゃい!」
調理担当と言っていたが一体何をするつもりだろうか。八束の帰宅は既に把握しているモノと思うが、一応伝えに行く。形から入るとは何の話だろう。階段を上がって寝室に入ると、詠奈は何故かドレスを吟味していた。
「…………何してるんだ?」
「形から入る為の衣装を探しているの。一応黒幕側だから、偉そうな方が良いわよね」
「デスゲームはやらないって話だろ。飽くまでパニックホラーをやるだけで、黒幕って言っても裏方じゃないか」
「それはそうだけど、長く監禁していると誰かの仕業だって気づくのも時間の問題よ。実際沢山仕込むんだから気持ちとしてはデスゲームとそう変わらないわ。ねえ、君はどれが好き?」
「……お、俺の好みを反映しても仕方ないと思うんだけど。こういうのは印象だからさ。俺が選んだら……詠奈を可愛いって思うような選択になっちゃうぞ」
「……それもそうね」
納得しちゃった。それでいいのか。
「そうだ、八束さんが帰って来たから行った方が良いんじゃないかって話をしに来たんだよ。何処に出発するつもりか分からないけど、どうだ?」
「ええ、知っているわ。私の方の準備は万全だから君も準備をした方がいいわよ。と言っても手ぶらでも不都合はないけど……虫よけスプレーくらいはするべきね」
「マジで何処に行くんだよ」
「森の洋館」
相変わらずの完全に窓を遮られた車に揺られて一時間と少し。本当に長旅だったような気もするが、到着するまで詠奈とずっと話せたので夢の様な時間だったともいう。
「ここね」
「何だこの山奥!」
「言う程だと思われます、景夜様。ここに来るまでの道は多少整備されていますし、人が寄り付かないという程ではないかと」
だけどこんな壁からして蔦が生えて苔生した家には近寄りたくないだろう。連れてこられたメイドは次々と家の中に入って内装を確認している。ここに今から様々な仕込みを施して映画の撮影場所にするらしいが、ちょっと厳しそうだ。
「この館結構広いみたいだけど、だからって部外者がこっそり出入りするのは難しくないか? 外を見た感じだけど使えそうな入り口もないし、どうせ裏口と玄関は塞ぐんだろ」
「……一先ず中に入ってみましょうか。私も内装は確認していないの」
詠奈に手を引かれて俺も洋館の中へ。虫よけスプレーは確かに必要だ。撮影の時もこっそり持って行こう。別に季節としては不自然な事じゃない筈だ。
洋館内は全体的に詠奈の屋敷よりは狭く、だが趣のある家具や装飾が廃墟の雰囲気も相まって独特な不気味さを醸している。ただ、今は大勢のメイドが歩き回っているので全くもってぶち壊し。月明かりの差し込みだけが頼りの薄暗さも、何十人が懐中電灯を持てば殆ど電気が点いている様な物である。
「工事にはどれくらい時間がかかる、友里ヱ」
「うーん、どれくらい改造するかにも因ると思います。大した事をしないなら三日くらいでも終わりますけど、どれくらい撮影する予定でしょうか? 長期間の撮影になるなら食事の提供方法や隠しカメラの設置等も込みでそれだけ手間がかかると思いまーす」
「そう。でも手は抜かないわ。やれるだけやってみる。まずは私が隠れる部屋を決めましょうか。直接部屋を増設しようとするともう業者に頼んだ方が良いけど、部屋の外観が崩れてしまうかもしれないからそれはなし。出来るだけ誰も立ち入らななそうな場所があればいいけど……」
そう言って詠奈は厨房の方へと歩き去ってしまう。俺は一人残されてやる事もないので、取り敢えず仕込まれた生存者としてこの館の全体を把握したいと思った。不自然に撒けたら疑われるだろうから、その対策だ。
まず二階に上がってみると、幾つかの部屋が見える。いずれも鍵はかかっていない……というか、鍵がかかっていては入れないから意地でも誰かが開けるだろう。縦の高さは三階が限度か。とてもじゃないが五十人は収まらない……いや、収まっても空気感が台無しだ。参加しても十五人とかその辺りではないだろうか。一応二階に大量の空き部屋があるからここに一人一人を隔離するというやり方なら怖さも補える。
ただし、大量に人が居たらそれだけ手っ取り早く殺して行かないといけない。そもそも誰が殺人鬼として動くのかもハッキリしないままだとこれらは全て妄想だ。
「げ。何だよこの部屋」
何の家具も設置されていない部屋に入ったかと思えば、壁という壁に鏡が合わせ鏡でも作るように張り巡らされている。いたるところに自分の姿が反射して映るのは不気味だ。何処か一つの像が違う動きでもしていたらそれはもうホラーである。
「ここ、凄い場所ですね」
「聖……お前も来たのか。この部屋の用途って分かるか?」
「いえ、このような部屋は流石にお目に掛かったことがなく……床まで鏡ですか。不安になりますね」
「あー………………床。赤。赤色…………結構攻めたの履いてるな……」
「景夜さん?」
「ああいや、何でもないよ、うん。電気が通ってないから怖いって部屋は幾つもあるけど、ここは電気が点いてても多分怖いな。独房だったりするのかな?」
「独房にしては作りの込んだ構造だと思われます」
「だよな……実はこの部屋がマジックミラーだったりしたら、本当に独房か何かかもしれない。反対側があるか探してみよう。聖も暇なら手伝ってくれないか?」
「承知しました。その前に姉さんから地図を貰ってきますね。先程描き終わったそうですから」
「はやッ」